第3話 お風呂
食後。メルはリビングのソファに体育座りをして、タブレットでYouTubeを見ていた。音楽に合わせてやわらかな鼻歌が聞こえる。
「メルー。お風呂沸いたから入っちゃって」
「んー。先、ハルいいよー」
動画に夢中なメルはソファにごろんと寝っ転がった。お尻がぷりっとしている。だが、さっき幼女メルの尊さに当てられた僕は、何も思わない。ケツがあるな、くらいの認識だ。
僕は、じゃあお先、と風呂に向かった。
三〇分後。
「メル〜、あがったよー」
脱衣所から廊下へ出ると、リビングから歌声が聞こえた。
それは、夜空にひとつ浮かぶ満月を連想させるような、霞みがかって凛として、それでいてどこか寂しげに感じるような声だった。人を惹きつける声――きっとこういう歌声のことを言うのだろう。
歌だけは上手いんだよな。
「メルも入りなー」とリビングに入って、メルの姿を見るなり唖然とした。
「何やってんの?」
「頭に血が上って気持ちいいんだー」
まさかのメルさん。ソファの背もたれに逆立ちするみたいにして、タブレットを見ていらっしゃる。
「お風呂」
「朝入る」
「沸かしなおすのもったいないじゃん」
「今、ニコ生が熱いんだって!」
ハルは女々しいんだよ〜とメルは言う。
「お風呂が冷めるのがなんだって言うのさ。それより私が、らの様見逃す方が大変だってゆーの」
「じゃあ、その動画見たら風呂入りなよ」
「だめだよ!」
何言ってんの? みたいに目をぱっちり開けてこっち見てくる。
「これ終わったらTwitterでらの様、布教しなきゃ」
あなたこそ何をおっしゃる。
「それに、私、ほら、どこも汚れていないじゃん? 家から出ないし」
「そういうわけにもいかないでしょ。ちゃんとお風呂入りなさい」
「嫌!」
「入りなさい」
「嫌!」
「入りなさい」
「嫌! ハルが入ってくださいって言うならいいよ」
「入ってください」
「もっとなまめかしく!」
「入って、くらさい」
「もっとなまめかしく!」
「入って……くら、さいっ!」
ピコッ、とメルはタブレットのカメラを向けていいた。
「ハルの受け顔ウケる」
(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾ って感じでソファーを叩きながら笑うメル。
ああ、そっか。
こいつ、ああ。
なるほどなるほど。
こいつは。
ヤるしかねえ……。
僕は右手を顔の前で構え、くわっと指を広げた。
「俺のこの手が真っ赤に (自粛)」
そして、僕は、メルの頭を撫でまわしてやった。
――メルは光に包まれる。
「メル? お風呂入っておいで~」
「うん、おふりょはいる!」
天使モードのメルは、そう言って、元気よく風呂場へ駆けていった。
めっちゃいい子♡
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