第22話千年守護獣のクロ
その刹那、俺は飛び込む前の事を考えていた。それは後悔といえるもの。
一歩、あと一歩遅かった。
背後から力を使い、
全てをその一瞬で完了させる。
そう思ってギリギリまで近づいたものの、
いや、
自らの存在を消し、その代りに相手の心に刻み込む。決して消えない心の傷と共に。
それこそが、
邪気に侵された人間がとる中で、最もたちの悪い
はた迷惑もいいところだ。
だが、それよりも
やはり、そんなことを考えてたのか……。
無理なく、自然に。忘れるように。
それは
あの一瞬。
だから、心を見透かされたような言葉に、
だから、
より一層、
この俺の目の前で、二人の少女が死を挟み込んで相対する。しかも、片方は俺が守護する人間ときたもんだ。
はっきり言って屈辱だった。
二人共後で覚えてろ、絶対説教してやるからな!
そう思ったのが失敗だった。その間に、
まるで桜の花びらが、風にあおられ舞い散るように。
もう考えていた手段は使えない。
だが、まだだ。
ふざけるなよ、お前ら!
そうやって俺も、勢いをつけて飛び込んでいた。
*
その瞬間は遅れたものの、勢いよく飛び込んだ俺は、
そう、この瞬間。まだ
体は傾いている。足もすでに離れている。だからもう、どんなことをしても自力では戻れない。
邪気に支配された意識は、満足して消えているだろう。そして、普段生活している意識はすでに手放しているから、たとえ今目覚めても、自分が落ちるとは思わないだろう。
だが、理由はどうあれ、自分で決定して自分で回した運命。
守護獣になった今は分かる。
もし、
だが、俺は違う。ただの守護獣なんかじゃない。しかも、俺は死を望んで飛び込んでいない。だから、俺には
守護獣になった俺の周りは今、特別な時間がゆっくりと進んでいる。それはもちろん
これは俺自身が生き残るために与えられている時間。それは守護獣がもつ不思議な時間。
この時間を使えば、俺は崖にしがみつくことで助かる。俺はまだ死ぬことを選んでいない。仮にそうだとしても、俺は抗う事を選択する。
徐々に落ちていく
すでに、
(クロ! ダメだよ! それをしちゃ! クロが! クロが! 死んじゃうよ!)
――何言ってんだ、アキハ。この俺が死ぬわけがないだろ? 俺は千年守護獣のクロだ。運命の鎖なんて、耐えて見せる。耐えきって見せる。だが、お前が拘束を解いてくれると助かる。
(何をバカな事を言ってるのよ! 耐えれるわけ、ないじゃない! 解けるわけないじゃない! いっつもそう。無理言って、無茶する。ちょっとは私の言う事聞いて!)
――アキハ。お前は何か勘違いをしている。俺は
(バカな事言わないで! 守護獣が、自分が守護する者以外の運命を操作するなんて許されない! それは絶対にダメなんだよ! しかも、その運命を自らで死の選択をした者は、例え守護獣でも救えない。それは千年守護獣も例外じゃないよ。運命の鎖は私では外せない。一度捕らわれれば、二度とはずせない。それが
――アキハ。お前の兄貴分であるこの俺が、そんな事知らないはずがないだろ? それにだ。そう言って納得する男か? この俺は千年守護獣のクロ様だ。少しでも長い時間、未知のフカフカを堪能するために、俺の決定を先に伸ばすだけだ。
(無理なんだって!)
――たとえ無理だとお前に言われても、俺はそれを無茶で跳ね除ける!
よし、
(クロ! 鎖が出てきたよ! 身体に巻きつき始めてる。もう駄目だよ! やめてよ! まだ間に合うよ!)
――アキハ! 言っておくが、俺はこんな性癖を持ってないからな! だが、このフカフカはいいものだ! そして、俺は思い出した! 俺のもう一つの未知! ガァ、あることを!
(クロ! それ以上はダメだよ! 血が出てる! くい込んでるよ! ちぎれちゃうよ! もうやめて!)
――ぐがぁぁぁああ!
(もうやめてよ! クロ!――お兄ちゃん!)
「
――ぐぅ、
(うそ! いつの間に飛び込んだの? え!? 飛び込んだの!?)
――グッ。
(え!? あ! うん!)
視界をアキハと同調させる。その瞬間、
その目は死を望んでいるものじゃない。
ただ
それは自らも生き残る必要がある。
千年守護獣は、そこら辺にいるただの守護獣じゃない事を教えてやる!
まばゆい光が俺を中心に広がっていく。
その光に触れた
それは千年守護獣が起こす奇跡の光。
普通なら、光に触れた《しずく》はその場で意識を失っている。
だが、
本当に不思議な奴だ……。
何も知らないくせに、文句のいいようがない事をしてくる。
そして、俺を中心とした光の
――アキハ。もう視界の同調を切るぞ。この後、俺は意識を失う。知ってるな? この力を使った以上、やむを得ない。だから、あとの出来事はしっかりとお前が見ておけよ。
(うん……、うん。わかった。でも……)
――ここまで来て、それは言うな。多分、
(……わかったよ。もう無茶はしないでね)
――心配するな。ちゃんと帰ってくる。この俺を誰だと思ってるんだ?
(黒猫のクロ。千年守護獣のクロ)
――そうだな。正解だが、あと忘れてないか? お前が俺のところに来た時に、俺はお前にいったよな? さっきはちゃんと言えたよな?
(食べそうになった後にね……………………。私の
――そうだ、お前は俺の
(それって、クロが単に偉そうにしたいだけだと思う。普通は管理者の方が偉いもん)
――ちがうぞ? 俺がお前を養ってるんだ。だから、俺が偉い。本当なら
(あっ、忘れてた。わがままのクロだ。エッチなクロ。超絶妹大好き猫。真っ黒クロ黒だ)
――お前な……。まあいい。そろそろ崖上につくぞ。
(うん。あとの事は心配しないで……)
――ああ、心配はしていない。ただ、
(もう! 全部だいなしだよ! スケベクロ!)
――それでいい。よし、ついたぞ。もう大丈夫だ。ついでに
(そうだね。でも、本当に大丈夫なの?)
――ああ、大丈夫だ。行ってくれ。俺はもう、疲れた。極上のフカフカだが、守護獣としては、
(クロ!?)
意識が遠のきつつある。体が思うように動かない。
でも……。それでも
そして俺の意識は、深い闇の中へと引きこまれていく。
奇跡の力を使った代償として。
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