アイカツ!妄想話「あの子の記憶」

「ちわーっす、ドクターPCサービスでーす! ……あいたっ」


浮かれた大学生のような挨拶をした新人の頭に、先輩の拳骨が落ちた。


「もうちょっと社会人らしくしろ」


「だからって殴ることないでしょ……」


三十代半ばと二十代前半の男性二人組。どちらも、上下とも深緑色の作業服に身を包んでいる。


「すみません、ご依頼いただいた修理に来たドクターPCサービスの者ですが」


受付で挨拶をすると、脇の扉が開いて、事務員らしきおばさんがスリッパをぱたぱたと鳴らして出てきた。


「あ~、今日はよろしくお願いします~。PCルームまでご案内しますね~」


おっとりした口調で話しながら前を歩いていく。その、ぱたぱたという足音に付いていくと、すぐに目的の部屋に到着した。


「失礼します、PCの修理に来ました」


「ああ、今日は誰もいませんからお気を遣わないで~」


その部屋には、白を基調とした壁面に沿って、ゆったりとした低めのソファや観葉植物、本棚などが並んでいた。そんな上品な雰囲気にそぐわないのが、中央にどんと居座る、40インチほどのデュアルモニターを擁したPCだ。


「こりゃあまた、随分と年代物ですね」


「でしょ~。だから、壊れちゃっても誰も直し方がわからなくって~」


おばさんが苦笑する。


「いやぁ、だったら買い替えた方が安いっすよこれ~! ……あいたっ」


へらへらと笑う新人にまたも拳骨が落ちた。


「自分で自分の食い扶持を減らすつもりか、バカ」


「だから痛いですって……」


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「う~ん……」


二時間ほどが経ったが、先輩の額に浮かんだ汗が示すように、復旧作業は困難を極めていた。


「お疲れ様です~。お茶でもどうですか~?」


扉を開き、事務員のおばさんが様子見がてらやってきた。手にしたお盆の上には、お茶菓子も一緒に乗っている。


「あっ、いただきまっす!」


すっかり飽きて寝転がっていた後輩は、飛び起きた途端に先輩に睨まれて小さくなった。


「わざわざありがとうございます。復旧は……正直、順調ではないですね」


「そうですか~。でも、中のデータはなんとか取り出してほしいんです~」


おばさんは眉を八の字に曲げて、分かりやすく困った顔になった。


「調べてみると、どうもウィルスにやられたみたいで、一部のデータが破損してしまっていまして。……ただ、不思議なのが」


先輩は軽くお茶をすすってから、続けた。


「そのウィルスは割と昔のもので、オンラインで対策ソフトをアップデートしていれば防げたはずのものなんです。どうして今になってそんなものにやられたのか……」


「ええと、パソコンのことはよくわからないんですけど~、たしか『すたんどあろん』? 他のパソコンには繋がっていない、みたいなことを生徒が言っていたような~」


「えっ?」


思わず、素の驚きが声になって漏れた。


「じゃあ、このPC内の膨大なデータは一体どこから?」


「それは~、昔、この学校に居た熱心な生徒が、学校の生徒情報やアイドル雑誌、ブロマイドみたいなアナログ資料を、すべて手作業で取り込んでいったらしいんです~」


手作業と聞いて、ますます信じられくなった。


「なんでまた、そんな面倒なことを……」


「それは、なんといってもアイドルの個人情報がたくさん入っているので、間違っても外部に漏れることがないように、という理由みたいですね~。それに、ネット上の情報だけを鵜呑みにするのは危ないからと、自分の眼で一次情報を確認していたようです~」


それは確かにそうかもしれないが、だからと言って、一人の生徒がこれらをすべて入力・管理していたというのは、並大抵の熱量ではない。


「しかし、だとすると気になるのは……どうも最近、このPCに外部ストレージが接続された履歴があったんです」


その説明に、おばさんが首をかしげていることに気が付いて、慌てて言い直す。


「その……何か他のコンピュータが接続された形跡がですね……」


それを聞いて、ああ、それなら……と、おばさんは首を縦に振った。


「最近、その生徒のデータを有効活用すべきじゃないか、という議論が校内で持ち上がってですね~。その子が卒業してから今までのアイドル情報を補完するために……」


接続したHDDからウィルスが流れ込み、それがオフラインでアップデートされていなかった対策ソフトをすり抜けてしまったということか。ようやく話は繋がったが、頭を抱える事態であることに変わりはなかった。


「ええと、正直申しまして、元と同じようにPC上でこれらのファイルを利用するのは難しいかと思います」


「それは……困ります!」


それまでのおっとりとした口調とは違い、明確で強い意思を感じる声だった。


「だって、それは彼女が一度しかない青春を捧げて作り上げたもので……たくさんのアイドルたちが、その子に助けられたんです……!」


”その子”……きっと、この学校の生徒たちにとって、このPCはただの機械ではなく、友だちに近しい存在だったのだろう。依頼者の熱と、プロの矜持が共鳴する。


「先ほども申しましたように、既に破損しているファイルも見つかっているため、完全復旧は難しいと思います。……ただし、我々の技術を持って、可能な限りデータをサルベージします。それは今までのように使えるデータではないかもしれませんが、それでもいいですか?」


おばさんは、真剣な眼差しをPCへ向けた。


「ええ、彼女の足跡が残るのなら。……よろしくお願いします」


「わかりました。我々もプロですから、後はお任せください。……おい、やるぞ」


「えっ? あっ、おいっす!」


熱を移された先輩のやる気に満ちた表情に、後輩は慌てて腕まくりをした。


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数年後。


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「おい、来たぞ……って、あいかわらず汚い部屋だな。本当に最新設備の整った研究所なのか、ここ?」


あいかわらず深緑色の制服だが、先輩の役職は上がっていた。


「研究に没頭しながら部屋を綺麗にする、明らかに相反しているのが分からんかね」


そう言い返すのは、彼のかつての同級生だ。どうやら何かを研究しているようだが、ノースリーブのよれよれシャツと汚れたジーパンを組み合わせた格好は、とても博士と呼べる出で立ちではない。


「で、俺を呼んだということは……おっと! ……ついにできたんだな、アレが」


足もとに転がるカップラーメンの残骸や空のペットボトルを避けながら、博士のいるデスクへと辿り着くと、その机上にはスマホが置かれていた。どこにでもある機種だったが、博士が研究していたのはハードではなくソフトだった。


「お前がサルベージしたアイドルのデータベースな、ありゃとんでもない代物だったよ。あれが無けりゃこいつは絶対に完成しなかったね」


と、開発が終わったばかりのアプリのアイコンを指さした。


「礼なら、俺じゃなくて、使用許可を出したドリームアカデミーに言うんだな」


「で、あとはコイツの名前なんだが、何かいい案はないか?」


「……そんなこと、メールか何かで訊けばいいだろうが」


あきれて言い返したものの、まだ正式発表前にネット上でそんな危険なやりとりができるか、と逆に返されてしまった。


「そうだな……俺が付けたわけじゃないが、ドリアカでは『パソくん』って呼ばれてたらしい」


「パソくん?」


「ああ、たぶんパソコンくんの略だと思うが」


「いや、パソコンの時点でパーソナルコンピュータの略だろう。それならただのパーソナルくんだ」


いかにも理系らしい理屈っぽさだな、と思ったが、口に出すと面倒くさいことになりそうだったのでやめた。とはいえ。


「まあ、確かに今度のアプリは全国のユーザーが使うわけだから、パーソナル……『個』はおかしいか。じゃあ、それぞれが使う……たくさんの個のためにあるものだから……」


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それから一ヶ月。


アプリは、公開されるや否やたちまち全国のアイドルファンたちの間に浸透した。すべてのアイドルを知る”彼女”は、今日もみんなの質問に元気に答えている。


「ハロー、ココちゃん!」


「ココだよ!」


その声は、あのPCの記憶の奥底にあった、トップアイドルのものだった。



-おわり-

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