幕間
第16話出会い
その男の子の前に、小さな女の子がいた。
おそらく、普段はとても可愛らしい姿だったと思われる。でも、今の姿は全く違っていた。
裸足のままの両足は、泥が渇いてこびりついてしまっている。
衣服は汚れ、ところどころ破れている。
そこから僅かに見える玉のような白い素肌が、痛々しさを際立たせる。
でも、それだけじゃない。
あちこち破れた衣服から見える素肌。
そこには不似合いなまでの痛々しい傷と汚れがついていた。
流れるような長い黒髪も、ところどころに枝葉や蜘蛛の巣がついている。
本来、それを許すわけではない事は、少女の衣服を見れば明らかだ。
明らかに、普通では考えられない事が起きたことがわかる。そんな少女がそこにいた。
でも、その少女はただ黙って
大人の男の人に手を引かれて。
その姿。まるで、嵐の前にある
ほんの少しの力でも、たやすく折れてしまいそうだった。
「九郎、この子が今日からお前の妹になる子だ。――の里の事は聞いただろう? この子はあの惨劇の中、おそらく唯一生き延びた子だ。これから私達猫目の一族と暮らすことになる。だから、お前が兄だ。わかったな?」
有無を言わさぬ話し方は、その大人がもつ雰囲気なのだろう。
でも、それにもかかわらず。
少年は少女を見続けていた。
「九郎、聞いておるのか?」
少女の手を離し、少年に向けて手が伸びる。
「聞いておる、親父殿。それに、全て知っておるぞ、親父殿!」
その手を振り払い、強い調子で切り返した言葉。その声に、少女の肩が小さく揺れる。
その様子に、少年は少し驚きを見せる。そして、それを確かめるように、少年は少女に声をかけていた。
「お前、名は何という?」
少年が少し声を和らげたのが分かったのだろう。少女は少しだけ顔を上げ、少年を見上げていた。震える体で、その小さな両手を胸の前で結びながら。
少女の瞳に少年が映る。
少女は少年に何かを感じたのかもしれない。
震える体のままながら、小さく安堵の息が漏れていた。
「――です。どうかよろしく……、お願いしま……す……」
名乗りながらも、その顔はすでに精根尽き果てていた。
そのまま少女は崩れ落ちる。まるで緊張という名の鎖がほどけたかのように。
その姿をただ見下ろす少年。
だが、何かが少年の背中を押したかのように、少年は崩れ落ちた少女をゆっくりと横たえていた。
だが、固い地面の事を考えたのだろう。その半身は自らの片手で抱えている。
少女の顔にかかった髪を、少年は空いた手で無造作に払いのける。
汚れて疲れはてたその顔は、かろうじて生気を保っている。
だが、そこに表情はない。
そう、すでに少女は気を失っているようだった。
「よろしくなどしない。お前が助けられたのは、猫目一族がお前たちの一族の特性を必要としたからだ。お前も六つ。封印の儀式は済ませてあるのだろう? だからお前は助けられた。猫目一族の都合で、ただ生きているだけ。遅いか早いか、すでに限りある命だ」
少年の無慈悲な声が少女へと降り注ぐ。だが、少女は目を閉じたままだった。
「九郎! お前!」
「うるさい! 親父殿! 真実だ! 親父殿たちはそうやってコイツに恩を着せたつもりだろ! でも、その時が来れば手のひらを返す。平気でコイツに役目だからと言う気だろ! 感情を封印した人間をつくりだし、自分たちの都合のよいモノとして囲い込む。――の一族は神宿りの一族だ。そのための憑代はその目を持って生まれてくる。その目の者は、六歳になると感情を封印してその日を待つ。そこに親父殿達は目をつけた。そして、それを生贄にする! 自分たちが生き延びるために!」
二人の言い争う声に、少女の体がピクリと動く。
やがて少女はうっすらと目を開け、その瞳に少年の顔を映し出す。
しばしの戸惑い。だが、少女の瞳に徐々に理解の光が灯っていく。
「申し訳……、ございません……。お手間を……、おかけしました」
そう告げ、慌てて立とうとする少女。
でも、少女は立つことはできなかった。その傷と疲労は、少女にとってはとても大きなものだったに違いない。
「申し訳ございません、すぐに――」
自らの気力を振り絞り、再び立とうと試みる少女。だが、その想いは実を結ばず、どうしても立ち上がることはできなかった。
自らのふがいなさに、少女は自嘲の笑みを浮かべていた。
「申し訳ございません……」
再び立ち上がろうとする少女を、少年は優しく押しとどめる。その少女の瞳に映る少年は、明らかに動揺を見せていた。
「何故笑える? 何故お前は笑っている? 感情封印の儀は済んでいないのか?」
少年の言葉に、
「九郎。その通りだ。お前は何か勘違いをしている。では、後は頼んだぞ。大人は全て出払っている。無いと思うが、もしこの里にも奴らが攻めてくれば、お前が命に代えてもその子を守れ。一族の中でも、優秀なお前だ。出来ぬとは言わせぬ」
頭の上から投げつけられた言葉を、少年はまっすぐ睨み返す。
「その眼……。お前こそ、真に猫目の一族にふさわしい男だ。ゆめゆめ、己の使命を忘れるな」
立ち去る大人の背を見続ける少年に、少女の立ち上がろうとする気配が伝わっていた。
「そのままでいい」
「ですが――」
反論する少女に、有無を言わさぬ声が飛ぶ。だがそれは、今までにない優しさを伴っていた。
「俺の名前は猫目九郎。今日からお前は俺の妹。猫目――となったのだ。妹ならば、兄の言う事を素直に聞くものだ。だからもう、何も心配することはない。俺がお前を支えていく。古臭い使命はどうでもいい。今より俺は、お前の兄だ。ならば、己の役目を新たにする。
そして、少年は少女を
その腕の中で、少女は小さく『はい、
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