第二章 日常の微睡の中で
第10話すすむ日常
「おはよう、クロ。そろそろ起きるね」
もぞもぞと布団の揺れる気配と共に、楽園の扉が開かれる。
「好きだね、クロ。でも、ちゃんと起きないと、またお母さんに干されるよ?」
何を言われようが、この時間だけは俺の
ここが一番温かい。
「クロ? 聞いてる?」
「
もう半分は、
「ちゃんと聞いて! 私、最近不思議な夢を見るの。多分だけど、ずっとずっと昔の夢。あんなの今まで見たことない。でも、そこに出てくるのは私じゃないの。顔はよくわからないし、何を話してるのかもわからないけど、たぶんあれは
「
――幸せだけど、悲しげ? わけわからん。テレビの見すぎだ。一応、お前も受験生だろ?
「もう! 感想が少ないよ!」
「
それに、そろそろ解放してくれ。
俺はいま、すごく気持ちがいいんだ。このままもう少し寝かせてくれ。あと、朝ごはんは自分でいくから、ドアは少し開けておけよ。ちゃんと閉めておくから。心配するな。
「いいよ、もう! でも、そんな態度だと――。こうだよ!」
――ちょ! おま! え? 待て、人を抱えてどこに行く? え? 部屋の外? 今? いや、いいって。おい、人をポイって感じで投げるな! くそ! ドアを閉めるな!
「着替えるから、出ていってね。クロの眼って、なんだかエッチっぽいからね!」
――ポイってなんだ!? この眼は生まれつきだ! くそ! 開けろ!
「おい、黒猫。
――うるさいよ。今取り込み中だ。お前はさっさと通り過ぎろ。
「おい、黒猫。あまり
「
(ふぁ~あ。おはよう、クロ。今日も
――うるさい! だまれ! 向こうの世界に引っ込んでろ! こっちは今、最悪の気分なんだ! 喰うぞ!
(はぁーい。わかった、わかった。今日も朝から元気だね)
*
「おはよう、
「
「おはよう、
人を落とし物みたいに言うな。誰も拾ってくれとは言ってない。それに急に手放すな! クソ!
「ああ……」
「あなた、おはようでしょ?」
「ああ」
「もう! 挨拶もしないのはどうかしらね! ねぇ、クロ。どう思う? あなたのはここね」
「
そいつがどうだろうと、俺には関係ないことだ。
それにしても、朝飯が黙ってても出てくるのはいいものだ。
口数の少ない
そして、この部屋も暖かくていいものだ。
「クロも駄目だって言ってるわよ。ねえ、ク~ロぉ~?」
「
「ほらね。クロもこう言ってる」
「ああ」
まあ、そいつに言うだけ無駄なんだ。諦めろ、
「もういいわ。そうだ、クロ。日中、お散歩もいいけど。帰ってきたら、ちゃんと足ふきマットの上を通ってきてね。言ってること、わかってるでしょ?」
「
あまり理解している事をホイホイばらすな。だが、今の俺は気分がいい。そのくらいは大目に見てやろう。
大体、犬神の血をひくものなら、色々見えているんじゃ――。
「なあ、
(あは! まだ言ってるよ、この人。ねぇ、クロ。クロの姿見る度に言われてるんじゃないの?)
――見られてない時も言われてる。
(ほんと? まあ、嘘は言ってないよね)
――お前すぐ寝てるから、なーんにも知らないんだな。
(あっ、なんかバカにしている。でもほら、寝る子は育つって言うから。それに、クロが
――俺はいつだっておとなしい。ただ、周りが騒がしいだけだ。
(クロって、やっぱり呪われてるんじゃない?)
――言ってろ。だが、見かけだけで判断する奴は、あとできっと痛い目を見る。
(ふーん。それ、根拠あるの?)
――人生観だ。
(うーん…………。せっかくのいいセリフも、それだけご飯がっついている姿から言われるとなんだかとても残念だよ)
――間違って、お前も一緒に喰ってやろうか?
(はい、はい。わかりましたぁ~)
「今朝も何度目? そうね……。ちょうどいいわ。
「そんな事、この俺がきけるわけ――」
「じゃあ、聞いてあげる。
(あは! この人、急に目が泳いでるよ。面白いね!)
「なに? お父さん」
「おい、いや、なんだ。
(あはは! 困ってる! 困ってるよ、この人!)
――困らせておけ。
「お父さんが、クロがあなたに悪さすると思ってるのよ、黒猫だから
新聞で顔を隠すあたり、
「お父さん。クロの事、悪く言うのやめてよね。毛が黒いだけじゃない」
「すまん……」
(実はお腹も真っ黒だけどね。あと、エッチだね。それとスケベで、いやらしいよ)
――お前は一々一言多い。大体、全部似たような言葉を重ねるな。ほらな、言った通りだ。いい気味だ、
「
(追い出されても、食べにくるんだ?)
――そりゃそうだろ?
(そうなんだぁ)
「あら、もう食べたの? どう? おいしかった?」
「
「はい、はい」
(あまのじゃくだね、クロ。美味しいって、素直に言えばいいじゃない)
――なんとでも言え。だが、うまいと言ったら俺の負けだ。
(はいはい、どうせ私には関係ないことだもん。でも、クロって何と戦ってるわけ?)
――言えんな。ただ、男の戦いだという事だけ、特別お前に教えてやる。
(はい、はい。なんか、どうでもよさそう。どうせ、くだらない勝負なんだよね)
――くだらないとはなんだ! 理解できないとは嘆かわしい。
(いいよ、わかんなくても。関係ないもん。ご飯とか、関係ないもん)
――だが、
(え!? そうなの? 私って、クロに養ってもらってたの?)
――ああ、そうだ。だから、ちゃんと感謝するんだ。俺がうまい
(そうなんだ……。本当みたいだね。知らなかったよ。じゃあ、クロがもっと栄養たっぷりになると、私も育つのかな? 寝てる場合じゃなかったかな?)
――いや、ムリだ。物事には限界というものがある。お前はそのままで変わりない。
(――嘘だね、クロは嘘をついている。さっきのは本当だとしても、今のは嘘だ。はっきりわかるよ。今度、
――何故そこで、そいつの名前が出るんだ?
(ふふーん)
わけわからん。
「そうだ、お母さん。今度の土曜日、
「土曜日って、十一日?
「うん、そう」
「そう。じゃあ夜は、ちょっとしたパーティみたいにしましょうか!」
「うん、おねがい!」
楽しそうに会話が弾む母と娘。
その会話に参加できず、微妙な顔の父と兄。
俺をぞんざいに扱うからそういう目にあうんだ、
いい気味だ。
でも、お泊り会ということはだ。
そして、俺はフカフカを堪能する。
――ふふ、ふふふ。
(ちょっと、クロ。だらしないよ。その顔)
――なんでもない。いや、ニュースだ。ニュースを聞いて笑ってただけだ。
(え? 今のニュースで?)
『ふつう、温かくなると多くなると言う事ですが、最近は暖冬のせいですかね? 犯罪に走らなければいいのですが……』
(このテレビ、『異様な行動をする人が目撃されている!』って書いてあるよ? これのどこがおかしいの?)
――いや、変質者ってのが、どんな気分なのか試してみただけだ。
(そんなの、普段のクロで十分じゃないかな? 想像してたでしょ? お泊り会)
――そんなわけあるか! いや、もういい。そろそろ
(図星だね。クロの嘘。私は全部わかるんだから)
――うるさい! さっさと行動しろ。朝はお前じゃないとダメなんだ。
(はーい。でも、この母親は分かってるんだから、クロがいけばいいじゃない)
――俺はここでお前の分まで
(…………嘘だね)
「じゃあ、いくね! お父さん、お母さん、お兄ちゃん」
――うるさい。ほら、早くしろ。
(わかったよ! クロって、本当に寒がりなんだから!)
「いってらっしゃい、
「気を付けてな」
「
「いいよ、お兄ちゃん。そろそろ
――相変わらず、過保護な奴だ。
(無意識に感じてるのかもしれないね。この街を覆っている気配にさ)
――考えすぎだ。だが、お前は油断せず警戒しろよ。
(そんなに心配だったら、自分でいけばいいのに)
――言っただろ? 俺は――(はい、はい。わかったよ)
まあ、
「クロ、いってきます。あまり食べ過ぎて、太っちゃダメだよ?」
「
タイミングよくなるドアのチャイム。笑顔でもう一度挨拶する
これも、繰り返された日常。
あれから七日。
この家の者はもう、誰一人シロがいない事を悲しんでいない。
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