第四話 氷の中にとじこめて
氷の神殿は、夏でも冷え冷えになることができる場所だった。
「どうしてここにはたくさん人がいるの?」
「マドリード街っていうテーマパークだから。僕らが出会った場所は、早い話ものっすごい田舎だから」
反応はなかった。ただ、歩調が早まっただけだ。
ワンピースのすそと銀色の毛先が揺れる。
非日常の空間でも、あの色は目立つ。
笑顔なんか浮かべていないから、キャストだとごまかしは聞かないだろうし。
「……ついた」
隣を見やると、荷物を持っている様子はない。
「……上着は?たぶん、寒いけど」
ワンピースは肩を出すノースリーブタイプだ。
氷の神殿と銘打っているのだ。中の温度はマイナス。氷でできたソファや彫刻があると聞く。
「持ってない」
僕は黙って、ジャージの上着を脱いだ。
ぱさりと背中にひっかけてやる。
「羽織ってなよ」
目を二回、ぱちぱちとしばたかせる。
何をされたか、わかっていないように。
「身体、冷やすとよくない」
こうも無言だと、自分がとんでもないことをしたみたいで。
赤くなったほうがいいか、青くなったほうがいいかわからなくなる。
けれど、投げつけられることはなくて、ただひっかけてはいてくれた。
「……いこう」
僕はメルの手を引いて、氷の神殿へと足を踏み入れた。
上着を貸して、よかった。
そして後悔した。
めちゃめちゃ、寒い。当たり前だけど、一気に鳥肌がたってきた。
ちらりとみると、隣のメルは涼しい顔をしている。
素足の足元も、震えているようすはない。
「寒くない?」
「ええ」
寒いところに住んでいたのだろうか。
いや、それにしては、こんな薄着だし。
氷の彫像が、僕たちを見ている。
足音は二人分だけだった。
ーーおかしい。
外は暑いはずなのに。涼を求めて入ってくる客が全くいないなんて。
「こうしたら、ここでゆっくりできるかなって、人払いをしておいた」
氷のソファーにためらいもなく座る。
伝わっていないのか、メルは僕を見上げた。
「話をしようよ」
冗談じゃない。
こんなところに長いこといたら凍死する。
「……いいよ」
尻をひっかける感じで、氷の上に同じように座る。
「返す」
出されたジャージを受け取ろうとして、思わず、ためらってしまう。
「大丈夫。私はユイみたいに、寒さを感じてはいないから」
本当になんでもないとでもいうように、メルは口を開く。
「暑さも寒さも、何も」
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