第二話 夏の朝日はまぶしくて

 帰る家なんてない。

 先のことなんて考えるな。

 最終列車に飛び乗って、どう過ごすかなんて度外視で、逃げ出すための切符を買った。

 夜の街が後ろへ流れていく。

 乗り込んだ車内は、昼間のように明るかった。

 明々とした空間に、真っ黒で、冴えなくて、逃げ出してきた自分が照らされる。

 ジャージの上着をかぶって、暗闇をつくる。

 せめて自分だけは、こうして引きこもらなければ。

 耐えられない。


 めまいがする。

 暑い中歩き回ったから当たり前か。

 眠たさをごまかして、空腹も気づかないふりをして、そろそろ限界がきてしまった。

「っは……」

 人けのないアスファルトに座り込む。

 あつくて、色の褪せた地面に、汗が一粒吸い込まれていく。

 もう、一歩も、歩けない。

 熱がこもって、朦朧として。

 意識を手放そうとしたときだった。


「凍えるところはあるかしら」

 顔をあげる。

 幻覚がみえた。

 涼しげな白のワンピース。

 そよかぜになびく髪色は銀。

 夢を見ているのだろうか。

「……死神……?」

「失礼じゃないかしら?死にそうになっている人」

 容赦のないストレートを受け止められるだけのキャッチスキルは僕にはない。

 それでも否定はできなかった。

「死ぬ前に、私の願いを叶えてほしいの」

 失礼かと思ったらなんだ、ただのわがままか。

「勝手に、やりなよ」

「できないから、頼んでる」

 疲れた。めまい、限界、もう。

「……ちょっと?」

 背中に当たる熱をもったアスファルト。

「僕は、もう」

 生きていたくないんだ。


 薄く開いた視界には黒のチョーカーがに映っていた。

「気が付いた?」

 編み込まれた銀色の髪。

 夢じゃ、ない。

「……君は」

 年のころは同じくらい、きっと10代だろうけど。

 恐ろしく美しかった。無表情さも静かなアクセサリーにしてしまうくらい。

「メル・アイヴィー」

 木陰はほてった体をゆるやかに冷やしてくれていた。

「あなたは?」

「……ユイ・ライカ」

「ユイ、私はあなたを助けた」

「別に助けてほしくなかったけどね」

「だから私の願いを叶えてほしい」

「押し売りかよ。いいことをしたって気になったのはやめて」

 親切の押し売りほど対処に困るものはない。

 ましてや見当違いのものだったならなおさら。

「私はいいことをしたとは思っていない」

「話が早くて助かる……」

「私は私の目的のためにあなたを利用したいだけ」

「……は?」

 バカなのか?腹黒いことはわかったけれど、それをわざわざ口に出して言うか?それも、オブラートに包むことなく。



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