第22話 入会と洗礼

「えーと・・・お二人とも紹介状がないんですか?」


「ええ。ないですね」


 フォートからの答えに、受付嬢は困った顔をした。


「えーと、ご存じないかも知れませんが、ギルドに加入するためには紹介状か、もしくは金貨百枚が必要なんです」


 金貨百枚というのは、言うまでも無くこの世界においても大金である。普通の一般市民が数ヶ月働いてようやく手に入れられる額であり、そのため普通は紹介状によってギルドに加入する。


 なぜこんな仕組みであるかというと、早い話、冒険者の質を保つためだ。以前はこのような仕組みはなく、なりたい者は申請するだけで冒険者になることが出来た。


 しかしそのせいで、“職にはぶれたらとにかく冒険しておけ”と言われるほどに、冒険者は瞬く間に数を増やしてしまった。


 もちろん、そんな覚悟で冒険者になった者ばかりでは、冒険者の質を維持できるはずもなく、死者の数も瞬く間に数を増やすことになった。


 その対策として、このような制度がとられることになったのだ。


 冒険者になれる素質があるものには、紹介状を書いてタダで冒険者にし、その素質がないものには金貨百枚という狭き門をもうけ、せめてギルドの財布になってもらおうというわけだ。


 実際この制度が出来てから、冒険者の質はかなり高く維持され、加えてギルドの財布も温まった。




 受付嬢からの質問に、フォートは笑って答えた。


「ええ。知ってますよ」


「え・・・まさか」


「これでいいんでしょう?」


 そう言ってフォートは二人分の金貨、つまり200枚の金貨を差し出した。


「二百枚あります。これで僕と彼は冒険者になれるんですよね?」


「え、あ、はい! もちろんです! 毎度ありがとうございます! そ、それではこの書類に名前と、それからステータスを記入してください」


 そう言って、受付嬢は紙を渡した。そしてこのやりとりを見ていた周りの冒険者達の中に、ざわめきがはしった。


「おいおい、どこの金持ちだよ・・・」


「あいつらが1回目の仕事で生きて帰れるか掛けようぜ」


「誰かあいつらに冒険者の仕事を教えてやれよ」


 みんな、そんなことを思い思いに口走っていた。しかし二人はそんなのを気にもとめない様子だった。


「書いたよ、二人分」


「あ、ありがとうございます。確認するので、少しお待ちを」


 受付嬢は紙を受け取ると、それをすらすらと読み始めた。


「・・・はい、問題ありません。では、こちら当ギルドの冒険者であることを示す認識票です。肌身離さず持っていてください」


 二人は、受付嬢から白いキーホルダーのようなものを受け取った。


「えっとですね、それの色がお二人の階級を示します。低い方から白色、黒、銅、銀、金、そして白金です。お二人はなりたてなので、白色です」


「ふーん、階級を上げるにはどうしたらいいの?」


「えーと、こなした依頼とレベルなどを参考にこちらで査定を行いますので、もし依頼をこなされたら逐次報告をお願いします。レベルが上がった場合も同様です」


「わかりました。ところで依頼ってどうやって受けるんですか?」


「あそこの掲示板から気に入ったものを選んでください。気に入った物があれば、それをここに持ってきてくだされば、受注完了です」


「ありがと。それじゃあ早速、仕事を探すか」


 フォートがそう言うと、忍者姿のケンは頷く。






 そして、二人は掲示板の前に移動した。


「うーん、どれを頼めばいいか見当もつかないな。君の情報では、冒険者は初めてはどんな仕事を頼むわけ?」


「たしか、イノシシ狩りとかだったはずだ」


 布で隠された口元から、ぼそぼそと答えが返ってきた。


「イノシシ? 異世界まで来てイノシシかあ、まあ最初だし仕方ないか」


 そう言うとフォートは、掲示板の隅っこにあったイノシシ狩りの依頼を剥ぎ取った。


「さて、後は受注するだけか・・・・・おっと?」


 フォートは受付嬢の元に戻ろうとして立ち止まった。と言うのも、目の前に大柄の男が立ち塞がったからだ。


「おいおい、坊ちゃんども。ここはお前らの遊び場じゃないんだぜ? 怪我しねえ内にさっさと帰んな」


「・・・別に遊びでは来てませんよ」


「ここに来た奴はみんなそう言うんだよ。そして、いつも痛い目を見て逃げ帰る」


「そうですか。僕たちは違いますね。それに、仮にそうなったとして、あなたには関わりの無いことでしょう?」


「いや大いにある。お前らみたいなへなちょこが仕事を失敗するせいで、俺たち冒険者全員の評判が落ちるんだ」


 大男の言葉に、フォートは頷いて同意した。


「なるほど。それは一理ありますね。じゃあそうならないように気をつけます」


 そう言って、フォートは男を避けて受付嬢のところへと向かった。


「わかってねえなあボンボン。俺はお前らに気をつけて欲しいんじゃねえんだよ。俺はお前らに・・・」


 男はそう言いながら、振り向きざまに拳を振り上げた。


「今すぐここから出て行ってもらいてえんだよ!」


 ――――ガシッ!


「!?」


 男が振り下ろした拳がフォートに届く前、男の拳は忍装束を着たケンによって受け止められた。しかも片手で。


 そしてそのまま、


 ――――ギュルンッ!


 ――――ガシャアン!


 ケンに投げ捨てられた男の巨体は宙を舞い、そのまま机を一つ押しつぶした。



「あ、これ受注したいんで、よろしくお願いします」


 そんな騒動が起こっているにもかかわらず、フォートは平然と、戸惑っている受付嬢にそう告げた。一方、周りの冒険者達はざわめき立つ。


「嘘だろ・・・・あんな小柄な奴が」


「なんかの間違いじゃないのか?」


 あまりのことに、何が起きたか信じられない周りの人間達はそう口々に言っていた。


「こ、これで受注完了しました」


「あ、どうもです。じゃあいこうか」


 フォートがそう催促したのを聞いて、ケンは歩き出した。その後ろで、投げ飛ばされた男が立ち上がった。


「・・・っ、待ちやがれ! てめえよくもやりやがったな! ぶっ殺して・・・」


 ――――シュン!


「!?」


 男の頬のすぐ側を、すさまじいスピードで矢が通り過ぎていった。突然のことに固まって動けない男に、フォートはため息交じりに言い放つ。


「一応言っとくけど、先に仕掛けてきたのはそっちだからね? これ以上突っかかってくるなら、こっちも本気でアンタをやるよ?」


 男はしばしの間固まっていたが、すぐにへなへなと座り込んだ。フォートが放った弓は、深々と石壁に突き刺さって揺れている。



 男から戦意が完全に消えたのを確認すると、二人はギルドを後にした。

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