第19話犬神の社
俺と
山頂付近の切り立った崖を背にたっている
今は車で境内に入ってきたが、その道はお世辞にも立派なものだとは言えないだろう。ギリギリの道幅を、どうにか昇って来た感じだった。
運転している
基本的には長い階段を昇ってくるようになっている。つまり、容易に来ることが出来る神社ではない。当然、この神社の近くには人の集落はない。
つまり、一般的な
それは、この神社がそういう目的で作られたものではないという証だろう。
だが、それなら何を祭る?
切り立った崖のすぐ前にある本殿。それは岩肌にしっかりと密着するようにたてられていた。そして、周囲はかなり大きな木があることから、長らくこうしたつくりになっていたと思われる。
その本殿の最も奥にあるご神体の入れ物。通常、その箱には
だが、
いくらしわしわの巫女とはいえ、その行為は罰当たりと言ってもいいだろう。重いだの、何だのと、散々文句を言っていたのだから。
だが、そうした理由が徐々に明らかになっていく。
そして、
ご神体の入れ物だと思われた箱が置いてあった所には、ぽっかりと小さな穴が開いていた。
ちょうど人が四本足で歩けば通れるような穴が。
位置的を考えれば明らかだ。
つまりさっき動かしたのは、ご神体を入れる箱ではない。崖の奥に通じるこの通路を隠すための箱だった。
事実、ここから見える穴の内部は、岩肌をそのまま残している。
つまり、ご神体はこの通路の奥にある。
だが、未だはっきりしない。俺たちに、それをわざわざ見せる必要があるのか?
当然のように、
「ついておいで」
未だついてこない気配を感じたのだろう。
大丈夫だ、
「最初さえ通れば何とかなるよ、早くしな」
そう言われて、
「
もちろん俺はレディーファーストという言葉を知っている。
何か言いたげな
そう、まだそこに尻はあるが、俺は一人。
これはやはり、何かの啓示なんじゃないか?
そう、この瞬間に見えた選択肢。
俺には『ここから立ち去る』という選択肢が出来ていた。
そこまで言われると気になったが、
――この状況。もしかして、今俺の行動を邪魔するものは皆無じゃないか?
そう。今、
だが、その顔はやつれている。
以前に比べて、心労がたたっているのかもしれない。雰囲気にも、微妙に怪しげなものを感じる。しかし、それだけでははっきりしない。
以前のように
だが、何となく怪しい気配はある。おそらく高校生活になじんでいない事が原因だろう。
いずれにしても、それは直に触れて確かめなくては分からない。
今までことごとく邪魔が入り、その内なるものがどうなっているのか、まったく見当がつかなかった。
――でも、今なら邪魔は入らない。あの、魅惑のフカフカの前に壁はない。ついでに内なる状態も確認する。
…………あれ? まあ、いいか。ちょっと調子くるうな。
この俺がわざわざ慰めに出向くんだ、
もし、反応しなくても、『
これは最大のチャンスかもしれない。だが、安易にそれは選べない。
そう、ここが気になるのも確かだ。
何故かわからない。
しかし、俺の中の何かが、
そしてもう一つ。
比較的楽に通っていった
その動きは俺を誘っている。俺に来いと言ってる。
この二つの選択肢は、この神社が俺に何かを突きつけているのか?
――仕方がない。いってやるか。
すでに、
(クロ、私ちょっと先に行く)
――なんだ、起きてるのかよ……。
しかし、どうも調子が狂う。
いつもなら、最初にアキハが何か言ってくるところだろう。でも、この神社に来てからというもの、アキハの様子が変だった。今も、いきなり飛び立って、闇の中に消えていく。光が全くない闇の中に、よく飛びこんで行けるもんだと感心する。まるで、その構造を知ってるかのような……。
いや……。やはり、俺も知ってるのか?
この岩肌。この空気。ここに入って、あらためて感じると、ますますそう思えてきた。
入り口付近はかろうじて神社の明かりが差し込んでくる。だから、かろうじて俺がわかる程度の場所だ。
この洞窟のような場所がどの程度の広さかも見当がつかない。でも、俺もなんとなくわかる気がした。
ここは、比較的広がった空間だ。
「明かりをつけるよ。まぶしいから目に気をつけな」
――これは……。この壁画。俺は知っている。見たことがある。何故だ? これが何故ここにある? これは……。
(………………)
「すごいね、おばあちゃん。神社の奥に、こんなとこがあるなんて知らなかった」
「すごいだろ、
「どうして?」
「どうしてって言われてもね。まあ、後継ぎがいないからっていうのがあるかね」
「そっか……」
「
「どういうこと?」
「あれをごらん。あそこに大きく描かれているのは、彗星さ。今もニュースでたまに流れてるだろ? 七十六年に一度地球に接近する彗星のこと。今度来るのは二年後だね。ちょうど
そうだ、凶星だ。また、アイツがやってくる。
「ハレー彗星の事? でも、二年後だね。なんだか実感わかないな」
「そりゃそうさ。なんたって、一度もお目にかかれない人だっているんだ。でも、それだけじゃない。昔の人にとって、夜空にでっかい尾を引いて現れる星は脅威だったんだろうよ。凶星とか、天の警告とか、いろんな呼ばれ方をしてるけど、一貫してよくない事が起こると思ってたみたいだよ」
「そうなの? でも、彗星って周期的にくるよね? だったら、そんなの怖がる必要あるのかな? だって、おばあちゃんなんて、二回見ることになるでしょ? 記録だってあるわけだし」
「そうさね……。でも、たまたま何かが起きたとする。そのせいに誰かがしたら、どうなると思う?」
「ハレー彗星が運んだと思うの? そんなのこじつけだよね」
そうじゃない。そうじゃないぞ、
「そうだね、たぶん人は何かと理由をつけたがるのさ。分からない事は特にね。例えば、『闇を恐れる気持ち』がある。それは『お化けがいるから』という理由にするとかね。『お化けがどんな物かもわからない』けど、『恐ろしいモノとしてわかっている』と思い込むことで、それが理由になるんだよ。面白いだろ? でもね、それもバカにできないんだよ。分からなくても、闇の中にうごめくものを感じているから、恐ろしいのかもしれないからね。要するに、目に見えるようになれば安心するんだよ。どんなお化けも、結局見えるように描かれるもんさ」
「うーん。よくわかんないな。難しいよ。でも、昔はともかく、今はそんなことないよね? 色々わかってるんだし」
「いや、そうでもないよ。分かった分だけ、恐怖も増えるもんだよ。前に来た時はね、それこそハレー彗星の尾の部分。その部分に有毒物質があるってわかってね。ちょうど尾の部分に地球が通過することもわかったんだよ。知らなかったらどうでもなかったんだろうけど、知っちまったら恐怖する。中毒死だとか、窒息死だとか訳の分からないデマも飛んだんだよ? そうそう、尾の部分に入った途端、地球上の空気が五分程無くなるとかって話もあったりしたね」
ああ、そんなこともあったな。
息を止める練習する奴とか、空気をためておくチューブを用意する連中もいたな。多分、今なら
だが、それより。
世紀末思想にとりつかれて、あの時は邪気がひどかった。そのために自殺する者が結構な数いたはずだ。
そして、
「なにそれ? おもしろい」
「今では笑い話さ。でもね、当時は信じられたんだよ。何故かわかるかい?」
「うーん。わかんないよ」
「そうだね、分からないからだよ」
「どういうこと?」
「そうだね……。人間は知っている事でしか理解できないからだよ」
「ますます分からないよ」
「まあ、それは今度教えてやるさ。今はここに連れてきた理由の方が先だね」
この
だが、それは俺も気になる。
「この壁画はね、昔あったことを記してるのさ。神話の時代から、
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