第一話 一人さまよう夏は夜
うだるような暑さの中、僕はカーテンをしめ切った部屋で、フローリングに背中を預ける。
電気もつけず、音楽もならさず、ただただ、時折外を走る車のエンジン音を聞いている。
スマホのポップアップは、35度越えの異常気象をぽこぽこ伝えてきた。
この暑さの中、仕事をしたり勉強をしたり、なにより外に出ているなんて、どれだけドマゾなんだろう。
生物としての本能を抑え込んでいるにちがいない。
時計の針が音もなく進んでいく。
今頃誰かは昼御飯なのだろうか。
腹は減らない。
午後二時。一番暑いといわれる時間。
こうしてなにもしていない自分は勝ち組だ。
にやりと笑って、むなしくなる。
僕が冷房をつけずに一人密室で寝転がっているのは、死んでもいいと思っているからだ。
ベッドではなくフローリングで寝ているのは、きっと僕の本能が、無意識に。
夜風にあたりながら県道沿いを歩くと、やっぱりこの時期歩くなら夜に限ると思ってしまう。会社帰りのサラリーマンに、心のなかでお疲れ様とつぶやいて、僕は日課のウォーキングと洒落こんでいた。
蛍も星もみえないけれど、街灯と、車のヘッドライト、テールランプ、店や家から漏れる光。
それくらいしか明るいものがないほうが、僕は好きだった。
暗くて見えない、見られない。
身なりに構っていないことも、情けない自分の姿も、誰にも見破られない。
夜だけが、本当の自分のままで、外に出られるのだ。
久しぶりに一駅分歩いたので、喉が乾いた。
虫みたいにスーパーに呼び寄せられ、なけなしの小銭で安いスポーツドリンクを一本とる。
目をあわせないように、商品と、お金を渡して、買ったものを、もらうだけ。
奮発してしまったけれど、今日くらいは。
たくさん歩いたし、自販機ではなく店で買えたから、自分にだって多少は優しくしたい。
視界の端では、明るい髪色の十代が集まってげらげらと笑っている。
誰かに絡まれるのはノーサンキュー。
足早にスニーカーを動かして、家へと帰る。
たったひとつの、防衛シェルター。
基地の鍵は空いていた。
「ただい……」
「どうするんだ、あいつの将来」
ひんやりとした。
くらい廊下で、締め切ったリビングから漏れ聞こえてくる深刻な声に。
音をたてないように、玄関の戸をしめ、スニーカーをそろりと脱ぐ。
「それはあの子のペースでゆっくり」
「それじゃあ遅いんだよ……!」
きっとリビングの中はクーラーが聞いている。
蚊取りも焚いているから、僕の部屋より快適な環境だ。
僕にとっては、蚊になった気分で、きっととても、息苦しい。
部屋に戻り、財布をつかんで、もう一度、生暖かい外へ出た。
どこにも居場所がない。
どこにいけばいい。
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