第26話忍び寄る影
「
目の前の
「大丈夫だ。怪我などはない。鍛錬のしすぎだろう。衣服が勝手に破れたのだ。お前は何も心配しなくてよい。それに、この猫目九郎。もとより、人の世になじめぬ者だ。多少
その顔は見えないが、その背中にはゆるぎない意志が感じられる。だが、その衣服には戦いの跡が刻まれ、しきりにその右耳をもてあそんでいた。
これは俺の記憶。あの光の一つ一つに、俺の記憶が入っているのだろう。俺の記憶があいまいなのは、こうして捕らわれているからか。
俺はまた、それを順に見せられている。
そして、これは
過去の俺が結界の前に立ち、その内側にいるアイツと向かい合っていた。
「そのような事を申しているわけではありませぬ。
必死に告げるアイツの目に、涙が自然とあふれ出す。
「嘘か……。確かにお前の兄は嘘つきなのだろう。ばれてしまっては仕方がない。正直に申そう。実は少しだけ怪我をしておる。先ほどそこで転んでな。この洞窟は足元が悪い。だが、安心するがよい。お前が歩くときは、常にお前のそばにいる。お前を守ると言った事を忘れるなよ」
最後に右手を耳から離し、そのまま見えない壁越しに、アイツの左手に重ねていた。
「なりませぬ!
左手をそのまま残し、アイツは右手で見えない壁を叩きはじめる。だがその間も、光が壁を覆っていく。
その光が収まる頃、アイツは叩くことをあきらめ、俺を涙ながらに見上げていた。
そして、俺も静かにそれを告げていた。
「お前は何も心配せずともよい。大丈夫だ。すべてが終われば、また静かに暮らせる。ここから離れ、
「
アイツは左手に右手を添える。涙を拭おうともせず、伝い落ちる涙は地面を濡らす。
その姿に、俺が何かを言おうとした瞬間。俺はその気配に振り返っていた。
――そうか、この時か……。こうして客観的に見ればよくわかる。巧みに虚実を織り交ぜていたのか……。この時の俺は、その発動に気が付かなかった……。無理もないか。俺はこの殺気に気を取られ過ぎたのだ。周りを全く見ていなかった。だから、俺は敗れたのだ……。
だが、感傷に浸る間もなく、過去の俺は動いていた。
突然振り返った俺の
「何奴!」
油断なく周囲をさぐる。その後ろ姿を、アイツは不安げに見つめていた。
「なるほど、やはり人ならざる者に身を落としたのか。兄妹そろって、人の世に住めぬ哀れな者ども。いや、妹の方は安心するがよい。天上での生活が待っておる。だが、哀れな兄は覚悟せよ。己が目的も果たせず、旅立つは修羅の世界。いや、伝え聞く所では――」
「だまれ、
俺の
その瞬間、今まで響いていた声がぷつりと途絶え、闇の中から人の形をかたどった紙がひらりと落ちてきた。
「式神か……。いよいよお出ましという事か」
緊張を隠しきれない声。だが、何かに気づいたように、急いでアイツを振り返っていた。
「
アイツの目が、大きく見開く。その口元は、かすかな震えを帯びていた。
「何を心配している? 俺は俺だ。このような怪しげな術を用いる者の
話しながら、少し乱れた
その右手は、右耳に添えられたまま。
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