第一章 十五歳の誕生日

第4話見知った天井

瞼に光を感じて目を開ける。


思った通り、そこには見知った天井があった。

毎日見てる天井とは違う。でも、誕生日の度にこの天井を見てる。


だから、これは見知った天井。なのに、今日は少し滲んで見える。


最初に見たのは……。たしか、八歳の時だと思う。最初は何故だかわからなかった。


九歳の時、たぶん私は泣いていた。


十歳の時には、大泣きしたのを覚えている。みんなを部屋から追い出して、一人で布団にくるまって大泣きしていた。


でも、その時。

『だいじょうぶ』と誰かが言ってくれた気がする。探しても、探しても、そこには誰もいなかった。

でも、不思議と怖くなかった。


そして、天井がやたら白く光っていたのを覚えている。


それからかな。

この見知った天井を、毎年最初に祝ってくれる天井だと思うことにした。


そして、次に祝ってくれるのが――。


しずく? 気が付いたみたいね」


落ち着く声。とても、とても温かい。でも、何かを隠そうとするような響がある。

足元から聞こえたお母さんの声。たぶん今部屋に戻ってきたのだと思う。


いつも、つきっきりでいてくれたから、私の目覚めは分かっているはず。でも、今日は部屋にいなかった。なにより、そのまま足元で立ち止まっている。


ああ、お母さんも顔をすぐには作れないんだ……。


多分それは、そういう事。


そう、私が最初に感じる温もりは、いつもざらざらした感じがするものだった。もう泣いていないのに、見透かしたようにそうしてくれる。


でも、今日に限ってそれがない。


「十五歳の誕生日おめでとう。今回はいつもと違ったから少しびっくりしたわ」


――十五歳。そう、私は無事に十五歳になったんだ……。


でも、素直に喜べない。多分お母さんも、それが気になっているのだろう。

声がいつもと少し違うのは、たぶんそういう事なのだろう。いくら探しても姿を見せてくれないんだ……。


声が聴きたくても――、

温もりを感じたくても――、


――その願いはかなわない。


五年前のあの時も、丁度こんな感じだった。でも、確かめないと。


「ねぇ。――お母さん……」

「なに?」

「シロ、しらない? いつも目が覚めたら。顔、なめにきてくれるんだけど…………」


ほんの一瞬、空気の流れが止まっていた。その事が、確実にその事を私に教えてくれる。


ああ、やっぱり……。やっぱり、いないんだ……。どこにも……、どこにも……。


――いないんだ。


拭っても、拭っても、次々と涙があふれ出す。

もう泣かないって決めてたのに。もう泣かせないって言ったくせに。


あんなに。あんなに約束したのに…………。


もう一人にしないって、言ったくせに……。

シロのバカ…………。シロのバカ、シロのバカ、シロのバカ、シロのバカ。


シロのバカ……。


シロのバカ。


シロの――バカ……。


シロの――「にゃーん」


ほんの一瞬、シロの『ただいま』が聞こえた気がする。でも、さっきの声はシロのじゃない。

そして、私にその温もりは届いていない。


「にゃーん」「にゃーん」「にゃーん」

カリカリと、病室の窓の外から聴こえてくる。入りたそうに、ガラスをかく音と共に響く猫の声。


シロじゃない。

でも、シロが『ただいま』って呼んでる。


――シロ!

生きてた。生きててくれた。


体を起こそうとしても、自分でも思ったより力が入らない。でも、そこにはたぶんシロがいる。


声は違うけど、そこにシロが帰ってきている。


無理やり体を起こしてそこを見ると、お母さんが窓の外にいる真っ黒な猫を見つめていた。

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