第22話千年守護獣のクロ

その刹那、俺は飛び込む前の事を考えていた。それは後悔といえるもの。


一歩、あと一歩遅かった。


背後から力を使い、あおいの意識を刈り取って昏倒させる。倒れる向きを調節するのが問題だが、それも力を使った一瞬で何とかする。もちろん『あの忌々しい力戒めの鎖』が働くだろう。でも、その発動と完了は同時じゃない。

全てをその一瞬で完了させる。

あおいの運命が決定されていなければ、呪わしいあの力運命の鎖に邪魔されないはず。

そう思ってギリギリまで近づいたものの、あおいの行動を先に許してしまった。


いや、あおいの話に耳を傾けた俺は、一瞬意識をあおいから外してしまっていた。


自らの存在を消し、その代りに相手の心に刻み込む。決して消えない心の傷と共に。


それこそが、あおいがとった最悪の手段行動

邪気に侵された人間がとる中で、最もたちの悪い方法パターンだ。


はた迷惑もいいところだ。

だが、それよりもあおいが言った『しずくと逆の事をする』という話しが引っ掛かった。


やはり、そんなことを考えてたのか……。

しずくは周りの人間の心から、ゆっくりと自分を消そうとしていた。


無理なく、自然に。忘れるように。


それはしずくが死を受け入れている証に他ならない。


あおいの背後の木に登っていたからよくわかる。

あの一瞬。

しずくの顔は激変した。


しずくあおいの指摘に動揺した。それは、しずくが自ら考えてそう行動していたからだろう。


だから、心を見透かされたような言葉に、しずくは驚きを隠せなかった。

だから、あおいも満足した。


より一層、しずくの心に入り込んだのを確信したから。


この俺の目の前で、二人の少女が死を挟み込んで相対する。しかも、片方は俺が守護する人間ときたもんだ。


はっきり言って屈辱だった。


二人共後で覚えてろ、絶対説教してやるからな!


そう思ったのが失敗だった。その間に、あおいの体は崖から離れる。


まるで桜の花びらが、風にあおられ舞い散るように。


もう考えていた手段は使えない。

あおいの死は確実となるだろう。


だが、まだだ。


ふざけるなよ、お前ら!  この俺の力千年守護獣をなめるな!


そうやって俺も、勢いをつけて飛び込んでいた。



その瞬間は遅れたものの、勢いよく飛び込んだ俺は、あおいよりも先に落ちることになっている。


そう、この瞬間。まだあおいは完全には落ちきっていない。


体は傾いている。足もすでに離れている。だからもう、どんなことをしても自力では戻れない。


邪気に支配された意識は、満足して消えているだろう。そして、普段生活している意識はすでに手放しているから、たとえ今目覚めても、自分が落ちるとは思わないだろう。

だが、理由はどうあれ、自分で決定して自分で回した運命。


守護獣になった今は分かる。

もし、あおいに守護獣がいたとしても、もはやあおいの待つ運命は変えられない。


だが、俺は違う。ただの守護獣なんかじゃない。しかも、俺は死を望んで飛び込んでいない。だから、俺には選択する時助かるチャンスが与えられる。


守護獣になった俺の周りは今、特別な時間がゆっくりと進んでいる。それはもちろんあおいも巻き込んでいる。


これは俺自身が生き残るために与えられている時間。それは守護獣がもつ不思議な時間。

この時間を使えば、俺は崖にしがみつくことで助かる。俺はまだ死ぬことを選んでいない。仮にそうだとしても、俺は抗う事を選択する。


徐々に落ちていくあおい


すでに、あおいの運命は決まっている。ここで死ぬことが決定された。自分でそう回したのだから仕方がない。


(クロ! ダメだよ! それをしちゃ! クロが! クロが! 死んじゃうよ!)

――何言ってんだ、アキハ。この俺が死ぬわけがないだろ? 俺は千年守護獣のクロだ。運命の鎖なんて、耐えて見せる。耐えきって見せる。だが、お前が拘束を解いてくれると助かる。


(何をバカな事を言ってるのよ! 耐えれるわけ、ないじゃない! 解けるわけないじゃない! いっつもそう。無理言って、無茶する。ちょっとは私の言う事聞いて!)


――アキハ。お前は何か勘違いをしている。俺はあおいを助けるなんて思ってない。ただあの未知のフカフカを、この俺が堪能するだけだ。見ろ! 今なら無防備だ! この俺がそれを堪能するご褒美の時間サービスタイムなだけだ。向こうから俺に飛び込んできた! さあ、来い! 未知なるフカフカよ! この俺に! その感触を! 天国を見せてみろ!

(バカな事言わないで! 守護獣が、自分が守護する者以外の運命を操作するなんて許されない! それは絶対にダメなんだよ! しかも、その運命を自らで死の選択をした者は、例え守護獣でも救えない。それは千年守護獣も例外じゃないよ。運命の鎖は私では外せない。一度捕らわれれば、二度とはずせない。それがことわりなんだよ!)


――アキハ。お前の兄貴分であるこの俺が、そんな事知らないはずがないだろ? それにだ。そう言って納得する男か? この俺は千年守護獣のクロ様だ。少しでも長い時間、未知のフカフカを堪能するために、俺の決定を先に伸ばすだけだ。


(無理なんだって!)


――たとえ無理だとお前に言われても、俺はそれを無茶で跳ね除ける!


よし、あおいが落ちてきた。見ろ! まるで天からフカフカが落ちてくる! これは俺も体験したことのないフカフカ体験! がぁは!


(クロ! 鎖が出てきたよ! 身体に巻きつき始めてる。もう駄目だよ! やめてよ! まだ間に合うよ!)


――アキハ! 言っておくが、俺はこんな性癖を持ってないからな! だが、このフカフカはいいものだ! そして、俺は思い出した! 俺のもう一つの未知! ガァ、あることを! なぎさの成長したフカフカ! ゴッ! こんな事で……あきらめてたまるか! こんなちっぽけな力ごとき運命の鎖ガァ! 俺を……、なぎさの……未来の……フカフカ……。がぁぁああ! 待っているんだぁあ!

(クロ! それ以上はダメだよ! 血が出てる! くい込んでるよ! ちぎれちゃうよ! もうやめて!)


――ぐがぁぁぁああ!

(もうやめてよ! クロ!――お兄ちゃん!)


あおい! クロ!」


――ぐぅ、しずく!? 

(うそ! いつの間に飛び込んだの? え!? 飛び込んだの!?)


――グッ。しずくか。お前は……やっぱりバカだ。あとで……絶対……説教……だな。アキハ! 俺は……今、しずくを見……れ……ない。お前の……目を……貸せ!

(え!? あ! うん!)


視界をアキハと同調させる。その瞬間、しずくの姿を俺は見た。


その目は死を望んでいるものじゃない。あおいを助けるために、自らを犠牲にしたものではない。


ただあおいを助けるために、夢中で飛び込んだのだろう。

あおいを助ける。

それは自らも生き残る必要がある。


しずくが生きる意志を見せている。なら、それだけで十分だ。


千年守護獣は、そこら辺にいるただの守護獣じゃない事を教えてやる!


しずくの意志を認識した瞬間、俺に食い込んでいた運命の鎖ははじけ飛ぶ。千年守護獣だけがもつ、奇跡の力の発現と共に。


まばゆい光が俺を中心に広がっていく。

その光に触れたしずくは、俺の元に引き寄せられる。


それは千年守護獣が起こす奇跡の光。


普通なら、光に触れた《しずく》はその場で意識を失っている。

だが、しずくは違っていた。意識は失っているかのように見えても、あおいをしっかりと抱きしめていた。


本当に不思議な奴だ……。

何も知らないくせに、文句のいいようがない事をしてくる。


そして、俺を中心とした光のたまは、ゆっくりと上に昇っていく。


――アキハ。もう視界の同調を切るぞ。この後、俺は意識を失う。知ってるな? この力を使った以上、やむを得ない。だから、あとの出来事はしっかりとお前が見ておけよ。

(うん……、うん。わかった。でも……)


――ここまで来て、それは言うな。多分、しずくなら気が付く。しっかりと俺をそばに置く。それに、あの婆犬神ヨシもいるから大丈夫だろう。

(……わかったよ。もう無茶はしないでね)


――心配するな。ちゃんと帰ってくる。この俺を誰だと思ってるんだ?

(黒猫のクロ。千年守護獣のクロ)


――そうだな。正解だが、あと忘れてないか? お前が俺のところに来た時に、俺はお前にいったよな? さっきはちゃんと言えたよな?

(食べそうになった後にね……………………。私の兄貴分あにきぶん……)


――そうだ、お前は俺の妹分いもうとぶんだ。妹は兄貴あにきのいう事を聞くもんだ。兄貴あにき妹分いもうとぶんを保護する。俺たちは、ただの守護獣と管理者じゃないからな。

(それって、クロが単に偉そうにしたいだけだと思う。普通は管理者の方が偉いもん)


――ちがうぞ? 俺がお前を養ってるんだ。だから、俺が偉い。本当なら子分こぶんなんだ。でも、俺は親分おやぶんとか嫌だから兄貴分あにきぶんにした。ついでだから、お前は妹分いもうとぶん。だから、お前は俺のいう事を聞く必要がある。当たり前の事だろ?

(あっ、忘れてた。わがままのクロだ。エッチなクロ。超絶妹大好き猫。真っ黒クロ黒だ)


――お前な……。まあいい。そろそろ崖上につくぞ。しずくの方もちゃんと意識を失ってる。これでコイツらの記憶から、この出来事はきれいに消える。記憶の改竄かいざんに力を使えないのが残念だ。でも、まあいいだろう。互いに崖のまえにいる恐怖で、意識を失ったとでも思うだろう。

(うん。あとの事は心配しないで……)


――ああ、心配はしていない。ただ、あおいの中にあった邪気は完全には無くなってない。そして、コイツが一番脆いもろい奴だった。これからは注意しておこう。そして、もう一つ。これは大事なことだが、この極上のフカフカには、『俺専用』という文字を刻んでおいてくれ。


(もう! 全部だいなしだよ! スケベクロ!)


――それでいい。よし、ついたぞ。もう大丈夫だ。ついでに犬神いぬがみヨシに知らせてくれ。虫の知らせをな。あのばばあなら理解するだろう。

(そうだね。でも、本当に大丈夫なの?)


――ああ、大丈夫だ。行ってくれ。俺はもう、疲れた。極上のフカフカだが、守護獣としては、しずくの方に行ってやろう。しずくが目覚めた時に、俺を抱きしめる権利をやろう。説教するにしても、それは後回しだ。まったく、仕方がない奴だ。ついでに言えば、しずくのそれは、すでに俺専用のフカフカだしな。適度なフカフカだ。わかる……か? それは……それ……で……いい……もの……だ……から……な……。

(クロ!?)


意識が遠のきつつある。体が思うように動かない。

でも……。それでもしずくのフカフカにはたどり着いた。これでいい。


そして俺の意識は、深い闇の中へと引きこまれていく。


奇跡の力を使った代償として。

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