第23話少女たち
どこからか聞こえていたヒグラシの鳴声は、もうとっくに聞こえない。
シンと静まりかえった世界で、かすかに何かの音は聞こえる。
あれから、いろいろ大変だった。
あれから、かなり時間も経った。
でも、とりあえずこの子達は落ち着きを見せて、ここにいる。
そして、星々の明かりと月明かりの優しい闇が二人の周囲を囲っていた。
この場には、この子達の他に誰もいない。
互いの肩が触れ合う距離で、
煙はまっすぐに立ち上る。時折、かすかな揺らぎを見せる。
雲が月の明かりを隠すたび、闇がその手を二人に伸ばす。だが、それもすぐに消され、柔らかな光が優しく包む。
穏やかな時間が流れゆく。
動かない黒猫にあてたその手と共に。
「なんだろう。なんだかとっても不思議な感じ」
いつしか
「そうだね……」
自分の膝の上で丸くなっている、傷だらけのクロを優しくなでる
クロは全く動いていない。でも、
包帯まみれのクロ。
痛々しい姿のクロ。
全く動かないクロ。
こんな姿は初めて見る。
(でも、相変わらず無茶をするよね、クロ。でも、それを言うとたぶん怒るんだろうね……)
傷の手当自体は、
ただ、問題はもう一つの方。でも、クロはそれも大丈夫だと思っていたみたい。
そして、クロは正しかった。
目覚めた
(正解だよ、
傷ついた守護獣にとって、それは何よりの手当てとなる。
正直言って、なんか悔しい。今の私はクロに何もしてあげられない。
今、クロは『魂の裁定』をうけている。
本当は私もそれが何かわからない。でも、それが終わらない限り、クロはここに帰ってこない。
千年守護獣の起こす偉大な奇跡。
それは、人々の願いに応える奇跡の業。
そして、
それは、千年守護獣だけがもつ力。
だから当然、むやみに行使することは許されない。許してはいけない。
でも、今回クロは千年守護獣ではなく、守護獣としてその力を発揮していた。しかも、運命の鎖につながれた後に。
それが今のクロの状態。
クロが瀕死になってまで選んだ道。
その存在を消されるかもしれない危険性があるのに選んだ道。
その上で、奇跡の業を使ったクロ。
その代償は計りきれない。
そして、クロは全て分かった上で、その力を振るっていた。
(まったく、なんだかなぁ~だよ)
あれだけ散々
シロさんはもちろんそうだったみたいだけど、クロもなんだかんだと言いながら、本気で
(まあ、それがクロのいいところだね。口では色々言うけど)
今だから言える。今しか言えない。こんな事、いつものクロに言えば、『うるさいぞ、アキハ。
「ねえ、
「なに?」
「なんだかよく覚えてないけど、とても大事な事があった気がする。覚えてないから変だけど。私、何か納得できたような気がする」
「私もだよ……」
「そう……なんだ……」
「そうだよ……」
お互いに、全く別の方を向いて話している。だけど、二人は分かり合っていた。
この子達の記憶の中から、あの崖で起きた出来事はすっかり消えてしまっている。それも奇跡が起こす力の一つ。
この二人の記憶は、崖の近くで倒れていた事実だけが刻まれている。
でも、二人の中には何かが残っている。それが何かとは多分言えないだろうけど。確かな爪痕が刻まれている。
ただ……。
多分、
手当てしながら、クロに感謝をしていたから。
そんな姿を
そして、
あの時、クロがその内に潜む邪気を
(でも、今の顔を見てると大丈夫だと思うよ)
はっきりと思い出せないだけで、あの時に
これからも繰り返すかもしれない。けど、この子の中できっと今日の出来事が生きてくる。覚えてなくても、刻まれているのだから。
「どうしたの? あなた達。
その声と共に、部屋の明かりがまぶしいくらいの光を放つ。今までこの場に居座っていた静かな闇が、一気に外へと追いやられる。
大荷物をその場に置いた
「あっ、おばさん。今来たの?」
部屋の明かりに気づいたのだろう。
「まあ、
「えへへ。まあ、ここって誰も来ないしね。それに、あたしにはやるべき使命があったからね!」
「そう? でも、こっちにいらっしゃい。着替えましょう。ちゃんと持ってきたから」
「え!? あれももってきてくれたの?」
その言葉に、目を輝かせて部屋に入る
自分のモノと思える荷物を開けると、中のモノを物色しだす。しかし、目当てのものはなかったのだろう。残念そうに目を潤ませて
その視線を少しそらした
「着替えだけよ……。それよりも
「いやぁ、昨日も徹夜だったから!」
「もう……。あなたも女子高生になったんだから、いつまでも――」
「あっ!
そこに『お小言』の気配を感じたのだろう。
「
身体を半分のけぞらせ、
「えへへ、ありがとぉー、
屈託のない笑顔を見せる
笑顔の
その気持ちを感じたのだろう。目を
「ただいま」
少しだけテレを隠しながら、
そんな
だけど、
そう、
そこに何かを感じたのだろう。
「え!? どうしたの!? クロ!」
当然その光景を目にした
思わず大声をあげた口を、あわてて両手でふさいでいる。その様子から何かを感じたのだろう。
「分からないの。でも、私。また、クロに迷惑かけちゃった……」
「………………。そっか。クロは頑張った!
絶対にこの子が事情を知っているわけがない。でも、全てを知っているかのように、
「えらいぞ、クロ! 本当に君はえらい。目が覚めたら、また一緒に遊ぼう! あたし待ってる。とびっきりの新作を用意するね!」
その光景を目にした途端、
それは頬を伝い、ポタリとクロの体に吸い込まれていた。
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