第7話最上家の人々
しかし、その苗字には聞き覚えがある。はるか昔、その名の誰かを知っていた気がする……。
だが、うまく思い出せない。
(
お前は元から記憶を失ってるから、引っ掛かるのなら何か関係あるのかもな……。
だが、その
普段は白猫として生きているシロに、そんな話をするのはかなり危ない人物じゃないかと思ってしまう。
(いつくるのかな?)
――知らんよ。でもここは病院だ。いつ来るかわからんが、そう長く待つわけでもないだろう。本人が退院したんだ、そんなに長くこの部屋を自由にできるはずがない。
(ふーん。でも、
――慣れだろうな。最初に比べて、
人間、どんなことであっても四年繰り返せば、当たり前に五年目が来ると思っているのだろう。日常という繰り返される時間は、甘美に人の心をそう惑わせる。
何一つ、同じことが繰り返されるわけではないのに。
当然のように
だから今回、母親の
(つまり、どういうこと?)
――おまえな……。まあ、
もっとも、最初倒れた八歳の誕生日は、家族はおろか、親戚中が大騒ぎとなったようだった。
当の
それ以降、特に兄の
(何もなかったから、安心したの? でも、倒れてるでしょ?)
――倒れても、特に異常がないと言われるとそれを信じる。人間は、信じたいものを信じる生き物だ。
(ふーん。不思議だね)
まあ、俺もかつてはそうだった。それと、守護獣の細かいことまで人間が知っているはずがない。
だから、間違いなく言えること。それは、シロがこの家族にとって救いだったという事だ。
だが……。俺にそれと同じことが出来ると、本気でアイツは思っていたのか?
シロの記憶はただの情報となっている。
だから、そこに込められたシロの想いまでは伝わってこない。
だが、アイツは『一言』と言っておきながら、あれだけ話し続けた。
それは、それだけの想いがあったからだろう。
本当にできるのか? この俺に? いや、出来るわけが――
(クロ? どうしたの? なんだかどす黒いよ?)
――ああ、大丈夫だ。ガラにもなく余計な事を考えたらしい。
(そうなんだ。また、エッチなこと考えてるのかと思った)
――お前な……。
(で、誰に『心配ない』って言われたの?)
――主治医だ。この病院のな。この数年で、
シロが先代の守護獣と交代したのは、
その時、意識が回復するのが少し遅れただけのようだった。それから十四歳の誕生日まで、シロが一撃で仕留めていただけあって、一時間程意識がなくなるだけで済んでいた。
(でも、異常が見つからないのに心配ないっておかしいよね)
――だから、信じたいものを信じる生き物だって言っただろ? でも、それって実は事実を表に出していないだけだ。本当は疑っている。
(なるほど! だましてるんだ。自分も、他人も)
――まあ、そうだな。だから、主治医も入院させる、念のためにという言葉で片付けておくんだ。
結果、
――だが、今回は違った。そして、シロが戻らなかった。
そして、そのシロがいなくても、
本当に、いい気なものだ。
(それで、あれだけあの子の兄も父親も取り乱したんだね。それより、あの子の父親がクロを見て言った事がおもしろかったよ。ある意味真実だしね!)
――そうだ、あの野郎! この俺を化け猫扱いしやがった。
(あはは、全部クロのせいにされたもんね。黒猫の迷信ってすごいよね)
――ああ、全く迷惑な話だ。いつか
(それって、管理者としては見過ごせないなぁ。でも、クロってたまに、断片的な記憶をたれ流してることあるよ? しょうがない子だよ。早く治るといいね)
――お前さ……。おねしょみたいに言うなよ……。
(ふふ。でも、この人。あの子が倒れたことを自分の母親に知らせたんだ。そりゃそうだよね。危なかったんだから。だから、そのお婆さんが来るっていう事なんだね。やっとわかった)
――今わかったのかよ? まあ、いいけど。
だが、それだけではないだろう。シロがいなくなったことの方が大きい。そして、俺がいることも。
その意味を、
『あの子の
あれは、間違いなく俺に向けた言葉だ。たぶん
(そういえば、シロさん。食べてないって言ってたね。そういうものなの?)
――お前、本当に記憶失ってるんだな? 大丈夫か? それでよく、監視者って言ってられるよな? あれはアイツなりの下手な冗談だ。わかんなかったのか? もしかして、お前。俺が喰いまくっているから、黒猫になったとでも思ってるのか? 冗談じゃない。俺はこの体になった時から、黒猫だ。それに、シロは喰わない主義だと言ってたけど、アイツもちゃんと喰ってるよ。あれでも、四百年生きた守護獣なんだからな。ただ、今回は事情が違う。
(ばっ! バカにしないでよ! 知ってるもん! クロが最初からお腹まで真っ黒だって、知ってるもん!)
――人聞きの悪い事言うなよ。まあ、いいや。どうせ、色々忘れてるんだろ? いいか、喰わないんじゃない。喰えないんだ。戦って、とどめを刺して撃退することはできるだろう。でも、その先が出来ない。だから、あれはあそこまで……。まあ、それだけの影響じゃないと思うが、喰えないことがあれだけ肥大化した原因の一つではある。それはすべて、アイツが本当の守護獣じゃない事が原因だ。
(え!? じゃあ……)
――ああ、アイツは最初から分かってたのさ。いつかは
でも、本当に馬鹿な奴だ。あれで、守りきった気になってやがる。しかも、俺ならどうにかできると思ってやがる。
――千年守護獣の願いか……。
だが、シロ。それは噂でしかないんだ。だが、その気持ちだけは分かるぜ。
少なくとも、俺はその気持ちを知ってるからな。いや、思い出したと言うべきだな。
(ねえ、クロ。誰か来たよ?)
アキハがその存在に気付いた瞬間、病室の扉が遠慮なく開かれる。
その瞬間、老婆の声が病室の中に踏み込んできた。その威圧感と共に。
「邪魔するよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます