第五章 決意のとき
第29話その日の朝
その日は、早朝から雲に覆われた空だった。
朝日はまだ昇っていない。だが、かすかに明るさは感じられる
冬の曇り空はただでさえ落ちてきそうな気配を漂わせているのに、この家の住人たちの顔がそれをより一層ひどく感じさせた。
リビングを出ようとする
だが、その後の言葉がうまく告げられない。
それでも黙って見つめる
だが、そこから先が続かなかった。
――『誕生日おめでとう
だが、
でも、何も言えない。
まるで水の中から出た魚のように、口を動かし
しかし次の瞬間。
何を思ったのか、テーブルに頭をぶつける
そして、ようやく何かを絞り出したように、苦悶の表情で言葉を告げた。
「
――バカなのか? ふざけてるのか? 今日ほどコイツの頭の中身を確かめたいと思った日はない。
(まあ、バカだと思うよ。親バカだもん。でも、心配なんだね。誕生日に病魔に勝たないとダメだって事、この人達は知ってるもん)
――いや、
(きびしいね、クロ)
今にも死にそうな顔の
その様子を、少しだけ同情した目で見つめる
普段ならスッパリと切り捨てる所だ。だが、その想いだけは分かるのだろう。二人に何かを告げてもらうように、そっと
その視線に気づく
「
それはただ、
その声に目を開けた
「お父さんも、お兄ちゃんも大丈夫だよ。大げさだなぁ。大丈夫。大丈夫。いつものように入院するだけだよ。今日はちょっと街を散歩したい気分なだけ。ほら、場所が変わると落ち着かないから、少し疲れた方がいいかなって……。じゃあ、行くよ。ほら、クロ。おいで。いくよ」
ひらひらと手を振って、一人で玄関に向かう
届かない片手を伸ばして、小さく声を上げる
短く自らのふがいなさを呪う
その二人に、小さく『じゃあ、いってきます』と告げる
それぞれの思い描く明日。
そこに
「クロ。さっ、
「
でも、ついて行く必要がある。ついて行くが、文句は言いたい。
――よりにもよって、こんな朝早くに出かけることないだろう? 病院の入院は十時からだと言ってたじゃないか。
(文句を言わない。
――そうだ、
(もう、クロ。そんなはずないじゃない。早くいこ! ほら、
リビングを出る時に感じた、あの二人の死にそうな気配。
リビングの入り口で扉をあけ続けている
そして、
この家の誰もが、最悪の事態を想定している。そして肩を震わす
「
――この俺は千年守護獣のクロだぞ? この俺が
(無理もないよ、去年の事があるし。それに、秋からの
――あれを思い出すと、また
(クロがあまり邪険にするのもダメだと思うよ?
――ある。大有りだ。声を大にして言いたいほどだ。『玄関で足をきれいに洗ってから家に入れ』とな。俺は
(あはは……。また、
――感覚を共有してやろうか? 俺の嗅覚をお前に!
(いらないよ! やったら絶交! もう二度とお兄ちゃんって言ってあげない!)
――チッ! どいつもこいつも、わがままな奴ばっかりだ。
「どうしたの? クロ? なんだか機嫌が悪いみたい。鈴の音が乱れてるよ」
「
(もう、クロはしょうがないなぁ。でも、なんで
――しらん。こいつの考えはさっぱりだ。
「クロは、いつものクロなんだね。そっか。そうだね。そうだったよね」
「
「はい、はい。わかりました。クロのそういうとこ、あまり感心しないよ? でも、クロだもんね。残念だけど仕方ないよね」
――!?
(なに? どうしたの?
――ああ、そうかもな。
(なんだか怪しい。でも、よかったね、クロ。これでもう寒くないね)
――ああ、そうだな。
(もう! また話し半分しか聞いてないよ! でも、
――ああ、よかったな。
(もう、しらない! 私は寝るよ。おやすみ!)
片手で俺を抱き直す
「お父さーん。お兄ちゃーん。お母さーん。明日の晩御飯、クロの大好きな
普段と全く違う
誰もがその声を聴いたはず。だが、普通じゃない
やや遅れて、慌てて駆け寄る気配。盛大に転がる音と共に聞こえる
だが、その返事を待たずに飛び出す
――やれやれ、
(どうしたの? 何があったの?)
――知らんよ。
空はまだ、分厚い雲に覆われている。
だが、飛び出した
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