第36話告知

無事に高校二年生になったしずくの生活は、それまでとは一変していた。


とはいっても、それほど急激に変わったわけじゃない。

何かのクラブに所属するようになったわけでもない。


いつものように、学校に通う。授業が終われば、図書室に行く。そして家に帰る。ただ、それだけの生活。


でも、そこには常に誰かがいた。なぎさも、あおいも。そして、新たに知り合いになった人も増えた。何色でもなかったしずくの周りの景色が、色々な色で咲き乱れる。


次第に、【学校での生活】と【家に帰るという行動】の間に、【友達と過ごす時間】というものが割り込んでいく。それは、今までのしずくにはない大きな変化だった。


そんなしずくに、当然言い寄ってくる男もいた。それは前からそうだったが、以前のしずくはすべて無視していた。

そのせいでいらぬ噂を立てられたりすることもあった。陰口をたたかれることもあった。ただ、あの時のしずくにしてみれば、それはむしろ望むようなものだったのかもしれない。


だが、今は違っている。


今はしっかり会って断っている。

もはや、人と関わらない生活は、しずくの中から消えていた。


そしてもう一つ。

時折、彷徨さまようように、街を歩くこともなくなった。まもるの気苦労が一つ減ったと言えるのだが、まもるまもるで、自分の出来ることが減って少し気落ちしていた。


『いい加減、妹離れしたらいいのに』というアキハ。


まあ、どちらにしてもアイツに出来ることなどたかが知れている。ただ、あえて言うとすれば言ってやろう。

『妹は、いつまでたっても妹だ』ということを。兄には妹を守る義務があるから仕方がないと。


だから、ほんの少しだけ、特別に。まもるの足を踏んでやることにした。

まあ、三日に一回くらいだけどな。

気が向いたら、たまに背中に飛び乗ってやるサービスも付け加えた。


怒るまもるとそれを見て笑うしずく


何事もなく過ぎていく時間の中で、しずくの笑顔がそこにある。

おそらく、こんな事は今までにない事。

シロの記憶と合わせてみても、こんな時間を俺は知らない。


だが、五月を過ぎた頃。

急に、しずくが体調を崩し始めた。しかも、邪気そのものを集める力が増していた。

家にいる間は、しずくにまとわりつくものを片っ端からべることが出来たが、それ以外の時間になると、俺は何もできなかった。


学校、図書室、友達との時間。

そこに俺がいるべき場所はない。


皮肉なことに、人と交流する時間が増えれば増えるほど、俺がそばで守ることが出来なかった。

人と関われば関わるほど、直接しずくに向けられる邪気も増えていた。


日に日に集まる邪気を、家にいる間に可能な限り駆除していく生活が続く。しずくの場合は邪気をため込むものをその体の中に持っているから、その作業は膨大だった。さすがの俺も苦労した。


そして、七月七日の月曜日。しずくがいきなり倒れてしまう。


その日は蒸し暑く、しかもそれは体育の時間だった。

すぐに救急車で、いつもの病院に運ばれていく。あとで俺が追い付いた時には、かえでも知らせを受けて駆け付けていた。


そのかえでは、妖怪婆犬神ヨシと電話で話している。


その話を聞いていると、どうやら日射病という診断を受けたようだった。

そして今は、点滴を受けて意識を取り戻している。だけど、いろいろ検査を受けているようだった。


なら、病魔とは関係がない。しずくの病魔は通常表に出てこない。この時の俺はそう思っていた。


しかし、一応様子を見るために、入院することになったしずく。そうなれば俺もやることがある。


病院という場所は、特に邪気がうようよしている。以前入院したしずくの病室の周りにも、いろいろ漂っていた。


だから、まずそれらを駆除して行く必要がある。だが、日中に俺が病院の中を歩き回ることは難しい。ここには俺を見つけてはつまみ出す天敵婦長がいる。

だからまず建物の外から駆除していくことにした。


だが、それが間違いだった。いや、俺が油断していたのかもしれない。


あらかたい終わって、しずくの病室に行こうとしたら、病室の窓が閉まっていた。

もともと、病院の窓は俺が出入りできるくらいしか開かない。だが、俺はそこから出入りする。そのことを知っているしずくの家族が、それを閉めるはずがない。

おそらく検査か何かでしずくがいない時に、看護婦が気をきかせて閉めたのだろう。


全く迷惑な話だ。でも、かえでまでいないとは誤算だった。また、電話をかけにロビーに降りているのだろうか? この病院の公衆電話はすべて一階に集中しているから、戻ってくるにしても時間がかかる。


仕方なく、病院の横にある公園の木陰でくつろいでいたら、予期せぬそれにつかまった。

爆弾のようなフカフカを持つ母親とその娘に。いや、正確に言うとその幼女に。


俺がその爆弾に見とれてしまった隙に、幼女が俺を拘束した。


うかつだった。一瞬の隙が命取りになるとはこのことだ。


抱くというよりも締め付けに近い。

だが、それを我慢した後に味わった至福の時間。

それを堪能したあとに病室の窓に戻ると、まだしずくは帰っていなかった。

それどころか、かえでもいない。


――どこいった?


もう一度侵入経路を探るべく、病院の周囲をぐるりと回る。

そして、偶然俺は見つけた。

さっきの公園の入り口にある公衆電話ボックス。そこで話しているかえでの背中を。


――なぜ、そんなところで話している?

近づいて、その足元から中を覗く。


そして、俺は嗚咽の声と共に聞くことになる。

しずくにはっきりと病名がついたことを……。


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