第33話黄昏の中で

黄昏たそがれた空に引かれたような、一筋の黒い光の線が始まりだった。


まるで闇の巨人の口がそこにあるかのよう。しかも不気味に笑っているかのようだった。


そこからだらりと落ちる、うごめくもの。

それを受け止め、徐々に大きくなるその姿病魔


クロの見つめる空の下には、闇の巨人がすでに病魔だけの姿となっていたのに……。


本当にあと一撃だったと思う。でも、クロはそれをしなかった。


何故なの?


何となく、今の病魔を攻撃しても無駄な事くらいは、私も分かる。

むしろ今攻撃すると、状況を悪くしてしまう。


仮に微塵に吹き飛ばしたとしても、吹き飛ばしたそこに闇が集まる。

そして、おびたたしい数の闇の巨人が生まれてしまうかもしれない。


でも、なぜあの時攻撃しなかったの? こうなることは最初から分かっていたじゃない。


今も闇の口から、おびたたしい数の闇が病魔へと降り注いでいる。


どんどん、どんどん、それをまとう。

いつしかそれは、闇を纏った姿闇の巨人へと変貌していた。


それは、戦う前の姿。いいえ、もっと禍々しい。

そして、クロはただそれを座って眺めていた。


(クロ…………)


一体、何を考えているの? わからないよ。


冬の黄昏時たそがれどきは短い。

自らの役目を終えたかのように、黄昏たそがれた空に大きくあいた口は閉じていく。でも、まだそれは少しいたまま。


まだ、黄昏時たそがれどきはおしまいじゃない。

ただ、闇の巨人が必要な分を集めたのだろう。


ついに、闇の巨人が動き出す。

もうそれに用がないとばかりに、闇の巨人はその巨大な腕を再びクロに放っていた。


大地に突き刺さる闇の巨腕。よけるクロ。さらに追うもう一つの巨大な拳。


まるで息を吹き返したような動き見せる闇の巨人。

だけど、クロはひらりと躱し続けていた。


確かに、クロの動きは鈍ってない。でも、全く攻撃をしていない?


どうしたの、クロ? やっぱり疲れてるの? 大丈夫?


でも、無理もないかも。

時間にして、六時間くらいたっている。その間ずっと、クロは戦い続けているのだから。


ただ、この世界は、想いが強さに結びつく。

それは戦っているクロに言えることだけど、もしもほんの少しでも、私の想いが役に立つなら……。


(だからお願い。クロに力を……)


その瞬間、クロが眩いばかりの光に包まれていた。


もしかして、私のお願いが通じたの?


――アキハ。心配するな。コイツのこのやり方は、昔の俺がやったことだ。だから思い出していたんだ。これをやられた時の二人は、さぞ悔しかっただろうなと。ははっ、お笑いだ。千百年を超えて、まさか俺も同じ目に合うとはな。もっとも、俺と違ってこいつは逃げないけどな。


光の中、クロの声だけが聞こえてくる。

でも、闇の巨人も動き出す。


まるでその光を飲み込もうとするかのように、漆黒の闇の腕が伸びていく。闇の巨人の形が、その肩腕だけに集中するかのように、いびつな形に変化している。


ただ、それだけじゃなかった。

今まで以上のスピードをのせたそれは、クロを覆う光を握る。


(クロぉ―!)


――その名はとうに捨てた名だ。今の俺はクロ。千年守護獣のクロだ。だが、その姿は借りるとしよう。


声に続いた、光の爆発。


この世界を一瞬にして白く染めるまばゆい光。


その中に、ただ黒い人影が浮かんでいた。


――まあ、この姿も悪くない。


そう言って抜き去った刀は、青白い炎を帯びていた。そして、クロは私にその姿を見せるように振り返っていた。


黒猫のクロの顔は、ほぼそのまま。でも、体は人間そのもの。

烏帽子えぼし直垂ひたたれを着た青年の姿で、クロは少し笑っていた。

かつて見たクロの人型とは少し違う。でも、なんだか懐かしい感じがする。


――アキハ。そろそろなぎさあおいが来る頃だ。この街の邪気もこれでかなり祓えるだろう。あと、これ以上勝手に絶望しないように見せつけてやるとするか。よく見てろよ、二人共。千年守護獣の俺が、人型になった。この圧倒的な強さを見ろ。お前たち全員に、格の違いってのを教えてやろう。


再び背を向けた人型のクロ。宙に浮いたその背中。

どこか懐かしく、頼もしい。なにより、安心できるものだった。


次の瞬間。無造作にクロは真一文字に刀を振るう。

その一閃。青白い炎を帯びた刀の一振りが、闇の巨人が二つに割る。


ぐらりと揺らぐ闇の巨人。それをただ見守るクロじゃなかった。


小さな気合の声と共に放たれた、青白い炎の爆発。放たれた青白い炎が闇の巨人に向かって突き進む。


それは崩れ落ちる闇の巨人の上半身を包み込み、燃やし尽くしていた。


後に残った闇の巨人の下半身。ただそこに立ち尽くしている。


(すごい……。すごいよ、クロ)


――まあな。これで安心か? バカ娘たち。


(だったら、最初からこうしててよ!)


――無茶を言うな。人型は消耗が激しいと言っただろ? それに、こうなることは最初から分かってた。病魔こいつにも何らかの意志があるなら、黄昏時たそがれどきの力を借りる。だが、それでも勝てなかった事を病魔こいつに刻み込む。千年守護獣を前にして、己の無力さを病魔こいつにわからせないとな。ついでに、これを見ているバカ娘にも、俺の強さを見せつける。この俺が守っている事を、ありがたく思うようにな。


一閃、二閃と繰り返し放つその斬撃は、瞬く間に闇の巨人を微塵に変えて燃やしていく。


でも、まだ黄昏時たそがれどきは続いている。再び大きく開いた闇の口からは、また闇が降り注いできた。


でも、それ以上にクロの斬撃は闇を削り削いでいた。降り注ぎ、満たされたその瞬間に、青白い炎をまとった刃の一閃が巨人を襲う。


そして、クロが合わせて九回それを放った時、何故かクロは攻撃を止めていた。


同時に、黄昏時たそがれどきがその役目を終えていく。


闇の口が閉ざされる。

そして残る闇の巨人。そこにかつての勢いはない。


一瞬でそのすぐ目の前に現れたクロ。その青白い刃を突きつけて、闇の巨人に語り始める。


――さあ、恐怖しろ。そしてもう無駄なのだと観念しろ。そして、そろそろしずくの体から退散しろ。もっとも、お前にそんな思考が出来たらの話だがな。


一瞬にして闇の巨人の眼前に現れ、高圧的な態度で病魔に向かって宣言していた。


何も言わない闇の巨人。でも、不思議と動かない。


ただ、次の瞬間。そこは違う光景となっていた。

そう告げた後のその場所は、青白い光に包まれていた。それと共に吹き荒れる風。


それは無数の斬撃が放たれている証しだろう。

私にはその一つ一つは見えないけど……。


苦悶の叫びがここまで聞こえる。


そして、一際大きな声が上がった後、何も聞こえなくなっていた。


さっきまでの事が、まるで嘘のように静かになった。


誰もいない黄昏たそがれた空間。

静寂のとき。

その中心に、電柱の上で座る黒猫がいた。


――さっ、帰るぞ、アキハ。


ただそれだけ告げたクロ。

そして、役目を終えた空間は、急速に収束し始めていた。

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