第32話アキハの想い(後編)

いつの間にか、戦いの場が大きく変わっていた。


この世界で何がどう破壊されても、実際の街は壊れない。だからクロも思う存分戦えているのだと思う。

そして、ちょっと色々考え事をしていた隙に、もうこの街の大半は瓦礫の山になっている。

しかもその瓦礫の山でさえ壊されて、どんどん平地が広がっている。もしかしたら、クロがそうさせているのかもしれない。


最初いたあたりを中心として、綺麗な丸い平地が出来上がっていた。


もしかして、遊んでる?


いいえ、そんなことはありえない。

あんなこと言ってるけど、本当はやっぱり神経のすり減りそうな感じで戦っているのだと思う。

本当に天邪鬼あまのじゃくなんだから……。


でも、本当に無理しないでほしい。

さっきの一瞬、あの姿を思い出しちゃったじゃない。昔会った事のある、クロそっくりの黒猫の姿。


病魔との戦いに敗れ、倒れてしまった黒猫の守護獣の事。


あの時は一瞬、『クロもいつかこんな日が……』って思ってしまった。

そして、そう考えた自分を責めた。

ただ、今まではそんなことは忘れてた。

そんなことが起こることはないと思っていたから。でも、やっぱり心の底では忘れてなかったんだ……。


あの闇の巨人を見て、どこかそう考える私がいた。――クロだって例外じゃないと……。


いつかひょっとしてという思いは、私の中でくすぶり続けていたんだ……。

クロと旅している間に、私は他の守護獣が倒れる所を何度も見ているから……。


そう、クロは『関わらない。手伝わない』と言いながらも、出会った守護獣の戦いを見る事だけはしていた。

でも、決して手助けはしなかった。


最初は薄情だと思った。散々文句も言った様な気がする。

そう言えば、シロさんの時も言ったかな? あれ? 私、ずっと文句言い続けてるのかな?


だって、千年守護獣が絶対に介入してはいけない訳じゃない。


そのために、私達管理者がいるんだもん。だから、クロがそう願えば、私はその手助けをする。私はクロのお目付け役だもん。

私がいいって言ったら、いいんだよ。たぶん。


でも、クロはいつも『だまってろ、うぞ』と言って取り合ってくれない。


そして、倒された守護獣はそのまま息を引き取るか、守っていた本人が死ぬことを見届けて後を追うかに分かれていた。


そのいずれも、クロは見届けている。

戦いに敗れた守護獣の亡骸を、そっと誰の目につかないところに運び、守護していた者の供養が終わるまで、クロがその守護獣と共に見届けていた。


ただ、そのまま戦いの場で死ななかった守護獣には、必ず声をかけていた。


『お前はよく頑張った。守護される者の天命だ。それに抗うな。お前は生きろ。すべてを守護獣が背負える訳じゃない』


それが、クロが繰り返し伝えていた言葉。

でも、誰もクロの話しを聞き入れようとはしなかった。その言葉を聞いた全ての守護獣が、クロを笑顔で拒絶した。


あの時のシロさんのように……。


そして、自らの命を絶っていく。死んでもなお、その人を守護するかのように。

その人のお墓の近くで、クロ以外に見送る人もなく……。


それすら誰も知らない事。それどころか、最近は守護獣が守っている事実すら誰も知らない。


この百年を振り返っても、守護獣の存在を知る人の方が珍しかった。多分しずくも、犬神いぬがみヨシがいなければ知りようがない事だったと思う。


病魔に敗れると、誰も知ることなく死んでいく守護獣たち。

だからだと思う。クロはその亡骸を前にして、その魂のいく末を見守っていた。


ただ黙ってそこに居続けた。

じっとその亡骸を見守っていた。

ただそこにいる。守り続けたものを守るように。


何を考えているのかさっぱりわからないし、聞いても教えてくれない。でも、そうする意味だけは何となくわかる気がした。


そんなクロが戦ってる。もし、クロが負けたら……。


ダメダメ。そんなこと考えちゃいけない。


クロは今も必死に戦ってるんだ。私は何もできない。だから、応援するしかない。信じていよう。クロが勝つことを。


しずくが、クロを信じたように。そのしずくに、クロはこの戦いを見せている。


それは、クロ千年守護獣特別な力を持つ者だからできたこと。

だからあの時、しずくは感じたんだ。クロの意志を。


自分が感じた不安に押しつぶされたしずく

誰にも会わずにこの街を見て回る事を選択していたしずく

それは、自分の死を受け入れる心が起こした行動。


でも、クロがそれを変えた。いえ、それまでのクロとの生活がしずくを変えたのだと思う。


予定を変更して、朝早くになぎさあおいに、入院して様子を見ること・・・・・・・・・・・を『心配ないから』と告げに行ったしずく

その顔を見て安心したのだろう。


早朝にもかかわらず、起きていた二人もそれを笑顔で受け取っていた。

なぎさあおいも、あとでお見舞いに行く約束だけを告げていた。

そこには、信じられる何かがあったのだと思う。

それは、クロが結びつけたもの。


そう、あの夏の日から、しずくは変化したと思う。良くも悪くも色々と。


最初、人とかかわることが多くなっていた。

その分、よからぬモノを引き付ける事はあったけど、それはクロが可能な限りべていた。たまにあおいのもべてたから、現実にクロの体に取り込まれているのなら、たぶんクロは世界一大きな黒猫になっていたと思う。


ただ、秋以降は違ってきた。

しずくがまた変わっていた。

人と関わる事が、だんだん少なくなっていく。急にしずくが体調を壊し始めたこともあると思う。ただ、それでも最初はそれに抗っていた。


でも、それも年末までだった。

それ以降のしずくは、ほとんど人と関わらなくなっていく。今までのしずくに戻ったみたいに。学校も休みがちになっていた。


今ならわかる。すべてはしずくの病魔が育っていたせい。その気持ちが、より多くの邪気をしずくに引き寄せる原因となっていたのだと思う。


本人の気持ち、周囲の人達の気持ちで、病魔が育たないようにする事もできる。その逆がしずくには起きたのかもしれない。


いいえ、しずくの場合はちょっと違うのよね。


しずくは病魔にちゃんと向き合って克服しようとしていた。バレンタインデーの時のように、自暴自棄になることはもうなかった。


しずくの場合は、病魔が先に育っていた。でも、夏までのしずくが病魔を甦らせたの?)


(もう! わけがわかんないよ!)


――だまってろ、アキハ! 気が散る!


(ごめんなさい……)


独り言のつもりが、ついつい……。


でも、やっぱり普通こんな事ありえない。

撃退だけならあり得るけど、微塵に吹き飛ばして元の大きさに戻るなんてありえない。


ただ、この現実をクロは平然と受け入れたふりをしていた。


けど、私にはわかるよ……。

クロは嘘をついている。人間だった時と同じ癖をクロはもっているから。

ただ、猫になってからは手で触らないだけで、その耳は折れ曲がっているんだけどね。

あっ、前足だからか……。なんだか妙なところで律儀な気がする。


それより、『簡単な事』と言ったクロの右耳は折れ曲がっていた。嘘をつくと折れ曲がる右耳は、クロと違って正直ね。


簡単じゃないことくらい、私にだってわかるよ。


たぶんクロはその事を知らないのだと思う。面白いから秘密にしてるけど、頑固だから認めないだろうな……。


でも、そんな嘘をつかなくてもいいのに……。心配させたくないのは分かってるよ。

でも、そうやって人の気持ちに蓋をするのは全然変わっていない。


でも、今は許してあげるよ、クロ。

あと、もう少しちゃんと見るよ。今のもちょっと危なかったかもしれないけど、その後こっち見てた。


それって、見てるかどうか確認してるの? 案外余裕なの?

クロの考えてること、よくわからないよ……。


でも、本当にちゃんと見るね。

あとで『危なかった回数を言え』なんて言われたら困るから。


うん。大丈夫。クロは大丈夫だ。

危なくなることはない。クロは自信を持っている。

今もすばしっこさでは負けていない。


だから、大丈夫。


病魔の攻撃は全く当たっていなかった。それどころか、その巨大な腕の攻撃をかわしたその腕を駆け昇って、病魔を覆う邪気を削り取っていく。


それが何度も何度も繰り返されていた。クロを攻撃するためには、そうしなければならないから。


でも、かなり長かったそれも、そろそろ終わる。

病魔はどんどん小さくなっていき、今では病魔の本体が見えている。


あとはあれを吹き飛ばすだけ。


もうクロの勝利は確定している。多分、それはクロも分かっている。


でも、何だろう。

なんだか胸を締め付ける。なんだかとっても嫌な予感。


クロもそれを感じている?

もしかして、これはクロから流れてくるものなのかもしれない。


あのクロが、あんなにも警戒しているなんて……。

クロの見つめる先。

その空には何もない……。けど……。



(え!? まさか!? あの黒い光って?)


空を横切る一条の黒い光。

私の想いを感じ取ったように、黄昏たそがれの空に亀裂が走る。


そして、次の瞬間。亀裂がニヤリと笑うように広がっていた。


それはまるで黄昏たそがれの口。


大きく開いた漆黒の口から、得体のしれない者達が降り注ぐ。

だらだらとたれるよだれの様に。

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