第14話変質者(前編)

東雲しののめの空の下、うごめく闇の姿があった。


夜と朝の狭間の世界。


その闇の中に、光の軌跡が描かれていく。


闇の中、うごめく闇を見つけてはらう二つの光。その瞬間、うごめく闇は闇へとかえる。


しかし、それを見届けるまでもなく、その光は屋根の上へと駆け昇る。

それを追って見上げれば、金色の二つの光をもつ黒い影が、白む空を背にしていた。


油断なく、周囲を見渡すその金色の双眸。


その視線の先で、再び湧き起るうごめく闇。それはいたるところで沸き起こっていた。


その瞬間、まるでそれを結ぶかのように、光の軌跡が描かれる。そして、闇は静かに治まっていく。


それは繰り返し、繰り返される。


永劫に続くかのように見えたそれも、あけぼのの空と共に陰りが見え始める。


屋根の上で、超然と構える黒猫の姿を残して。





――くそ! 朝からつまんねぇもん、よこしやがって!


(荒れてるね、クロ)


――当たり前だ! なにが、バレンタインデーだ! この日は特にこんなのがわいて出やがる。クソ! だが、今日のはその中でも最悪だ! っても、っても、湧いて出やがる。これも、バレンタインデーのせいだ。バレンタインデーのバカ野郎!


(なんだかそれだけ聞いてると、ひがみに聞こえるよ? まだ外が暗いからって、そう真っ黒にならなくてもいいよ)


――うるさい、黙れ。それ以上うるさく言うなら、ついでにお前もってやる!


(はい、はい。ほら、あっちにも出てきたよ、クロ。でも、見方を変えると、クロへのプレゼントみたいだね。ちょうど黒いし、チョコレートだと思えば?)


――クソ! 男からのチョコレートなんているもんか! そもそも、こんなつまんねぇ行事を考えた奴をつれてこい!


(あは! そもそも、クロはチョコレートを食べれないもんねぇ。だから、これはクロ用だよ! ほら、向こうにもいるって! あーあ、この日はさすがに大変だ。もともと女の子の守護獣は、この日が大変なんだよね? たまには男の子も守護してみなよ? あっ、でも。今のクロの場合、そもそも人を守護するのが珍しいんだったね。今回だって、シロさんの頼みだから引き受けたようなもんだしね。あれ? でも、前に会った守護獣の方に聞いた話だと……。はい、向こうにもいるよ!)


――うるさい、アキハ! 男は犬にでも守らせておけば十分だ。それより、いちいち指図するな! 詮索するな! 大体、お前も寝てる時間だろ。今日に限って早起きだと思ったら、くだらない話しばかりしやがって! こっちは寒くてイライラしてんだ。お前もついでにってやろうか!


(はい、はい。聞いた私がバカだったよ。でも、それだけ動いてるんだから、もう寒くないでしょ? 嘘が下手だね。それに残念だけど、そんな暇はないよ。ほら、あっちからも湧いてきたよ。まだ出るんだね。こんなのは初めてじゃない? やっぱり、この街の異常が原因なのかな? どうしよう? いしん坊のクロがべきれなかったら……。食べ過ぎてクロが動けないことになったら、大変だよ! このままだと、何か起きるかもね!)


――縁起でもない事を言うな……、と言いたいとこだけど……。たぶん、アキハの言う通りだ。今日は何か起きる。っても、っても、湧き上がってきやがる。コイツはまだ願望のようなものだが、いつ悪意に変化してもおかしくない。しかも今日は学校だけでなく、この家の周りにまで群がってきやがった。


(願望? それって、やっぱりしずくに?)


――かえでだと思うのか? まもるだと思うか? まさか、義守よしもりだと思ってるのか? もしそうなら、俺はもう寝る。


(ねえ、クロ。一度確認しておきたかったけど、クロって私の事バカだと思ってない?)


――思うも何も、バカだろ? 寝ぼけてるのか?


(ひっどーい! もうクロには、あの後の事教えてあげないからね! 私はちゃーんと発見したんだから! えらいでしょ!)


――あの後の事って何の事だ? この前のお泊り会か? 発見? お前が? アキハなのに? そりゃ驚いた。えらい、えらい。じゃあ、俺も教えてやろう。あの日聞いた、かえでの愚痴を。さんざん聞かされたからな! もうあんな目にはあいたくない。だが、俺もその中で発見と再確認をした。そもそも俺は、『他人の感覚で物事を判断しない』という主義だった。自分の目で見て、自分で確かめる。例えば、かえでの愚痴はこりごりだが、太腿ふとももの具合は合格だった。あの感触が上の方に行けばよかったのにと思うが、あれはあれでいいから許してやる。だから、俺は確信した。シロが知っている事でも、俺はちゃんと確かめなければならない。あの日の収穫は、それを再確認できたことだ。残念だったのは、あの日にあおいのフカフカだけ堪能できなかった事だ。湯上りに待ち伏せしても、布団の中に侵入しようとしても、なぎさの奴に全て邪魔されたからな……。でも、俺はあの日を振り返らない! 常に前向き。次のチャンスを待つだけだ。そう、信じ続ければきっと来る! その日が! いつか!


(あっ、そう……。どんな逆境でも、やらしい心だけは忘れないんだ……。いいよねぇ、無駄に前向きで。じゃあ、百年でも二百年でも待ってたら? そんな事より、しずくなぎさの事が気にならないの? あれからあの二人、どことなく変でしょ? 普通に仲良くしてても、なんだか前と違ってるみたいでしょ?)


――そんなに待つか! あおいのフカフカが骨のスカスカになってるだろうが! あと、あえて答えてやるが、そもそも二人がどうなるかなんて興味ない。知ったところで、俺が何かできるわけじゃない。そういうのは、当人たちで解決するしかない。そもそもだな。いくら俺が千年守護獣だといっても、外見はこれだぞ? こんな姿なりで、人間の問題を解決できるわけがない。それに、猫の寿命を考えろ。一人の人間に、俺が関与できるのはたかが知れてるんだ。だから当然、する気も起きない。俺は、俺の出来る事・・・・・・だけをする。そして、消える。ただそれだけだ。


(はぁ~。本当にクロはツンデレさんだねぇ。ハイハイ。そういう事にしてあげるよ。でも、クロの出来ることねぇ……。それって、なぎさに遊ばれる事も含まれるよね?)


――何とでも言え。もう、この話はお終いだ! とにかく、この家に群がってくるという事は、これを発した誰かは、明らかにしずくに意識を向けている。おおかた、しずくに好意を寄せている誰かだろう。いや、誰か達だろうな。この量……。一人じゃない。


(哀れだねぇ。しずくは誰にも好意を向けないと思うよ……)


――まあ、そうだな……。ただ、誰とでも仲良く、親切にしているように見えるしずくの態度が、そいつらに誤解されたんだろう。しずくにとってはごく自然な事でも、親切にされた奴らにとっては特別な事なんだ。人間の気持ちなんて不思議なものだ。最初は混乱だろう。そして、次第に理由を求め始める。だが、その理由が分からない。だから、『自分が特別だった』と錯覚する。そう思うと、全てが自分の都合のいいように解釈してしまうんだろうな。特に、学校とかしずくの近くにいると、しずくは笑顔で接するからな。『誰にでもそうしている』ことに対して、それは見ない。都合のいいところ・・・・・・・・だけを見る。そしていつの間にか、『自分のものしずく』になってしまう。だから、こうして無意識に願望だけを飛ばしてくる。これはもう、どうしようもない。


(いるよね、勘違いしちゃうのって。全ての親切が好意から来るわけじゃないのに)


――まあな。だが、勘違いだと言っても、そう思う事は別に悪い事じゃない。そういう事もあるからな。それに、人間は希望を持つ唯一の生き物らしい。だから、想うくらいはいいんじゃないか? でも、それを相手に強要するような意識を持つべきじゃない。


(よく分かんない。どういうこと?)


――説明する必要はないが、バカなアキハに知恵ヒントをやろう。例えば、しずくに優しくされたのなら、しずくが『自分じゃない他の誰か』に優しくしていることに対して、反感を持つ必要はないはずだ。でも、自分が『特別』だと思い始めると、その間違いに気づかない。さあ、考えろ。発見もしたんだろ? アキハ探偵?


(もう! バカは余計だよ! それより、やっぱりバカにしてるよね? 何が言いたいの? もっとちゃんと説明して!)


――俺は必要な事しか言わない。さっきのも特に言いたいわけじゃない。アキハに知恵ヒントを与えただけだ。あとは自分で考えろ。ただ、例え『特別』だったとしても、しずくしずくだ。他人がたとえ良かれと思っても、最終的にしずく自身がする事に、とやかく言えるわけがない。もっとも、この街を覆う邪気がそうさせているのかもしれんがな。もしかすると、そういったものが集まって邪気を生み出している可能性もあるが……。そう考えると、『卵が先か、ニワトリが先か』という感じになるな……。


(むう。なんかまたバカにされてる気がする。もういいよ。でも、この街の異変はわかるよ? 今日のも、そのせいでしょ? でも、優しいんだね、今日のクロ。そのせいで、朝から大変な思いしてるのに)


――別に優しくなんかない。ただ、思い出しただけだ。こういう事が起きるのは、あれが近づいてきたからだ。


(何を? それって、何? 昔のクロ?)


――忘れた。


(もう! それって思い出したって言わないよ!)


――どっちでもいいだろ? 俺の事はいいんだ。それより戻るぞ。どうやら、これを送ってきた本人たちが起き始めたんだろう。無意識がとれ、ようやく落ち着き始めた。もうほっておいてもいいくらいだろう。シロの奴は片っ端からしずくの周りでいまくってたけど、こんなのまで相手にしてたらキリがない。この街で会った時も、苦労してたようだしな。だが、しずくも犬神の血を引くんだ、このくらいは自分で守れる。もともと人は悪意を自分で跳ね除ける力はあるんだ。強弱はあるにしても。だから、ここまで減らせば大丈夫だろう。


(そうなのかな? でも、しずくもそろそろ起きだすだろうし。しずくの安全の為には、クロがそばにいた方がいいかもね? いつもご苦労様、クロ)


――ああ。俺は千年守護獣だぜ? こんなもの、朝飯前あさめしまえだ。

(……………………………………洒落しゃれ?)


――うるさい! お前も、朝飯あさめしの一品として数えるぞ?

(はい、はい。でも、朝ごはんを食べれるんだ? 今日はたくさんべたよね?)


――お前……。分かって言ってるよな? そもそも、あれはっても胃袋に収まらん。だが、気分的に口直しがないと、俺がもたん。この気持ち悪い感情を抑えるためにも、かえでめしが必要だ。


(しっ、しってるよ! 当たり前だよ! クロをからかっただけだよ! でも、ついでにいっぱい食べて、私を大きく育ててね! せめて、クロの首にまたがるくらい大きくなりたいな! いけ! クロ! みたいな?)


――お前の場合は、すぐ寝るから横に広がるだけだな。あと、もしそうなれば重量オーバーだ。


(もう! しらない! クロって、デリカシーなさすぎ! もういいよ! 帰って寝る! じゃあね! おやすみ!)


――寝るのかよ。

しかも、言いたいことだけ言って、一瞬で消えやがった……。便利なものだ。俺にのる必要なんてないだろうに……。


それにしても、『しずくは、誰にも好意を向けない』か……。アキハにしてはうまいことを言う。


シロはその事、『しずくが自分の病気の事を気にしているからだ』と思っていたようだが、本当にそれだけなのか? 第一、それならしずくが表面上だけで、人と深くかかわろうとしない・・・・・・・・・・・・・理由の説明にならないだろう?


しずくの奴、一体何を考えてる?

しずくが何かを抱えこんでいるのは分かる。だが、それが本当なのかも確信が持てなくなっている。


シロ……。お前は何故、そうまでしてしずくを守った?


情報だけでは、お前の本当の気持ちまでは分からない。出来る限り、お前がしていたようにしてみても、俺にはお前の気持ちがさっぱりわからない……。


だが、分かったこともある。


お泊り会の日から、すでに三日。

あの日から、しずくの俺を見る目が少し変わっている気がする。今まで感じなかったしずくの視線を、学校でも感じるようになった。時々、アイツは隠れている俺を見つけ出すようになった。


何があったかわからんが、何かあったのだろう。


そして、今日は間違いなく何かが起きる。


そう、しずくの身に何かが。それは、間違いなく。


――となると、やっぱりかえでめしう前に、アイツの枕元にもう一度行くか。こういう時こそ、アイツに役に立ってもらおう。久しぶりに、夢のお告げってやつを繰り返すか……。





せいぜい頑張れよ、まもる

お前も一応、しずくの兄を名乗ってるんだからな。

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