アイカツ!ぐだぐだ話「めんどくさいオタクの夜」

「いらっしゃいませ~。何名様ですか?」


出迎えた女性店員のその声に被せて、背後から複数の「しゃあせぇ!」という威勢の良い叫びがこだました。いかにも、夜を迎えた居酒屋らしい景気の良さだ。


「二人や」


と、指でピースサインを出したのは、三十代中ごろの男性。その隣には、眼鏡をかけた二十代前半の青年が立っていた。その二人に共通していたのは、店内の活気とは正反対の、尋常でない覇気の無さだった。


「こちらへどうぞ~」


案内されたのは、障子で区切られた狭めの個室。靴を脱ぎ、一段高くなった畳の間へ上がる。


「生中」


「あ、ボクもそれで……」


「生中ふたつ、以上で?」


二人がお互いの目を見て頷くと、店員は営業スマイルのまま戻っていった。年上の男性が静かに障子を閉めると、周囲の喧噪が遮られ、静けさが訪れた。ふたりは、ややうつむき加減のまま、じっと押し黙っていた。


しばらくすると、外側から障子が開かれた。


「失礼しまーす。こちら、ご注文の品とお通しになります」


先ほどとは別の女性店員が持ってきたのは、ジョッキになみなみと注がれた生ビールふたつと、茎ワカメのわさびマヨ和えである。店員が去ると、年上の男性がまた同じ動作で障子を閉めた。一方、眼鏡の青年は、テーブルに置かれたお通しをジッと見つめていた。


「茎ワカメ……」


その目に、光るものが見えた。


「うわああああぁぁ~~~!!」


突然、青年がテーブルに突っ伏して大声を上げた。それを見て、男性はゆっくりとジョッキに口を付けた。


「……ほんま、お疲れさんやったな」


「うぅ…………こんなことって、あります……?」


青年が眼鏡を外し、右手で両目を擦りながら顔を上げる。


「いや、無いよ。あったらアカンよ、こんなことは」


「うう……蘭ちゃん……どうして……」


彼らは、デビュー当初から紫吹蘭を追いかけ続ける古参である。生まれた時代は違えども、共通の推しを持つ二人は、いつも同じ現場で顔を合わせることになり、いつしか意気投合したのであった。そして今日も、ふたりで大阪タコヤキホールで行われたトライスターライブを観に行ったのだ。


「オレらは、蘭ちゃんの晴れ舞台を観に行ったんや」


「そうですよ……それなのに……!」


トライスターと言えば、あの神崎美月が率いる新ユニットである。そこに加入するということは、つまり、一足飛びにトップアイドルの仲間入りをするのに等しい。モデル業界では既に名の知れた紫吹蘭だったが、これでアイドル界においても頂点を狙える位置に着いた……はずだった。しかしこの日、彼女は突然トライスターを脱退し、当日のライブにもその姿を見せなかったのだ。


「いや、ライブは良かったよ。蘭ちゃんがおらん分、美月さんとかえでちゃん、明らかに前回のステージ以上に気合入ってたし」


「ええ……。かえでちゃんの『Trap of Love』とか、『Take Me Higher』の二人用にアレンジした振付とか、多分もう二度と観られないでしょうしね……本当にライブは良かったです……だからお金返せみたいな気持ちはまったく無いんですけど……」


紫吹蘭のトライスター加入が決まって以来、ふたりは大急ぎで神崎美月と一ノ瀬かえでの楽曲を履修しており、ライブ自体は楽しめたようだった。しかし。


「けど……やっぱり、蘭ちゃんがいないって僕らにとっては有り得ないし……それにこれ見てくださいよ」


青年が、自分のスマホを……キラキラッターが映っているその画面を男性へ向けた。そこでは、デフォルメされた霧矢あおいのイラストをアイコンにした誰かがテンション高く発言していた。


”ソレイユの結成イベに! 紫吹蘭! まじで~!?”


「”まじで”はこっちの台詞~~~~もう~~~~!! ボクらが蘭ちゃん見てない間に、霧矢オタが蘭ちゃん見てるの何~~~!!」


「いや、ほんまそれな。こっちは蘭ちゃんが小学生の頃から応援しとるんやで」


「まずワカメ食べる~~~~もう~~~~!」


茎ワカメに手を伸ばすと、合わせてビールも進んでいく。徐々に、ふたりとも黒目が動かなくなっていった。


「うう……ツラいと分かってるのにソレイユ現場のレポ読むのやめられない……」


「しゃあない。蘭ちゃんのこと書いてあるんやから、辛くても読まな」


”まさかの三人ユニット~!”


”でも紫吹蘭ってセクシー系でしょ? ポップ系のドレス使いこなせるのかな?”


”「美しき刃」的には、ストイックなトライスターの方がイメージ合ってる気はする”


「いや、ほんま、こう言うたら悪いけど、昨日今日、蘭ちゃんのこと知ったオタクが何言うてんのって感じやな」


「ま、じ、で、それ!!」


どん、とジョッキを置いて力説を始める。


「今でこそセクシー系ですけど、当然ちっちゃい頃は子供服のモデルやってたわけで、お前ら、その頃の蘭ちゃんの可愛らしさ見たことないでしょ! っていう!」


「あの頃のプレゼントの定番言うたら、カワイイぬいぐるみやったしな。真子ちゃんが辞めて以来、特に『美しき刃』のイメージあるけど、人間そうそう好みは変わらんはずやから、今でもボックスにファンシー系のぬいぐるみ入れとるやつは古参やなって判別できる」


「はぁ~~~、いちあお推しの人たち、早くセクシー以外の蘭ちゃん見て度肝抜かしてほしいですわ~~!」


そう言いつつ、スマホで早速ダウンロード購入したばかりの『ダイヤモンドハッピー』を再生する。


「このな。ダイヤモンドハッピーのな。”まぶしくなれもっとね~”の”もっとね~”のとこな」


「それ!! めっちゃ可愛いですよねぇ~! なんか、昔の蘭ちゃんが戻って来たっていうか!」


「確かに。これは、ストイックなプロ意識が芽生える前の、無邪気な蘭ちゃんの声やわ」


二人は、スマホに映る星宮いちごと霧矢あおい、そしてとびきりの笑顔を魅せる紫吹蘭を見て、自然と口角を上げていた。


「…………まぁ、しゃあないな」


「ですね」


だって、推しが幸せなのが一番だもの。それが、言いたいことを言った後に辿り着いた、ふたりの結論だった。


「よーし、飲むか~!」


勢いよく、テーブル上のボタンを叩く。


「は~い、ご注文お聞きしまーす」


二人は声を揃えて。


「ダイヤモンドホッピーふたつ!!!」


「はーい、ホッピーふたつですねー」


店員の塩対応も気にならない。ふたりの熱い語らいの夜は、まだ始まったばかりである……。



-おしまい-

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