第49話終幕
「うっ……」
抜け落ちた床のその遙か下で、ダーラーンは目を覚ました。
「……そうか……わしは」
動かない体と全身に走る激痛を感じ、彼は負けを悟った。
しかし不思議なことに、そこに悔しさややるせなさは感じられなかった。
「師匠……」
地面に倒れるダーラーンの下へ、ウラウに肩を借りたシャルーナがやってきた。ダーラーンはなんとも言えない表情で自らのことを見る弟子に、そっと笑いかける。
「気にすることはない……わしの死は、わし自身が導いたものじゃよ。お主が罪を感じる必要はない……」
「……」
師の言葉に、シャルーナは唇をかみしめた。
「何故ですか師匠? なぜこんなことを……」
「……何のことは無い。さっきも言っただろう? わしは意味が欲しかったのだよ。自らのミスで仲間と誇りを失うに釣り合うだけの、そんな意味が……」
「……」
「しかし、もういい。もう疲れた。不思議なことだ。先ほどまではあれほど欲していた“意味”が、もう今となってはどうでも良くなってしまった。……そう、まるで夢でも、悪夢でも見ていたような、そんな気分だ……」
そう言ってダーラーンは『ふっ』と弱々しく笑った。
「仲間達には顔向け出来んよ……彼らを失って、その果てに手に入れたのは“神”という紛い物の称号と、そして“殺戮者”のレッテルだけだ……つくづく、あの時死ぬべきだったのはわしだったと…そう思わずにはいられんな」
「……私じゃダメですか?」
「……?」
シャルーナの言葉にダーラーンは不思議そうに彼女を見た。
「私は…私という人間は師匠のおかげで成長できました。師匠がいなかったら、今の私はありませんでした。だから、私が師匠が生きた意味だって事じゃダメですか?」
「……」
「確かに私はまだ、全然たいしたことはありません。仲間も守れないし、人から尊敬されるような人格者でも無い。でも……でもきっといつか必ず、誰にでも愛され、必要とされる。そんな人間になって見せます。私を育ててくれた師匠が私を誇りに思えるような、そんな人間になって見せます。だから……師匠が生きた意味が無かったなんて、そんな悲しいことは言わないでください」
「……ふ…ふふふ……はははは」
シャルーナの言葉を聞いて、ダーラーンは涙を流していた。
「なんとも酷い弟子だ……ようやく死を受け入れることが出来ていたというのに……ああ、見たいのお……お主がわしの誇りとなってくれる姿を……お主が必要とされる世界を……お主の所為でわしは……死にたくなくなってしまったではないか……」
「……はは、気が利かない弟子で済みません」
シャルーナは涙を流し、そして笑っていた。
ダーラーンは「こっちに来ておくれ」とシャルーナに言った。シャルーナはウラウに担がれて、一歩ずつふらつきながらも、彼の近くに寄り添った。
ダーラーンは近寄ったシャルーナに、そっと手を近づける。
「……お主は変わらないな……あの頃の……あの楽しかった学童時代と……変わらない」
ダーラーンはそう言って、シャルーナの金色に輝く長髪を撫でた。
そして、最後にニッコリと笑いかけた。
「さらばだ……我が愛しき……弟子……よ……」
そういうと、ダーラーンの手は力なく地面に落ちた。
シャルーナはその手を持ち上げると、両手でそれを握りしめ、
「……おやすみなさい…師匠」
精一杯の笑顔でそう言った。
<<<< >>>>
「ダーラーン……」
「!」
シャルーナとウラウの背後から、リャンフィーネのそんな声が漏れた。
悲しみにふけっていたシャルーナは、すぐさま臨戦態勢を取る。
(……まずい)
シャルーナは息をのんだ。
先ほどまでのリャンフィーネの言動から鑑みるに、彼女がダーラーンに心酔しているのは明らかだった。
となれば、ダーラーンの死体を見た彼女がどんな行動を取るかは火を見るより明らかだった。
そして戦闘になれば間違いなく、ボロボロになった自分はもちろん、その自分を守りながら戦わなければならないウラウにも勝ち目はないこともまた明らかだった。
しかし、その心配は杞憂だった。
「大丈夫ですかシャルーナさん?」
「……! フォート君……!」
リャンフィーネはフォートの肩を借りて立っていたのだ。その様子を見て、リャンフィーネはとりあえず安心した。
「……彼女は?」
「大丈夫です。リャンフィーネさんはもう、こちら側ですから」
「……そう」
ニッコリと無垢に笑ってそう言ったフォートに、リャンフィーネは何も聞かなかった。
もちろんシャルーナは『はたして、あそこまでダーラーンに心酔していたリャンフィーネが彼を裏切るのだろうか?』と言う疑問を抱いたものの、疲れとダメージが相まってそれを聞くのは後回しにすることに決めた。
それに、それを聞くのを躊躇させられるほどに、リャンフィーネの瞳には言いようのない感情が含まれていたから。
「……彼は」
「……!」
「ダーラーンは……最後に苦しんで死んだのか?」
「……いえ。笑って死んだわ」
「……そうか」
答えを聞いたリャンフィーネの表情に、シャルーナは身震いを覚えた。なにせ、彼女の表情はまごうことなく“憎悪”に埋め尽くされていたから。
彼女が何より恐ろしかったこと。
それはこの短い時間で、リャンフィーネがダーラーンに対する憎悪を抱くほどに変わってしまっていたこと。そして、その変化は間違いなく『フォートによって』引き起こされたものであるということだった。
「ああ、そうそう。それで朗報なんですけど、事後処理はリャンフィーネさんが手伝ってくれるそうです」
「! 本当なのかい!?」
フォートの言葉に、ウラウは驚いた。シャルーナもまた驚く。
事前の作戦会議で一番問題視されていたこと。それは『事後処理をどうするか』と言うことだった。なにせ、証拠を一つも残すわけにはいかないのだから。
証拠が少しでも残っていれば、最悪の場合は事の顛末が帝国に全てバレてしまうかも知れない。そうなれば今回極秘で作戦を決行した意味は全てなくなり、あげくギルドが帝国に吸収されてしまう可能性すらあった。
しかしエヴォルダ教の関係者であるリャンフィーネが証拠隠滅に手を貸すのなら、バレる可能性は限りなく低くなるだろう。
「どうやらダーラーンはあまり信者達の前に姿を現していなかったそうなので、たぶん死んだこともすぐにはバレないでしょう。そして、機を見計らってリャンフィーネさんに『老衰で死んだ』と言うことにして発表してもらいます。ついでに、リャンフィーネさんが後継者に指名されたと言うことも」
「……」
「上手くいけば、エヴォルダ教はギルドの管轄下に置くことが出来ます。いやー、きっとギルドの人たちも喜びますね!」
ニッコリと笑ってそういうフォートに、やはりシャルーナは言いようのない思いを感じていた。
何というか、言い知れない恐ろしさ。そして危うさ。そんなものを感じていた。
そんなシャルーナに気づいてか気づかずか、フォートはより一層の笑みを浮かべてシャルーナに言った。
「どうしたんですか、そんな顔をして? 大丈夫ですよ、きっと全部上手くいきますから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます