第6話 イノベーション
「商会長知ってますか?」
何かの動物の剥製がいくつも飾られた部屋に二人の男がいた。そしてその二人の内の、若くてどこかの劇団にでもいそうな美男子が、椅子に座り机に積まれた何かの書類を処理している男にそう話しかけた。
「“何を”なのかを言ってもらわんと知っているかどうかわからん。何の話だ」
座っていた男は、書類から目を離さずにそう聞き返す。
「ミカエル商会の奴らですよ。何でも最近、かなりの量の魔法道具を売っているとか。しかもかなりの低額で」
「安価な魔法道具? しかも大量に? どうせ“安かろう悪かろう”だろ? 質で勝負するウチのに比べりゃ、たいした敵にはならんさ」
「いえ、それが質もかなりいいとかで。まあ良いとは言っても、ウチに比べればたいしたことはないそうですが、それでもかなりの質を保っているらしいです」
「・・・なに?」
それまで、机に向き合って書類を整理していた商会長は顔を上げ、眼鏡を外した。
「詳しく聞かせろ」
それまで、『どうせたいした話じゃないだろう』と思って話半分に聞いていた商会長は真剣な面持ちで、部屋にいる若い男の方を見た。
「奴らが売っているのは“点火装置”です。炎魔法を蓄えておいて、好きなときに着火剤に使えるタイプの。火打ち石の代わりに使える奴です」
「ウチと同じだな。だがおかしいじゃないか。それを作るにはかなり熟練した職人が必要なはずだろ? 確かレベル5相当の経験値が必要なはずだ」
“レベル5相当の経験値”とは、そのことだけをしてレベルが5つ上がるだけの経験を積むことである。
例えで言うなら、現在のレベルが5の人間が釣りだけをしてレベル10になった場合、その人間は『レベル5相当の釣りの経験値』を得たことになる。
「ウチはこのためだけに、職人を一から育成したんだからな。数年かかった。それでも、一日に一人で十数個が限界だ。ウチでさえそうなのに、最近ようやく製造技術を手に入れた奴らに大量生産が出来るはずがない。ましてや、それを安価で売るなどもってのほかだ」
「それがどうやら、奴らはウチと全く違った方法で作ってるらしいんですよ。なんでも分担して作業を行っているようです」
「それくらいの情報は知ってるさ。奴らが売り始めたときに調べたんだからな。でもそれだと、作れる数こそ増えるが、質は悪くなるし、人件費がバカみたいにかかって、結局売り物にならなかったはずだろう?」
「ところが奴ら、なんと従業員に奴隷を使ってるそうなんです」
「奴隷・・・なるほど、それなら人件費は限りなく安く出来るな」
商会長は納得しかけたが、すぐに新たな疑問が浮かんだ。
「だがやっぱりおかしいじゃないか。それだと、良質であることが説明できない。奴隷なんて、出来たとしても単純作業が関の山だろう? 訓練すればある程度は出来るだろうが、それでも魔法道具なんて高度な技術を要する物を作れるようになるにはかなりの時間がかかるはずだ。奴らがそんなに前から準備していたなら、とっくに私の耳にも入っていたはずだ」
「そうなんですよ。俺もそう思って、一度スパイを送って調べてみようと考えているんです」
「ふむ・・・確かに、このままシェアを奪われるわけにはいかんからな。そうしてくれ」
「了解。すぐに手配します」
若い男はそう言うと、剥製がいくつも置かれた部屋から出て行った。
部屋から出るとき、ドアを勢いよく“バタン!”と閉めたので、天井から吊り下げられていた鷹の剥製が振動で揺れた。
「まったく、ドアは静かに閉めろとあれほど・・・」
商会長はため息をつくと、再び書類に視線を落とした。
~数週間後~
若い男は、剥製だらけの部屋のドアを思いっきりぶち開けて中に入ってきた。あまりの勢いに、ドアの近くにあった剥製がぐらぐらと揺れた。
「商会長! 奴らがどうやってるのかわかりましたよ!」
「何度言ったらわかるんだ。あれほど静かに開けろと・・・」
「それより!もっと大変なんですよ!」
商会長は小さな長机を挟んで向かい合わせに置かれたソファに、若い男と向かい合わせに座った。
「で? 何が大変なんだ? 剥製を傷つけるのに値することなんだろうな?」
ソファに座ると商会長は、向かい側で息を切らせる若い男にそう聞いた。若い男は息を整えてから、片手に持っていた紙を渡した。
「商会長、まずはこれを見てください」
「なんだこのグラフは?」
「奴らの売っている点火装置と、ウチが売っているのとの比較です」
「・・・・・・」
商会長は絶句した。
なにせ、彼の商会の商品は、質でこそかろうじて勝ってはいたが、値段を使用回数で割った値、すなわち一回あたりの使用料で遙かに負けていたからだ。
「まさか・・・」
「実は奴らの商品、ここ数週間でかなり質が上昇してるんです。あり得ないレベルですよ」
「・・・っ、なぜだ!なぜ奴らはこの短期間でここまで・・・・」
「問題はそこです。実は先日調べてようやくわかったんですが、奴ら奴隷を“ただ使ってる”わけじゃなかったんです」
「!? どういうことだ!」
「奴ら“奴隷を解放”していたんです」
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「おい坊主。調子はどうだ?」
「あ、会長じゃないですか。ええ、ご覧の通り、みんな一生懸命働いていますよ」
少年は、工房でせっせと働き続ける奴隷達を会長に見せながらそう言った。いや、“元”奴隷達を見せながら。
「それで? アベレージは今どれくらいだ?」
「今は大体レベル2って所ですかね。それでもこの通り、すでにダリア商会のものよりも一回当たりの使用料は遙かに低くなっています」
少年は会長に、近くの机の上に積まれた書類の中の一つを渡して見せた。それを見て会長は声をうならせる。
「うーむ、信じられないほどの技術向上だ。しかもまだ上がり続けている」
「ええ。あくまで目算ですけど、この調子なら多分、もうすぐにでもアベレージ3~4も夢じゃないですよ」
会長は「本当か!?」と驚きの声を漏らす。普通、一般人がレベルを3~4も上げるには数年かかる。それをたった数ヶ月で達成するなど、もはやあり得ないレベルだった。
「すさまじいな。まさかここまでとは」
「売り上げの方もすごいですよ。なんせ帝国シェアの60%はもうすでにウチがぶんどりましたからね」
「60!? 前の10%から一気にか!?」
「こういう生活必需品は、買う側からしたら“どこが”作ったかより、どれだけ“安いか”が重要なんですよ。いい物が出たらすぐに飛びつきます」
「・・・はは、その見識をどこで手に入れたか教えてもらいたいものだな」
「さあ? どこでしょうねえ?」
少年はそう言ってしらばっくれた。
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