第21話 協力者

「どうぞ」


「どうも」


 フォートはコーヒーを彼に渡した。コーヒーは、ミカエル商会が協商から輸入している高級品だ。


 フォートは前世からコーヒーに目がなく、こちらの世界にもコーヒーが存在していると知ったとき、彼は会長におねだりして商会が扱っている内の少しを融通してもらっていた。


 侵入者、そしてどうやらフォートと同じく転生者である彼はコーヒーを一口飲むと“フー”と息を漏らした。


「で? 僕は君のことをなんて呼べばいいの?」


 フォートは彼にそう尋ねる。彼は少し考えた。


「そうだな・・・ケンとでも呼んでくれ」


「ケン・・・ケンねえ・・・ふーん」


 フォートは、ケンをじろじろと見る。


「なんだ?」


「・・・それってさあ、偽名でしょ?」


 フォートからの思いがけない問いに、ケン(仮)は目を見開いた。


「驚いたな。なんでわかった?」


「いや・・・別に。なんとなく」


 フォートのはっきりしない答えを訝しみつつも、ケンはそれが偽名であることを認めた。


「まあこういう仕事をしてるんでね。呼び名はいくつもある」


「ふーん、そうなんだ。まあいいや。君はケンってことにしとくよ。それじゃあケン(仮)、君はどうしてこの世界に?」


「多分お前とおんなじさ。死んだと思ったら、なんか知らないところに飛ばされて、そこで得体の知れない女に説明されて、こうやって転生させられた」


「うん、おんなじだね。完全に」


 フォートも、別に何か面白い答えを期待していたわけではなかったので、あの得体の知れない“異世界転生斡旋業者”の女のことや、この世界について、新しい情報が手に入らなかったことは特にがっかりすることでもなかった。


 フォートは気を取り直して、また質問をする。


「それで君は何スタートだったわけ?」


「何スタート?」


「そうそう、どんな人間に転生したのかってこと。ちなみに僕は奴隷」


「・・・あの女もえげつないことするな」


 ケンは憐れみの目でフォートを見た。明らかにケンは、フォートがあの転生斡旋業の女に嫌がらせで奴隷にされたと思っているようだ。


 もちろん、それは間違いである。それに気がついたフォートは慌てて弁解する。


「いやいや、奴隷は僕が自分でお願いしたんだよ」


「・・・は?」


 ケンは耳を疑った。目の前の男をまるで変態でも見るような目つきで見返す。


「・・・自分で?」


「そうだよ」


「・・・頭は大丈夫なのか?」


「このとおり、まともだよ」


 そう言ってフォートは自分の姿をアピールするように見せてきた。


 しかし、ケンにはどこをどう見れば、『自分で奴隷になった』と言う人間がまともなのか理解できなかった。変態を見る目を向けられていることも気にせず、フォートは尋ねる。


「それで君は?」


「・・・普通に市民だったよ」


 ケンは変態から少し距離をとりつつ、そう言った。


「へー、そうなんだ。ところで、別に言いたくなかったら言わなくてもいいんだけど、君は前世ではどんなことしてたの? ちなみに僕は大企業の跡継ぎだったんだけど、君も変わった生まれだったりする? そういう人しか転生できないイメージあるからさ」


 彼の勝手な主観であったが、異世界転生する人間は、孤独だったり、心残りがあったりと、どこか普通でない印象がある。


 もちろん実際は、何の変哲も無い“普通”の人間が多く転生しているのだが。


 そして、ケンもまたそうだった。少なくともケンはそう思っていた。


「いや、別に普通だったぞ」


「へえ、そうなんだ」


「ああ。普通にスパイをやってたよ」


「ちょっと待て」


 フォートは思わず遮る。


「え、スパイ? スパイスじゃなくて?」


「人の前世をトウガラシにするな」


「・・・スパイ?」


「そうだよ。何か悪いか?」


「いや、まあ悪いっちゃ悪いんだけどね。主に法律的に」


 法律書を調べるまでもなく、スパイは犯罪だ。悪くないわけがない。


「安心しろよ。やってたのは主に産業スパイだ。要人暗殺とか物騒な話はあんまりない」


「あんまり・・・ね。安心出来ないなあ・・・でもこれで合点がいったよ。その経験を生かして、こっちでもスパイをやってるわけだ」


「そういうことだ。前は個人的に依頼のあった相手だけを客にしてた、いわゆる探偵みたいなもんだったんだが、あるとき偶然忍び込んだ先で、いまのダリア商会の会長にヘッドハンティングされたんだ。今はそいつの秘書として、裏で情報集めをしてる」


「なるほど・・・だから、あれだけの情報網が構築できてたわけか。こっちの世界に比べれば、元いた世界の情報関連の進歩はめざましいからね。君にかかれば、こっちの世界の情報は、それはもう集め放題だろうね」


「それはこっちの台詞だ。まさかターゲットが転生者だったとはな。道理で、こっちの世界の奴らが思いつきもしないようなことを次々実行できたわけだ」


 そう言うと、ケンはコーヒーを飲み干した。それはつまり、この話の終わりが近いことを意味していた。


「で? どうする?」


 ケンは飲み干すと、フォートにそう尋ねた。


「どうするって?」


「いろいろ含めてだよ。お前はこっちの世界で、何をするつもりなんだ?」


「何を・・・ね」


 フォートは少し考えてから、そして答えた。


「僕はやれるところまでするつもりだよ」


「やれるところ?」


「そう。自分の能力を出し切る。そして、やれるところまで、行けるところまでいく。もしかしたら、行き着いた先は商人としての成功かも知れないし、冒険者として名声を手に入れることかも知れない。何なら、世界征服とかかもね」


 フォートからの冗談とも思えるような告白に、ケンは耳を疑った。


「世界征服? 正気か?」


「もちろん。出来るかどうかはともかく、少なくとも僕はこうやって転生した以上は、自分に出来るだけの努力を最大限しきって、今度こそ、死ぬときに後悔しないでいたいんだ。死ぬときに、“ああ、世界征服しとけば良かった”なんて思いたくないだろ?」


「・・・はは、正気だとしたら間違いなくどうかしてる」


「で? 君はどうなの? 何がしたいわけ?」


 今度は、フォートがケンにたずねた。


「そうだな・・・考えたこともなかったけど、今決めた。俺はお前と一緒に、世界征服をすることにする」


 ケンからの唐突な申し出に、今度はフォートが耳を疑う。


「え、マジで?」


「マジだ。悪いのか?」


「いや、ありがたいんだけど・・・でも何で? 何で急にそうしようと思ったわけ?」


 フォートからの当然の疑問に、ケンは僅かに笑って答える。


「正直に言うとな、俺はうれしかったんだよ。この世界に飛ばされたのは俺だけだと思ってたからな。だから、こうしてお前と出会ったのにも何か意味があるんじゃ無いかと思うんだ」


「ふーん。『全てのことには意味がある』って奴か・・・って、ちょっと待った。もしかして、僕を暗殺するために近づこうって腹づもりじゃないよね?」


「安心しろよ。もしそのつもりなら、もっと前にこの場で殺してる」


「・・・それもそうか。じゃあ、信頼して良さそうだね」


 とりあえず、フォートはケンに一定の信頼を置くことに決めた。とは言っても、完璧に信頼は、もちろんしていない。


「それで? 俺たちはこれからどうするんだ? お互いの立場を考えると、こんな風にしょっちゅう会うわけにもいかないだろ?」


「そうだね・・・それなら、こういうのはどうかな? 多分、これから蝗害が起こると思うけど、そのときは二つの商会の間で情報共有をすることになる」


「そうだろうな。そういう契約を組んでるんだから」


「となると、おそらく蝗害が発生したと言う情報が入ってくるタイミングはこっちとそっちで完璧に一致するはずだ。だから、その情報が入って3日後、二人とも2週間の休暇を取ることにしよう。そして、ここに集ろう」


 フォートはそう言って、机の上にあった地図を取り出し、帝国領内で2番目の大きさを誇る都市を指し示した。


「ここにあるギルドの前に、そうだな・・・七時頃に集まろう。もちろん、休暇の一日目に」


「ギルド? 何のためだ?」


「それはもちろん、冒険者として登録するためだよ」


 フォートの考えが読めず、ケンは訝しむ。


「商人なのにか?」


「商人だからこそだよ。冒険者になれば、各地に自分で向かうことができるし、どこで何が必要とされているか調べることだって出来る。それに何より、さっきも言ったけど、僕は冒険者として名を上げることも、この世界で目指すことの一つにしてるからね。世界征服には強さと名声も不可欠だ」


「・・・冒険者が世界征服なんて聞いたことがないぞ。むしろ、世界征服を阻む側だろ」


「まあまあ、そんなのは気にしないでいいじゃん。とりあえず、ギルドで名をあげることが出来る位は強さを手に入れないと。それも出来ないのに、何が世界征服だって話じゃん?」


「・・・だとしたら、お前はまだまだ実力が足りていないな。戦闘レベルが10相当だろ?」


 冒険者の平均レベルは30である。フォートの戦闘レベル10は明らかに力不足だ。


「そうだね。それは僕もわかっているよ。少なくとも、あと20くらいは欲しいところだね」


「たしか蝗害が発生するまで、もう2ヶ月もなかったろ? 間に合うのか?」


 ケンからの問いかけに、フォートは笑って答えた。


「努力するさ。今まで以上にね」

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