第38話千年生きた猫の戦い

(なんだか、ずいぶん様子が違うね……)


――ああ、アキハ。俺もこんなことは初めてだ。これだとこの街全部覆う必要なんて全くないな。


クロが見つめるその先に、それが姿を現していた。


一瞬、私も自分の目を疑った。


ここは去年のしずくの誕生日に戦ったのと同じ場所。でも、あの時にあった山のように大きな黒い塊はない。

病魔の姿として一般的な巨人の姿も見あたらない。

だけど、禍々しい気配はある。


ただ、静かな黄昏たそがれのような世界の中で、そこだけ異様な雰囲気を放っていた。


一昨年までしずくが通っていた中学校。そのグランドの中央にそれはいた。


――あれには相当な知能があるようだな。普通の病魔は大きくなるしか能がないが、あれは凝集することを覚えているんだろう。俺と同じくらいになれば、攻撃が当たると思っているあたりが、所詮病魔の浅知恵だな。


(そうだよね、小さいけど禍々しさは倍以上だもんね。しかも完璧に待ってるよね、アレ)


身長にして二メートルくらい。クロとの身長差はあるけど、クロが人型になったらそんなに大きくは感じないと思う。


――まあ、あまり待たせるわけにもいかない。病魔の態度はこの際どうでもいい。だがこの半年、ずっとこの日を待っていた。眠りっぱなしだったしずくを見守り続けたアイツらを、これ以上待たすわけにはいかない。最初から全力でいくぞ!


(正確には七か月だけどね。でも、頑張って!)


――ああ、俺は千年守護獣のクロ。そして、あの日にしずくと約束した。ついでだ、アキハ。今、お前と約束してやろう。必ず勝つ。そしてこれが最後の戦いになる。


(うん……。しっかりね……)


一瞬にして人型になったクロ。その手に青白い炎を抱く刀を握りしめて、病魔の所に飛んでいく。


(私はいつも見守る事しかできない。でも、見続けるよ。クロの戦いを)


クロが病魔にたどり着いた時には、病魔はその姿を変えていた。黒い二メートルの大男。顔はないけど、その姿は間違いなくあの大男のものだと思う。


そして、それを証明するかのように、その手には黒い光を放つ刀が握りしめられていた。





あれから、ずいぶん長い間戦いを続けている。


私の目では、はっきりとしたことは見えていない。

ただ、打ちあう音と光がそこにある。そこから吹き荒れる風がある。だから、そこで戦っている事だけはわかっている。

中学のグランドで始まった戦いの舞台は、いつの間にかこの街全体になっていた。


クロが青白い炎の刃を打ち込む軌跡は、青い光となって弧を描く。

病魔がもつ黒い刀。それは禍々しい黒い光を放ちながら、それを打ち消すように描かれる。


やいばやいばのぶつかり合いが、激しい新たな力を生み出していた。


衝撃が風となって吹き荒れる。それぞれの光がぶつかり、新たな光を生み出している。

互いの力を誇示するかのように、強烈な音の波がこの街全体に広がっていく。


早すぎて、何が起きているかなんてわからない。私に見えるのは、見えるものだけ。

ごくたまに姿が見える時もあるけど、それは押し合うように止まっているときだけだった。


力比べは、ほぼ互角。


互いに、飛び退くように離れた瞬間。

二つの姿は、私の目では追いきれなくなる。


そしてまた、戦いの舞台の主役は音と光と衝撃だけとなる。やいばは互いのあるじの手により、より一層輝きを増していく。


はっきり言ってすごすぎる……。


病魔が自分の力を出し惜しみするはずがない。

クロも最初から全力を出すと言ってたから、互いに死力を尽くして戦っているのだろう。

沈む地面に、われる地面。

壊れて崩れる建物の悲鳴。吹き飛ばされた構造物の断末魔の叫び。この街のいたるところで繰り広げられたそれは、いつしかこの街をただの平地にしていた。


所々に残るものが、かつてここが街だったと教えてくれる。でも、それさえすぐに消えてなくなっていく。


それは間違いなく、一年前と同じ戦いの結果。

いいえ、それ以上の事が起きていた。


(大丈夫……。クロはきっと大丈夫)


私はそう自分に言い聞かす。もうずいぶん長く戦っているから、それが気になって仕方がない。

『人型は消耗が激しいんだ』

あの時、クロはそういっていた。感覚的なものだけど、シロさんが人型で戦っていた時間は、もうとっくに過ぎてしまっている。


どれだけ消耗するか、消耗したらどうなるのか。それすら私にはわからない。


その時、地面が大きくえぐれていた。続いてまき上がる砂埃のカーテン。


元々見えない中で、さらに何も見えなくなってしまう。

でも、一際大きな音と光がこの空間全体を揺るがし、それを瞬く間に吹き飛ばす。


繰り広げられる青と黒の光の交差。刹那の反発が無数の火花を咲かせている。


しかし、ついに青白い光の軌跡が大地を割る。その瞬間に起こった、叫ぶような声の気配。

そして、ついに私の目にもそれが分かった。


刀と共に片腕を無くした黒い大男が、その腕のあった部分を見つめている。


――そろそろ引導を渡してやろう。いい加減その姿も見飽きた。俺の意識からとったのかもしれんが、あの坂上雄達さかのうえのゆうたつと、騒速そはや真打しんうちを真似たところで、どうしようもあるまい。お前は、邪気をまとったしずくの病魔でしかない。そして、この舞台も終了だ。そろそろ脇役は退場してもらおうか。


一瞬で詰め寄り、天黒羽剣アメノクロハノツルギの切っ先を喉元に突き付けたクロ。

その瞬間、顔のない黒い大男が確かに笑っていた。


クロの刹那の一閃が、黒い大男を両断する。その瞬間に、青白い炎が大男を焼き包む。


去年と同じ終了パターン。たしかに、去年はそれで終わっていた。


でも、黒い大男は崩れなかった。焼け落ちなかった。

そして、それだけではない。


地の底から響くような声がこだまする。大男が発している叫びが、黄昏たそがれの空間に広がる空を、真っ黒な夜空に染め上げていた。


――何!? 凶星が!?


クロが驚きの声を上げ見つめる空。いつの間にかそこには、長く大きな尾を引く星が流れている。


そしてクロの目の前にそれがいた。

無傷の黒い大男が、再び刀を手にしてクロに近づいていた。


その刹那、その星から放たれた一条の光。


それは矢となり、クロの胸に突き刺さっていた。








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