第31話アキハの想い(前編)

クロはまだ黒猫の姿のままで戦っている。もうずいぶん長いこと戦い続けてる。


最初の攻撃は大きく闇の巨人を倒してた。あんな大きなのを倒すなんて、信じられない。今日は素直にすごいと思った。


でも、闇の巨人もバカじゃなかった。


クロの狙いが分かったのか、大振りの攻撃を控えている。あれから、あの巨人はバランスを崩して倒れることはなかった。

倒れて無防備になると、より多くべられる。

多分、そのことが分かったのだろう。


だからその分、クロは苦労してる。

時間がかかる。

その事自体が、クロにとっては不利になる。

病魔との戦いに、時間は守護者に味方しない。


日付が変わるまでに病魔を倒さなければならない。

これが絶対の決まりごと唯一のルール


でも、今回はそれだけじゃない。もっと短時間で倒さなければならない。

しずくの病魔は、この街で生まれた邪気の鎧を着ている。病魔を倒すには、まずその鎧をはがすしかない。


黄昏時たそがれどきが来る前に。


この街の邪気を考えると、黄昏時たそがれどきになれば、邪気の鎧はまた復活する。


もしそうなれば、また同じことの繰り返し。

そんな事になればもうダメ。もう、絶望的。


仮に今日倒せたとしても、来年倒せるかどうかわからなくなるもの。


あれだけ微塵に吹き飛ばした状態でも、あの病魔はたった半年で再生した。ただ撃退しただけだと、来年さらに大きくなってしまう。

そして、凶星が来るのは来年。

邪気が極大になるのは、来年の誕生日なのだから……。


だから、何としてもそれまでに終わらせる必要がある。

いいえ、終わらせれなければ、多分終わり。来年クロが勝てることはありえない……。


…………ダメダメ。今からそんな弱気になっちゃ……。


まだ、時間は十分にあるもの。

しずくが十六歳になる誕生日は、まだ十分残っている。


守護獣と病魔の戦いは、南中した太陽が始まりの合図。

ただ、この世界に太陽はない。

だから、今の正確な時間までは分からない。でも、まだまだ十分に時間はあるはず。


ただ、問題なのはクロの体力。そして、集中力。


ギリギリまでひきつけて、直前でかわすクロ。


それは神経の焼け焦げるギリギリのものだと思う。

クロの素早さを考えると、もっと余裕をもってかわしてもいいと思う。

でも、それでは意味がない。多分、クロはそう考えている。攻撃できなければ意味がないと――。


ギリギリでかわして、すかさず反撃する。そのたびに邪気の鎧はがされていく。


攻撃が出来なければ意味がないけど、そもそもその攻撃が効果あるかどうかも重要な事。

もしその牙が病魔に届かなければ、守護者は負けるのだから……。


あのシロさんがそうだったように。


ちょうど昨年の今日。私たちはこの街で病魔と闘うシロさんに会った。

シロさんの場合は攻撃そのものが効いてなかった。

そして、クロの攻撃は効いている。


この違いは大きい。


避けるだけでは物事は変わらない。

倒せなければ、倒しきらなければ、自分の守るものを守れない。


守護者の戦いは、そういう戦いなのだと思う。


そしてシロさんは傷つき、倒れ、クロに託していなくなった。

それ以来、シロさんの想いを受け継いだクロ。

そして、今日という日を迎えている。


でも、やっぱりクロはさすがだよ。あの時もそうだけど、今見ていてもそう思うよ。


確かにその強さは、けた違いだと思う。

『千年守護獣は伊達じゃない』というクロの口癖が、あの時は本当によくわかったし、今もそう思う。


そう、あの時のあれは瞬殺だった。


四百年生きた守護獣のシロさんが、全く歯が立たなかった病魔。

それをたったの一撃で、塵にかえて吹き飛ばしたクロ。


今までは比較することが出来なかったからよくわからなかった。

だって、私の記憶の始まりはクロが開けた口の中。

それ以来、クロが他の守護獣を助けたことなんて一度もなかったから……。


でも、あの時は本当に危なかったよ……。もう少しで、食べられるところだったし……。…………いつも思うけど、本気じゃないよね?


百年以上たった今でも、たまにその危険を感じる時があるから困ってしまう。冗談か本気かもわからない。本当に私を食べる気じゃないかと思った時もあった。

だから、最初は逃げたかった。自分の運命を呪った時もあった。

でも、それでも管理者だからと言い聞かせて一緒にいた。


ただ、こうやって一緒にいると、わかることも出てくるから不思議よね。分からないことだらけだけど、分かることも増えてきた。


普段、人とかかわりをもたないクロ。

でも、ごくまれに、祈祷を行う人の依頼を受ることがあった。そして、何人かの守護獣を引き受けたこともあった。


けど、どれもクロにとっては簡単な事だった。多分、人間一人を守護するなんて、クロにとっては簡単すぎる事なんだと思う。


ただ、こんな事は一度もなかったけど……。


だから普通、そんなこと誰かの守護獣になる事はしない。

クロが祈祷師たちから依頼をうける時は、もっと大きなものだった。いわゆる災害と呼ばれる脅威がほとんどだと思う。


邪気が暴れたことで引き起こされた災害は、その後も猛威を振るい続ける。だから、その邪気を駆除する必要がある。

そして呼び出されたクロは、『猫の手も借りたいのかよ』と文句を言いながらも、依頼はしっかりとこなしていた。


そう、クロがその邪気をべて、災害そのものを鎮めていた。


それがこの百年。この百年で、クロと一緒に日本中を旅をして回った。


でも、最近では呼び出されることもなくなっている。たぶん守護獣の存在だけでなく、千年守護獣の価値も忘れられているんだ……。


ただその分、私達はあてのない旅を続けられた。

今ではそれは、私の大切な思い出になっている。


クロと出会う前は分からないけど、今はそれでいいと思っている。でも、私にもその前があることがわかってから、私は自分が変になっていくのを感じている……。


(あっ!? クロ!? 大丈夫?)

――ああ、心配ない。風圧に飛ばされただけだ。問題ない。それよりちゃんと見てるか?


(うん……。……半分……くらい?)

――こんな時に仕返しか? ちゃんと見てろよ。この俺の華麗な姿を! お前もそうだけど、あのバカ娘も――

(え!? 何?)


――もういい、俺は集中するから黙ってろ!


(もう、自分で言いかけてやめるなんて、ひどくない?)


もう、本当に我がままなんだから。

でも、今のは危なかった……。もうちょっと真面目に見ておこう。

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