第48話それぞれの戦い③

「痛い痛い! イヤだ! 死にたくない!」


「……」


ウェルゴーナスは、目前に倒れ『死にたくない』と叫び続ける男を唖然として見下ろしていた。


その男こそまさに、先ほど『撤回しろとは言わねえ。ただ、後悔だけは絶対にさせてやる』とほざいていたドーンだった。





戦いが始まって直後、勝負はすぐに付いた。ウェルゴーナスが剣術でドーンを圧倒したのだ。


ウェルゴーナスはドーンの力任せの斬撃を全て受け流し、ドーンの隙だらけの体に数十もの切り傷をつけた。そのあまりにも早い決着は、本来ドーンをサポートするべきだったデリアが何もすることが出来ないほどだった。


そして結局、大量に出血することとなったドーンは今現在『死にたくない!』と駄々をこねているのだ。



「痛い痛い痛い! 痛えよお! ああああああああああ!」


ドーンは血みどろでそうわめく。痛みで地面を“ゴロゴロ”と転がる所為で、辺りはドーンの血に飲まれていった。



(……なんだ?)


そんなドーンの有様を見つつ、ウェルゴーナスは訝しむ。


(まさか俺を油断させようと? ……いや、そうは見えない)


顔を恐怖に引きつらせ涙を流すドーンの姿に、ウェルゴーナスはドーンがブラフを仕掛けているわけではないと確信する。しかしそれがやはり、何というか“不可思議”だった。





ウェルゴーナスは確かにドーンのことを『たいして強くはない』と評価していた。しかしそれはあくまで『自分と比べれば』である。


ドーンがある程度のランクの冒険者である以上、『恐ろしく弱い』と言うことはないはずだ。実際ドーンの強さはウェルゴーナスには全く刃が立たなかっただけで、平均と比べれば十分強いと言える。


だからこそ、ドーンがこんな『命乞いをする弱者』のような姿でいることが信じられなかった。ドーンが戦う前に自信を見せていたことも相まって、『自分を罠に嵌めようとしているのではないか?』と疑念を抱いていたのだ。





――――シュゥゥゥゥ……


「!」


わめいていたドーンの体から突如として煙が出始め、ウェルゴーナスは身構える。


『やはり罠だったのか?』とウェルゴーナスは考えたが、しかし煙が収まった後にも、別に攻撃が飛んでくると言うこともなかった。


しかし煙が晴れてようやく現れたドーンの姿に、ウェルゴーナスは驚いた。なんとドーンの体に付いていた傷が全て治っていたのだ。



(……『超回復』か、厄介だな)


超回復というのはスキルの一つであり、文字通り自然治癒能力を強化する能力だ。レベルを上げるほどその効果はアップする。


『回復するだけ』の能力ではあるが、それでも十分強力だ。それこそ戦い方は多岐にわたる。


例えば回復能力を生かして敵の攻撃を引き寄せる“的”になることも出来るし、敵との相打ちを狙った捨て身戦法もとれる。



ウェルゴーナスはこれまで幾人もの『超回復』のスキルを持った敵と戦ってきたが、戦った感想を言うのなら『戦いにくい』ということだ。


ウェルゴーナスは剣で戦う。つまり『敵に切り傷をつけて倒す』という事だ。そして、それは超回復の能力とは相性が悪い。切り傷程度はすぐに回復されてしまうからだ。それこそ、先ほどドーンの体から数十あまりの切り傷が消え失せたように。



だからもしドーンに勝とうとするならば、『自然治癒できない致命傷を与える』か『大量出血させて材料不足で回復できなくする』のどちらかしかない。



(出血量を考えれば……あと2,3回瀕死にさせればいけるな。首を切り落とすのは厳しそうだ)


辺りに散らされたドーンの血と、ドーンのそこそこの強さからウェルゴーナスはそう判断した。


(問題はあっちの女だな……まだ手の内すら明かしていないのは“暗殺者(アサシン)”だからか?)


ウェルゴーナスは注意深くデリアのことを見る。先ほどウェルゴーナスに短剣を投げつけてきたことを考えれば、その可能性は極めて高い。暗殺者アサシンの武器で最も多いのは短剣だからだ。





「イ……イヤだ……お、おれはもう戦いたくない……」


傷は治ったドーンだったが、しかし彼の心に刻み込まれた恐怖はとても大きかった。ドーンは“ズルズル”と地面をはってウェルゴーナスに背を向ける。


その姿に、ウェルゴーナスは再び訝しむ。


(なんだ? やはり俺を油断させるつもりか?)



しかし逃げようとしていたドーンの前に、デリアが立ち塞がった。


「どこに行くつもり?」


「に、逃げるんだよ……お前も見ただろ? 俺じゃあアイツに敵わない……殺されちま……」


――――ドゴッ!


「うっ!?」


「この役立たずのゴミクズ野郎がッ!」


デリアは突如として、足下の逃亡兵を蹴り飛ばした。


「このっ……役立たずが! また逃げるつもりか!?」


それまでのもの静かそうな雰囲気から、デリアは豹変していた。そして足下に転がるドーンを何度も足で踏み付けにした。


「いつもいつも! 治る癖にビビりやがって! お前は“的”なんだから死ぬ気で突っ込めよ! 舐めてんのか!?」


「や……やめ……」


「せっかくお前を“リーダー”って事にしてやってんのに、いざ戦いになったらこれだよ! いい加減にしろよなこのドアホ!」


「……っ!」


そんな仲間割れを前に、一番驚いていたのはウェルゴーナスだった。



(どういうつもりだ……? 隙だらけだぞ……)


ドーンを踏みつけるデリアも、踏みつけにされるドーンも、そのどちらもが完全な無防備だった。それこそ、いまウェルゴーナスが攻撃を仕掛ければ間違いなく二人を殺せるほどに。



(やって良いのか……? いやしかし……)


仲間割れを前に、ウェルゴーナスは逆に動くことが出来なかった。『何か企んでいるのではないか?』という疑念の所為でもあったが、攻撃できなかった理由の大半は『関わりたくない』という、夫婦げんかを前にした通行人が抱いてしまうようなものだった。



デリアは足下に転がるドーンの胸ぐらを掴んで持ち上げた。そして、懐から取り出した短剣をドーンに突きつける。


「おい、いい加減覚悟を決めろやカス。それとも、ここで私に殺されとくか?」


「……ッ!」


ドーンの顔から血の気が失せる。そしてドーンは涙を流しながら、顔を横に何度も振った。


従順なドーンを見て、デリアは満足そうに笑う。


「良い子ね。それじゃあ……」


――――ブゥン!


「行ってきなさい!」


デリアは突如として、ドーンをウェルゴーナスに向かって投げつけた。信じられないスピードで突っ込んでくるドーンに、ウェルゴーナスはすぐさま剣を突きつける。そして


――――グサッ


空中を舞っていたドーンの腹部を、ウェルゴーナスの剣が無慈悲に貫いた。


「……がッ!」


ドーンの口から血が噴き出した。しかしドーンは、そのままウェルゴーナスに抱きついた。


「……!? なにを……」


――――シャシャシャシャシャ!


デリアが投げた大量の短剣が、二人に襲いかかった。




「……っ!」


向かってきたナイフのほとんどはウェルゴーナスの着ていた鉄の鎧によって防がれたが、しかし数本のナイフが彼の顔に小さな切り傷をつけていた。


本来なら、何の意味もない攻撃。しかし、今回ばかりは違った。



――――バタン


ウェルゴーナスとドーンの二人は地面に倒れた。


(……!? まさか……)


動かなくなってしまった体に、ウェルゴーナスはすぐに気づく。


「毒よ。動けないでしょう?」


倒れたウェルゴーナスに、デリアは近寄るとそう言った。


「……ッ、やはり…」


ウェルゴーナスは力を振り絞り、何とか体を起こす。しかし、それ以上のことは出来そうにもない。


「味方……ごと……」


目前で自分と同じように動けなくなっているドーンを見て、思わずそうつぶやく。


超回復はあくまで“自然治癒”の拡張でしかない。そのため、自然治癒できない毒を癒やすことは出来ないのだ。



「安心しなさい。致死性じゃないわ。麻痺性の毒にしないと、私の大切な“身代わりデコイ”くんが死んじゃうから」


身代わりデコイ……」


その一言で、ウェルゴーナスは全てを理解した。


つまりこの二人、いやこの女の戦闘スタイルとはつまり、“どうせ治る”ドーンに捨て身で敵の動きを封じさせ、そこを彼女が毒を塗りたくったナイフで攻撃するという、人権無視甚だしいものだったのだ。



「……”遠投”か」


”遠投”とはスキルの一つで、その名前通り『あらゆる物を高威力、高精度で投げることが出来る』能力だ。

あり得ないスピードでドーンを投げ、そして大量のナイフを精密に投げつけてきたデリアの戦いぶりから、ウェルゴーナスはそう判断したのだ。


「ご明察。私のスキルはあなたの言うとおり遠投よ」


「……驚いたな」


ウェルゴーナスはそんな言葉を漏らした。

”遠投”のスキルは、自然治癒や隠密と言った他のスキルに比べればそれほど強いとは言えないスキルだ。というのも、”遠距離攻撃”ならば弓矢で十分であり、実際”遠投”のスキル保持者はどうしても


『弓矢 + 他のスキル』


と言うような組み合わせの下位互換にならざるを得ないからだ。

それゆえ遠投のスキルを持った強者などほぼおらず、冒険者でも金等級になれる者はほとんどいない。

にもかかわらず、デリアは金等級の冒険者である。それはウェルゴーナスにとって驚くべき事だった。


しかしそれは裏を返せば、デリアが今回のような”非人道的だが強力な方法”を毎度のように取っていると言うことだった。

その事実は、ウェルゴーナスに嫌悪感を抱かせるには十分だった。





「……やはり…俺は、お前達冒険者が……嫌いだ」


かろうじて動く口で、ウェルゴーナスはそう言った。しかしデリアは平然としていた。


「嫌いとか、好きとか、そういうことばっかり言ってるから負けたのよ。私だってこんな頼りない男、本当は使いたくないわ。でも仕方ないじゃない、そうしないと勝てないんだから」


そう言って、足下でうめき声を上げるドーンを足蹴りにした。


「や、やめてくれよ……それより……早く解毒剤を……」


「うるさいわね。敵前逃亡の罰として、しばらくそのまま反省してなさい」


「そんな……」


悲痛な表情を浮かべたドーンを無視して、デリアはウェルゴーナスの方に向き直る。



「あなたには悪いけど、あなたの方は解毒するわけにはいかない。殺させてもらう」


「……」


ウェルゴーナスは少しも恐怖していなかった。



今まで彼は、その信念のために幾人もの人の命を奪ってきた。それゆえ、いつの日かこうして命を奪われることを覚悟していた。

しかし『覚悟がある』事と『予想していた』という事は違う。


「……まったく……とんだ……災難だ」


ウェルゴーナスはそうつぶやく。まさかこんなところで死ぬことになるとは思ってもいなかった。なにせ自分がここにいるのはあくまで『準備』の為であって、本当の目的はずっと先にあったのだ。


にもかかわらず、こんな準備段階で死ぬことになるのは、なんともやるせないものがあった。





地面に倒れたままのウェルゴーナスに、デリアは短剣を持ったまま近づく。そして、ウェルゴーナスにむかってそれを振り上げた。


「それじゃあ、さようなら」


デリアはそう言って、短剣を振り下ろした。


しかし、それがウェルゴーナスに突き刺さることは無かった。







「やめてくれる? 俺にはまだ彼が必要なんだ」


デリアの背後に突然現れたその男はそう言った。そして直後、デリアは気を失った。





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「災難だったねウェル君。まさか君がやられるとは想像もしていなかったよ」


デリアを気絶させると、男はデリアの持ち物を探った。そしてすぐに、彼女の持つ解毒剤を見つけた。

解毒剤を飲むと、ウェルゴーナスはようやく立ち上がることが出来るようになった。そうはいっても、解毒剤を飲んだばかりなのでまだふらついていたが。



「……助かった。お前が来なかったら、俺はやられていた」


ウェルゴーナスは相対する男に頭を下げる。


「気にするなよ。それに仕方ない。この二人がここまで強いとは俺も思っていなかったから……そうだった、忘れないうちに」


男は思い出したようにそう言うと、毒が全身に回り動けないドーンの下に近づいた。そして、彼の頭に触れた。



――――パァァァァァ……


触れた男の手から、光が放たれた。ウェルゴーナスはそれを見つつ尋ねる。


「例の“記憶操作”って奴か?」


「そうだね。俺たちの事を知られるわけにはいかないから。彼らには『ウェル君を倒した』と思い込んでもらうことにする」


「……殺されるのか、俺は」


ウェルゴーナスはため息交じりにつぶやいた。それを見て、男は笑みを浮かばせる。


「はは、そんなに気にするなよ。本当に死ぬわけじゃ無いんだ。さてと、処理も終わったし、俺たちはもう帰ることにしよう」


男の言葉にウェルゴーナスは驚く。



「いいのか? まだ作戦は続いているんだろう?」


「いや、それがどうも失敗してしまったみたいだよ。ダー君に掛けておいた記憶操作が解けちゃったらしい」


「記憶操作が解けた?」


「うん、強力な電撃を浴びちゃったみたいだ。その衝撃で記憶が戻ったらしい。これじゃあもう、教会が戦争の引き金となることは期待できない」


「……作戦失敗か。つまり、俺の潜入も無駄になったわけだ」


ため息をこぼしたウェルゴーナスに、しかし男は笑いかけた。


「そんなことないさ。君のおかげで、俺たちは強力な爆弾をいくつも手に入れることが出来たんだから。それだけで上出来だよ」


そう言うと、男はスタスタと歩き始めた。ウェルゴーナスもその後を追う。





「どれだけ失敗しようとも問題ないさ。どんな方法であれ、どれだけ時間がかかろうとも、世界を破壊し尽くすことさえ出来れば俺たちの勝ちなんだから。もっとゆっくり、時間を掛けて楽しんでいこう」


そうして、二人は立ち去っていった。




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