第33話黄昏の中で
まるで闇の巨人の口がそこにあるかのよう。しかも不気味に笑っているかのようだった。
そこからだらりと落ちる、うごめくもの。
それを受け止め、徐々に大きくなる
クロの見つめる空の下には、闇の巨人がすでに病魔だけの姿となっていたのに……。
本当にあと一撃だったと思う。でも、クロはそれをしなかった。
何故なの?
何となく、今の病魔を攻撃しても無駄な事くらいは、私も分かる。
むしろ今攻撃すると、状況を悪くしてしまう。
仮に微塵に吹き飛ばしたとしても、吹き飛ばしたそこに闇が集まる。
そして、
でも、なぜあの時攻撃しなかったの? こうなることは最初から分かっていたじゃない。
今も闇の口から、
どんどん、どんどん、それを
いつしかそれは、
それは、戦う前の姿。いいえ、もっと禍々しい。
そして、クロはただそれを座って眺めていた。
(クロ…………)
一体、何を考えているの? わからないよ。
冬の
自らの役目を終えたかのように、
まだ、
ただ、闇の巨人が必要な分を集めたのだろう。
ついに、闇の巨人が動き出す。
もうそれに用がないとばかりに、闇の巨人はその巨大な腕を再びクロに放っていた。
大地に突き刺さる闇の巨腕。よけるクロ。さらに追うもう一つの巨大な拳。
まるで息を吹き返したような動き見せる闇の巨人。
だけど、クロはひらりと躱し続けていた。
確かに、クロの動きは鈍ってない。でも、全く攻撃をしていない?
どうしたの、クロ? やっぱり疲れてるの? 大丈夫?
でも、無理もないかも。
時間にして、六時間くらいたっている。その間ずっと、クロは戦い続けているのだから。
ただ、この世界は、想いが強さに結びつく。
それは戦っているクロに言えることだけど、もしもほんの少しでも、私の想いが役に立つなら……。
(だからお願い。クロに力を……)
その瞬間、クロが眩いばかりの光に包まれていた。
もしかして、私のお願いが通じたの?
――アキハ。心配するな。コイツのこのやり方は、昔の俺がやったことだ。だから思い出していたんだ。これをやられた時の二人は、さぞ悔しかっただろうなと。ははっ、お笑いだ。千百年を超えて、まさか俺も同じ目に合うとはな。もっとも、俺と違ってこいつは逃げないけどな。
光の中、クロの声だけが聞こえてくる。
でも、闇の巨人も動き出す。
まるでその光を飲み込もうとするかのように、漆黒の闇の腕が伸びていく。闇の巨人の形が、その肩腕だけに集中するかのように、いびつな形に変化している。
ただ、それだけじゃなかった。
今まで以上のスピードをのせたそれは、クロを覆う光を握る。
(クロぉ―!)
――その名はとうに捨てた名だ。今の俺はクロ。千年守護獣のクロだ。だが、その姿は借りるとしよう。
声に続いた、光の爆発。
この世界を一瞬にして白く染めるまばゆい光。
その中に、ただ黒い人影が浮かんでいた。
――まあ、この姿も悪くない。
そう言って抜き去った刀は、青白い炎を帯びていた。そして、クロは私にその姿を見せるように振り返っていた。
黒猫のクロの顔は、ほぼそのまま。でも、体は人間そのもの。
かつて見たクロの人型とは少し違う。でも、なんだか懐かしい感じがする。
――アキハ。そろそろ
再び背を向けた人型のクロ。宙に浮いたその背中。
どこか懐かしく、頼もしい。なにより、安心できるものだった。
次の瞬間。無造作にクロは真一文字に刀を振るう。
その一閃。青白い炎を帯びた刀の一振りが、闇の巨人が二つに割る。
ぐらりと揺らぐ闇の巨人。それをただ見守るクロじゃなかった。
小さな気合の声と共に放たれた、青白い炎の爆発。放たれた青白い炎が闇の巨人に向かって突き進む。
それは崩れ落ちる闇の巨人の上半身を包み込み、燃やし尽くしていた。
後に残った闇の巨人の下半身。ただそこに立ち尽くしている。
(すごい……。すごいよ、クロ)
――まあな。これで安心か? バカ娘たち。
(だったら、最初からこうしててよ!)
――無茶を言うな。人型は消耗が激しいと言っただろ? それに、こうなることは最初から分かってた。
一閃、二閃と繰り返し放つその斬撃は、瞬く間に闇の巨人を微塵に変えて燃やしていく。
でも、まだ
でも、それ以上にクロの斬撃は闇を削り削いでいた。降り注ぎ、満たされたその瞬間に、青白い炎を
そして、クロが合わせて九回それを放った時、何故かクロは攻撃を止めていた。
同時に、
闇の口が閉ざされる。
そして残る闇の巨人。そこにかつての勢いはない。
一瞬でそのすぐ目の前に現れたクロ。その青白い刃を突きつけて、闇の巨人に語り始める。
――さあ、恐怖しろ。そしてもう無駄なのだと観念しろ。そして、そろそろ
一瞬にして闇の巨人の眼前に現れ、高圧的な態度で病魔に向かって宣言していた。
何も言わない闇の巨人。でも、不思議と動かない。
ただ、次の瞬間。そこは違う光景となっていた。
そう告げた後のその場所は、青白い光に包まれていた。それと共に吹き荒れる風。
それは無数の斬撃が放たれている証しだろう。
私にはその一つ一つは見えないけど……。
苦悶の叫びがここまで聞こえる。
そして、一際大きな声が上がった後、何も聞こえなくなっていた。
さっきまでの事が、まるで嘘のように静かになった。
誰もいない
静寂のとき。
その中心に、電柱の上で座る黒猫がいた。
――さっ、帰るぞ、アキハ。
ただそれだけ告げたクロ。
そして、役目を終えた空間は、急速に収束し始めていた。
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