第12話お泊り会(中編)

クロを部屋から追い出してから数時間。この子達は一生懸命勉強を続けていた。


でも………………。


正直言って、つまんない!

確かに、張り切って部屋に入ったよ?

でも……。私って、ここですべき事ってなかったのよね。


強いて言えば、見てるだけ。


ただそれだけ。


でも……。


そういえば私、この子達をこれだけ間近で見ることも無かったよーな……。

というより、あまり人の事、深く考えた事なかったかも……。


それよりも、クロがすぐそばにいないっていうのも初めてじゃない?


あっ、そうだ!


この際だから、この子達の事を考えてみよう。

クロの一言余計な横やりがない分、これは、いい機会なのかもしれない。


(ちょっと一人ずつ整理してみようかな!)


まずは、いちばん近い所に座っている吉野よしのあおいから。


お嬢様のような雰囲気のある彼女は、成績優秀でスポーツ万能。しかも、中学生とは思えない、抜群のプロポーションを誇っている。

だからかな? どこか近寄りがたい雰囲気を醸し出してる。

そんな彼女は、学校でも人気はあるけど、親しく接している人は少なかった。


ちょっとした、高嶺たかねの花ってとこかしら?


つぎは、河上かわかみなぎさ


動物好きで、快活。クロは苦手に思っているかもしれないけど、たぶん誰からも可愛がられる子だと思う。制服を着なければ、おそらく小学生にも間違われる姿なだけに、年寄りからも好かれている。まあ、本人は気にしているみたいだけど……。

ただ、意外なことに、誰とでも仲良くするわけでは無いみたい。学校でも、しずくあおいといることが多かった。

そして、この子には特筆すべき事がある。

それは、熱中しだすと周りが見えなくなるほどの集中力。それを発揮して、あのカバンには色々なものがつまっていた。ただ、勉強はあまり得意じゃないみたい。


まあ、それがこの子の魅力なのかもしれない。



そして最後、最上もがみしずく


クロが今、守護する人間。そして、得体のしれない病魔びょうまに侵されている人間。クロと一緒にいろんな病魔びょうまを見てきたけど、私はあんなの見たことない。

でも、それはしずくにしても同じこと。


こんな人間初めて見た。


普通、病魔に侵されている人間って、結構暗いイメージがあるのよね。でも、この子からはそんなことを感じない。


この子は、常に笑顔を絶やさない。


だからという訳ではないけど、この子は、学校でも特別人気者だった。男女問わず。

もっとも、私の目から見ても結構かわいい子だと思うから、それは当然なのかもしれない……。


でも多分、それだけじゃない。


誰とでも仲良くしている。誰にでも優しくする。常に他人を思いやり、自分の苦労をいとわない。


そういう姿勢があるからだと思う。


けど……。


どこか線を引いているようにも感じる。その笑顔は、誰かに向いているけど、誰にも向けられていないようにも感じてしまう。


他人と親密にかかわろうとしない。常に一定の距離を保つ。そんな印象がぬぐえない。


確かに人の輪の中にいる。でも、誰の手もあの子は握ろうとしていない。





うーん。まあ、こんな感じかな?


そんな三人。そんな三人が目の前で勉強している。


それぞれに個性ある三人。

とても仲の良いこの三人。


これまでクロが人間とかかわることを避けてた分、管理者である私もそれほど多くの人間を知っているわけじゃない。


でも、この年代の少女たちこどもたちは、ほんの些細な出来事で、関係が破たんすることがある…………。


あれ?


私は何を考えているんだろう?


なんだろ? この漠然とした不安……。


(この三人……。大丈夫だよね………………?)

(………………………………ねえ、聞いてる?)

(……………………おーい。……………………)

(……もしもーし。………………………………)

(…………………クロのばーか…………………)



――さすがに、この距離では届かないか。普通の言葉じゃ、やっぱり無理ね。


でも、いつでもクロとはつながっている。それを使って念じれば、クロに思った事が伝わっていく。


ただ、逆にそうしなければ届かない。

クロの傍にいるときだけ、私の声はクロに届く。


だから今、私が何を考えていても、クロには全く分からないはず。千年守護獣の管理者といっても、お互いにすべてを分かりあっているわけじゃない。


そう、クロが何を考えているのか……。

それを私がはっきりわかっているわけじゃない……。


ただ、何となくは分かっている。たぶん、クロは何かを気にしている。


だから、これはサービス。

この状況だけを送ってあげるよ、クロ。

それ以上を望むなら、ちゃんと言ってくれないとね!


しずくの部屋の中央に置かれた大きなテーブル。

それを囲う形で、それぞれ座って勉強をし続けている。しずくなぎさが向かい合わせ。二人の間にあおいが座っている。私の目の前で。


(ふふ、これだけの情報だと、『あおいの前に出ろ! 後ろ姿はいらない。あと、もっとあおいの傍に寄れ!』とか言ってきそう)


でも、残念でした。クロの思念。ちょうど今、拒絶しましたー!

でも、仕方ないから、あおいの前に出てあげる。


でも、映像は送ってあげない。


まあ、基本的に、三人ともそれぞれの勉強をしているんだもん。

それを送ってもつまらないだろうし。ずっと見ている私が、そのつまらなさは一番よくわかってるしね。


(あーあ……。何か面白い事ないかな? クロが悔しがりそうなことがいいよね)


でも、シャーペンの芯がノートに削られていく音だけが響いていく。

それ以外を許していないわけじゃないのに、許されない雰囲気が漂っている。


退屈な時間が流れてい――く――?


――あった! あったよ!


その中でも変化はあった! 今まで後ろから見ていたから気が付かなかった。


それは今まで繰り返された光景。


ときおり、なぎさが分からない事を、しずくに聞いていた。


――今もまた、そうしている。


そのたびにしずくが自分の手を止めて、なぎさの面倒を見ていた。


――今もさっきと同じ光景が流れている。


それをちらりと見るあおい

その手もやはり止まっていた。でも、そこから何かを言う事はない。


何度となく繰り返された、その光景。私も何度もそれを見ていた。


でも、私は気が付かなかった。それは、私が見てたのがあおいの後ろ姿だったから。


今は正面からあおいの顔が見えている。

これでようやく私にもわかってきた。


これこそが、クロがここにいたかった本当の理由、――だと思う。


あおいのあの眼。あれは、その光景を快く思っていない。


…………………………いいえ、違う。


なぎさしずくの間にある、他とは違う、特別な何かをあおいねたましく思っている。


でも、たぶんあおい自身は気づいていない。

その嫉妬という感情の裏にある感情。それは、しずくに対して、明確な好意があることを。


でも、私にはわかる。

そして、たぶんしずくも感じている。何がどうという訳じゃないけど、たぶんそう思う。


そのたびに、あおいに微笑みかけていたから。


その笑みに何を込めているのかわからない。

でも、たったそれだけで、あおいも満たされているようだった。


――今がそうだ。


ただ、しずくが何を思って微笑みかけたのかわからない。あおいは何を満たされたのかはわからない。


ただ、そこには平穏な空気が寝そべっている。


(本当に、しずくって、勘のいい子だわ。どこまで気付いているのかわからないけど、犬神の血がそうさせるの……、かな?)


犬神かぁ……。その響きに、なんだか懐かしさを覚えてしまう。


でも、ぼんやりとして、よくわからない…………。


ただ、何か聞いたことのある感じ。ただ、それ以上は私には全く分からない。


(まあ、今は分かることを考えようかな)


分かる事。


あおいの想い。それは、しずくに対する好意。多分それは、男女のそれに近いと思う。


そういう目をしていた人を知っている。


そう……。

人の想いは、自分が知らないだけで、その人の周囲に漂っている。勘の鋭い人はそれを敏感に感じ取る。


しずくはその力が強い。そのせいで、あの子は見なくていいモノまで見ているのよね。


ちょっと気の毒かもしれない。

――それだけじゃなく、クロの漏れ出す記憶の夢まで見ちゃうのだから……。


でも、人の想いはそれだけでは終わらない。

その感情が良くないモノであった場合、さらによくないモノを引き寄せる。


たぶん、クロはその事を気にしている。

あおいの周囲に、よからぬモノが集まる可能性を見たのかも?


確かに今、この街には何故かよくないモノが集まっている。これは、他の街ではなかったこと。


そして、クロが街を歩き回って分かったこと。


それは、しずくの学校に特別多く集まっているという事実。だから、クロは学校でそれをべ回ってる。


でも、クロがどれだけ頑張っても、それは一向になくなる気配がない。これも、私にとっては初めての事。


だからこそ、クロはあれほどまでにあおいに気を配っている。シロさんの記憶がそうさせてるのかもしれないけど、それは私にはわからない。


(もう少し私に説明してくれてもいいと思うな…………)


でも、クロにそれを求めても無駄な事だと知っている。肝心な事はすぐ隠してしまうツンデレさんだから。


ふふっ、なぎさも上手い事を言う。


クロが抱きしめられようとする行為。

あれは、確かめたいのだろう。

肌が触れ合う距離だと、クロならその隠れたモノを感知できるから。


多分、そういう事だと思う。


――そう、クロはそういうひとだ。


………………でも、半分はよこしまな理由であるのも事実だし。


口に出していることも、十分その目的なのだと思う。

それに時々、そっちの方が目的なんじゃないかと思ってしまう。


――だって、肌が触れ合えばいいんだから。なでられただけでもいいはずよね?


でも、クロは『心の奥に巣食っているモノを見るには、胸が一番いいんだ』って言うに決まってる。女の人に抱かれるのが好きなのも、そうに決まってる。


(まったく! クロって、昔っからそうなんだから!)


――昔から? 今のって、この百年の事じゃない。それは何となくわかる。


じゃあ、一体? 今、私……。昔からって言ったよね?


何故…………?


…………わからない。

何も思い出せない。


私は管理者として生まれている。だからそれ以前に、私の人生があるはずがない。


でも、私は思い出せないと自分で言う。それって、何かあるという事なのかしら?


クロも、私の事を『記憶が失われている』と言っているし…………。


でも、わからない。


確かに、心の中にぽっかり穴が開いている気がする。何か重要な事がある気がするのに、それが何かわからない。


(でも、今更思い出せない過去を考えても仕方がない。私は今、クロの管理者なんだから)


だから、今は見守ろう。クロが見れない分は、私がしっかりと見守ろう。


この子達のすべてを。

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