第7話 ミカエル商会レポート
~ミカエル商会レポート~
数週間前いきなり、奴隷を買って戻ってきた会長が『今からこいつが責任者だ』といって、見るからにみすぼらしい格好の奴隷を、魔法道具部門の責任者に大抜擢したとき、商会のほとんど全員(会長以外の全員でした)が『何をバカなことを』と反対しました。
もちろん私も反対し、すぐに会長に異議を唱えました。(秘書ですから当然です)
しかし会長は、反対してきた全員の言葉を無視して(私も無視されました)『文句を言うのはこいつの働きを見てからにしろ』と仰いました。
仕方なく私たちは、数日の間だけは我慢して様子を見ることにしました。
もちろん全員、少年には何の期待もしておらず、数日たったら、『ほら、やっぱり役に立たなかった』といって、商会から追い出すつもりでした。
しかし彼(聞いたところ少年にはまだ名前がないそうです)はその次の日、信じられないことを始めました。
何と彼は、前日に会長が買ってきた奴隷達にこう言ったのです。
『君たちには今からある作業をしてもらう。そしてその作業の過程で、もし自身のレベルを3つあげることが出来たなら、君たちを奴隷ではなく、“従業員”として雇おう。言っていることがわかるかな? つまり君たちはここから逃げずとも、ただ努力するだけで、奴隷から市民へとジョブチェンジできるというわけさ』
私たちは彼の信じられない宣言に、思わず口を“あんぐり”と開いてしまいました。だって“奴隷の価値”を彼は何にもわかっていないんですもの。
奴隷の利用価値は何よりも“人として扱わなくていい”事にあるんですから。なのに、あえて彼らを解放して“人として扱う”なんて、そんなのとち狂った考えです。
でも、それから数日のうちに、私たちはまた口を“あんぐり”と開けて驚くことになりました。何とたった数日で、奴隷達はそれまでに我らが商会が作っていた魔法道具よりも遙かに質のいい物を作り上げてしまったのです!
これは本当に信じられないことでした!
だって、どこの商会でも奴隷が出来る仕事はせいぜい力仕事くらいで、こういう精密な、技術を要する作業はどうやっても、普通の従業員の方が優れていたんですから!
なのに、奴隷達は死に物狂いで働き、めきめきと経験値を積んでいったのです!
ついには、たった一週間でレベルを1上げる者まで出てきました!
従業員達なんて、レベルを1上げるのに2ヶ月もかかったのに!
この頃にはもう、誰も彼を追い出そうなんて言う人はいませんでした。だって彼はたったの一週間で、我らが商会が二ヶ月かかったことをやり遂げたんですから!それも、何と十人分も!
こうなったら私たちももう、彼を認めるしかありません。それに今や、大量に安価な魔法道具を作れるようになった我らが商会は、帝国でも随一の魔法道具のシェアを手に入れています。
みんな、彼に負けじと前よりいっそう働くようにもなりました。そして、他の部門でも彼のやり方を見習う動きも出てきています。
きっとこれから、我が商会はよりいっそう発展をしていくことでしょう!
編集:会長秘書 ナーベルグ・シェリーナ
「『・・・よりいっそう発展をしていくことでしょう!』・・・なるほど」
「どうだ? 俺の秘書が書いた報告書という名の作文は」
「まあまあでしたね。というか、公文書なのにこんな口調でいいんですか?」
「まあ別に誰かに見せるわけでもないしな。会長の俺が読むだけだし、これくらいの文章にしてくれと頼んでるんだ。読みやすいだろ?」
「まあ読みやすいですけど・・・・・」
「安心しろ。ちゃんとした文章はちゃんとした口調で書かせてるからな。まあアイツは優秀だから、お前も何かあったら頼むといい」
「それはどうも。それより、なんでここに来たんですか?まさかこの忙しいときに様子見だけしに来たんじゃないでしょうね?」
会長はそれまでのにこやかな顔から、真剣な面持ちに変わった。
「残念ながら、その通りだ。ここに来たのには理由がある。実はどうやら、ダリア商会からスパイが送られていたようだ。急に俺たちが、ここまでの魔法道具を作れるようになったのを怪しんでのことだろう。そしてまずいことに、俺たちが奴隷達をどんな風に“育成”しているかを知られてしまったようだ」
「へえ」
少年は興味なさそうに答える。
「『へえ』じゃないだろ。もしマネされでもされて、ウチよりもいい物を作られたらまたシェアを取り返されちまうぞ」
「いや、その心配は無いと思いますよ?」
「・・・なに?」
会長は驚いて、目の前にいる何度も自分を驚かせるようなことをしてきた少年を見た。
「・・・どういうことだ? まさか、また何か秘策でもあるのか?」
「いやいや、秘策なんてありませんよ。というか、秘策すらいりません。放っておけばいいんですよ」
会長は首をかしげる。“放っておけばいい”という少年の考えを、全く理解できなかった。放っておくなど、どう考えても悪手だ。
まさか、少年には自分には想像も出来ないような先まで見えていて、だからこそ、“何もしなくていい”と言っているのだろうか?
もしそうならば、会長がこれ以上できることはない。
「・・・まあいい。ここについてはお前に一任しているからな。頼んだぞ」
「ええ、わかってますよ。・・・あ、ただ一つだけお願いが」
「なんだ?」
「絶対にこの工場にスパイが入って来られないようにしておいてください。そして・・・」
少年は、周りに聞こえないように、会長にだけ聞こえるように、小声で言った。
「彼らが一人でいるときに、誰かから話しかけられないか確認しておいてください」
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話はダリア商会に戻る。
若い男から、ミカエル商会が用いている方法を聞いた商会長は、腕を組んで考えこんでいた。
「・・・しかし、お前の言うことが事実なら、別にどうしようもないわけじゃないな。ダリア商会でも同じ方法で、奴隷達を使えばいいだけだろ?」
しばらく考えた末に、商会長はそんな結論に至った。しかし、向かいのソファに座る若い男は首を横に振った。
「残念ですがそれは不可能です。あちらがこの方法で成功できたのは、製造を分担していたおかげなのですから。だからこそ、一人一人が行う作業の多様性を減らし、ここまでの短期間で練度を上げることが出来たのです」
「・・・なるほど」
「そして、それに対してウチがとっている製造形態は、1人が一から十まで全てを行うというものです。これは、ウチが製造する製品の質を確保するためには仕方の無かったことではありますが、これでは1人1人が覚えなければならない作業の種類が多すぎて、おそらくミカエル商会ほどの効率は手に入れられず、赤字となることは間違いないでしょう」
「つまり、“作り方”のせいで、我々はどうやっても奴らには敵わないと?」
「ええ。これに関しては、完全にこちらの敗北です。こっちが“個”の能力を重視したのに対して、あちらは“集団”としての能力を重視したわけです。これが勝負の分かれ目でした」
「・・・・・・それならば、これはあまり好ましくはないが、あちらの製造方法をマネするというのはどうだ? こうなったら、金のためにプライドを売っぱらってしまうのも手だろう?」
「そうなると我々は一から、分担して製造できるような新しい魔法道具を開発しなければなりません。仮に開発できても、ミカエル商会の二番煎じでしかなく、おそらく労力に見合った対価は払われないと思われます」
「・・・それなら、盗んでくればいい。お前の
「残念ながらそれも無理です」
「なぜだ?」
「実は先日から、奴らの工場の警備がかなり厳重になっています。おそらく、スパイに入られたことに気づかれたのでしょう」
「それならば、奴らが解放した奴隷に接触すれば良かろう。奴隷上がりとは言っても、自分が作っていた物の仕組みや作り方くらいはわかっているはずだ。大金を渡せば、卑しい奴らのことだ、喜んで情報を吐くんじゃないか?」
「それもおそらく無理でしょう。実はすでに接触を試みているのですが、そのたびに妨害が入りました」
若い男からの言葉を聞いた商会長は、重いため息をはいた。
「・・・つまり、こちらの考えは全て読まれているというわけだな?」
「そうなりますね。それに、おそらく接触できたとしても、解放された奴隷達は裏切らないでしょう。それほどに彼らは、自らを解放し、それどころか従業員として雇ったミカエル商会に恩義を感じているようです。ぞっこんですよ」
「・・・むう」
商会長は頭の後ろで腕を組み、ソファーにぐったりともたれかかって、天井を見上げた。天井からは、彼お気に入りの鷹の剥製がぶら下がっていた。
「・・・我々の完全敗北というわけか」
「ええ。残念ながら」
商会長は再び、深くため息を漏らした。
しかし彼もまた、どこまで行っても商人であった。
(たとえここで負けたとしても、この負けを生かして次につなげればいいだけだ。私は今までそうやってきたじゃないか。そして、商会の商会長までなった。何より重要なのは・・・そう、情報だ。情報は時に、金よりも価値を持つからな。いま最も欲しい情報は・・・)
「おい、今すぐにミカエル商会にスパイを送り込め」
商会長の言葉を聞いた若い男は、眉をひそめた。
「・・・先ほども申し上げましたけど」
「わかってる。調べて欲しいのは製造方法じゃない」
「? じゃあ何です?」
「ほんの最近まで、ミカエル商会はこんなことをするような、いや、思いつくような、危険な商会ではなかったはずだ。それがどうだ、今やこの国にある他のどの商会よりも、我々ダリア商会を脅かしている。何より気になるのは、まるでこちらがどんな行動をとるかがわかっていたかのように、スパイの対策をしてきたことだ。こればっかりは、今まで出来なかった奴らが急に出来るわけがない。おそらく、何者かが“アドバイス”したのだろう」
「つまり、最近になって奴らの商会に入った何者かが、ここまでの事を思いつき、そして実行していると言いたいわけですか?さすがにそれは・・・・」
「あり得ないと思うか?」
「まあ、人間一人にそこまで出来るのかと聞かれたら、正直答えに詰まりますね」
「俺はそうは思わない。それにお前だって、俺から言わせれば、その『ミカエル商会にいるかもしれない誰か』と同じくらいすさまじいことをしていると思うがね。ここまでの情報網を、お前がたった一人で構築したなんて、たぶん他の商会の誰も考えてもいないだろうよ」
「はは、珍しく褒めるのはやめてくださいよ。まあわかりました。とにかく調べるだけ調べてみましょう。ただ期待はしないでください。さっきも言いましたけど、警備が厳重になっているんで」
「ああ、できるだけ早くしてくれ。情報はナマモノ以上に鮮度が重要だからな」
「・・・それで?」
若い男はソファから立ち上がりながら聞いた。その声は、それまでと違って、とても低く、冷たかった。
「もし、その“誰か”がいた場合、どうしますか?」
「そうだな・・・」
商会長は、座ったまましばし考えてから答えた。
「もし、こちらに引き込めそうならヘッドハンティング、駄目そうなら・・・」
商会長は親指を立てた手で、首を掻き切るそぶりを見せながら、
「邪魔になる前に始末しろ」
低く、そう答えた。
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