アイカツ!開発話「気まぐれなアイツ」

「えっ! ドレスメイクが廃止になる!?」


その日、小さな町工場に衝撃が走った。


「ほな、うちのドレスメイクマシンは……いや、それは話がちゃいますやろ!」


珍しく、受話器に向かって声を荒げる社長兼工場長を心配して、数名の従業員たちが事務所の周りに集まってきた。それに気付いた工場長は、声のトーンを少し落とした。


「とにかく、そんな一方的な話は困りますわ……せめて来年度の契約は……あっ、まっ、話はまだ……」


どうやら一方的に切られたらしい。工場長は、力無く受話器を置いた。


「……おやっさん、どないしたんですか?」


ひょろりと背の高い、青い作業服を着た青年がおそるおそる声を掛けた。


「四ツ星学園が、ドレスメイクマシンのリースを今年度で打ち切る言うてきた」


「えっ!? なんでいきなり……?」


「なんでも、突然アイカツシステムがグリッターの排出をやめたらしい。グリッターが無い言うことは、つまりドレスメイクがでけへん言うことや」


アイカツシステムはライブのパフォーマンスに応じてグリッターを輩出するが、そのグリッターをドレスに変換するのはドレスメイクマシンである。元々のドレスデザインがグリッター内でどのようにアレンジされたのかを判断し、再びドレスに戻して出力するためには高度なコーデック技術が必要であり、この工場では、そのためのドレスメイクマシンの開発から生産、リースまでを一手に行っていた。


世間の人々は大抵、これを有名な大企業の商品だと思っているようだが、そもそも四ツ星学園クラスのアイドル学校ですら校内に四台しか設置されていないという極めて小ロットの製品であり、そんなニッチな商売で糊口を凌ぐのは、決まってこのような中小企業なのである。


「そんな……。だって、ついこの間、特別なグリッターの排出に合わせてバージョン上げたとこやないですか!」


「そうや。先週かて、四ツ星の総務と飲みの席で『来年度もよろしく』言うて約束を取り付けてきたばっかりや。……さっきの電話で”所詮、そういう席での口約束”やて言われたけどな」


「そんな殺生な話が……」


リリィン、と会話を遮り電話が鳴った。事務員の女性が出る。


「……えっ。あっ、はい……少々お待ちください。……社長、シャイニーアカデミーの総務担当からお電話です」


「…………っ」


受話器を替わる手が震えた。嫌な予感がした。


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翌月。


決して広いとは言えない工場の敷地を、全国のアイドル学校からリース継続を打ち切られた数十台のドレスメイクマシンが占拠していた。ライブ中にドレスがグレードチェンジするようになった今、この機械たちは、重く役に立たない金属の塊でしかなかった。


「ほんま、アイカツシステムて、なんなんやろな……」


マシンの山を呆然と見つめながら、工場長は呟いた。


思えば、彼の仕事人生はいつもアイカツシステムに振り回されてきた。ある時は、排出されるドレスの順番がランダムになり、ある時は、グリッターによってレアリティが上がるようになり、この秋には突然グレードアップするドレスの種類が増えたこともあったし、つい先日も、新たに登場した特別なグレードアップグリッターへの対応作業を終えたばかりだった。もっとも、その頻繁な仕様変更に対してきめ細かにアップデートしてきたからこそ、この狭い市場を独占できる立ち位置を確保できていたのも確かだった。


だが、今回はそれが裏目に出た。翌年もリースが継続されるという前提で、特別なグレードアップグリッターへの対応に多額の予算をかけていたのだ。結果、鉄くずと借金だけが残ってしまった。


「アイカツシステムによって生かされ、アイカツシステムによって殺される……因果な商売やで、ほんま」


そう、すべてはアイカツシステムの気まぐれ次第……。


「……なんや、そう思ったらだんだん腹立ってきたな」


よく考えれば、自分は何も悪いことはしていない。それなのに、なぜこんな仕打ちを受けねばならないのか。そういえば、昔ひいきにしていたアイドル、雪乃ホタルもアイカツシステムのせいで引退したというウワサを耳にしたことがあるぞ……考えれば考えるほど、沸々と腹の底から怒りのマグマが煮えたぎって来た。


「アイカツシステムがなんじゃい……たった一度の失敗で人生おしまいにしてたまるかっちゅうねん! 絶対、なんかええ方法があるはずや!」


そういう決意を実際に口に出すのは大切である。たとえば、そこから思わぬ突破口が見つかることもあるのだ。


「ん? たった一度の失敗……? ……そうや、これや!」


工場長は工具箱からスパナを取り出すと、いきなり一台のドレスメイクマシンをバラしはじめた。ガラン、ガランと金属パーツが外れる大きな音に驚いた従業員のひとりが、慌てて駆け寄って来た。


「あっ、おやっさん!? 機械壊してどないしますのん! なんぼ会社が危ない言うても、ヤケだけはおこしたらあきまへんで!」


「ふん、どうせこのままやと不渡りや! その前に、やれるだけのことはやったるわ!」


「やるって、何を?」


「ウチには、長いこと培ってきたグレードアップグリッター解析のノウハウがあるんや。コイツを使って、アイカツシステムに一矢報いたる……!」


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とあるアイドル学校にて。


「あーあ、またノーマルドレスかぁ……」


ライブを終えたばかりのアイドル学校の生徒が、排出されたアイカツ!カードを見てため息をもらした。一体どんなカードが出てくるのか……それは、アイカツシステムに任せるより他はないのだ。


……つい、この間までは確かにそうだった。


「えっ!?」


瞬間、そのノーマルカードが光に包まれた。


”レアリティアップ!”


光の中から現れたのは、彼女の欲しかったレアドレスのカードだった。


「うそ……なにこれ……」


「あ~! やっぱりそのアイカツシステム使うとレア度上がるよね~!」


通りすがりの同級生が、カードを覗き込んで言った。


「ノーマルが確定したカードに、もう一度チャンスをくれるシステムだって、最近評判になってるんだよ? 知らなかった?」


「へぇ~、どういう仕組みなんだろ……」


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また、別のアイドル学校では。


「なんだか、最近よその学生からウチのアイカツシステムを使いたいという問い合わせが多いんですが……教頭先生、何かご存知ですか?」


「さあ、一体なんだろうねぇ」


男性教員に訊かれた教頭は白々しく答えると、足早に去っていった。


「……先生、知らないんですか?」


聞き耳を立てていた女性教員が小さな声で言った。


「なにがです?」


「うちのアイカツシステム、今、期間限定でグレードチェンジの確率が2倍なんですって」


「えっ、一体どうやってそんなことを」


「来年度の生徒を増やしたいからって、教頭先生が妙な業者から買った機械をシステムに取り付けたらしいですよ」


「えぇ~……合法なんですか、それ?」


「さあ……」


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もしも、あなたの街で「レアリティアップ」「期間限定」「店舗限定」を謳うアイカツシステムを見かけたら、それは、もしかしたらアイカツシステムに抗う誰かの仕業なのかもしれない……。



-おしまい-

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