第5話 奴隷の少年
――――ガチャリ・・・ギイイ・・・
扉が開くと、暗かった部屋の中に光がうっすらと差し込んだ。薄明かりに照らされた室内には、いくつもの檻があった。
そしてその中に二,三人ずつくらいの、子供達が入れられていた。
彼らの服はとても粗末で、今にも破けそうなほどだ。そして全員の首に、鎖付きの首輪がつけられていた。
開いた扉から、ランプを持った小柄な男と、体格のいい紳士風の男が入ってきた。
檻に入れられた子供達の、入ってきた彼らを見つめるその目には、ランプの光を反射しているはずなのにもかかわらず、光がなかった。
「・・・相変わらずだな、ここは」
体格のいい男は、ランプを持った小柄の男にそう言った。
「へへへ、旦那そんなこと言っちゃ行けませんぜ。人間ってのはこういう暗いところに長い時間入れておくと、こうやって従順になってくれるんでさあ。お客様に歯向かわない“質のいい”奴隷を提供するには、この暗さと陰湿さが必要なんですよ」
小柄な男はハエのように手をこすりながら、そう媚びを売った。
「ふん。ここに来るとつくづく嫌になる」
「へへ、そう言わずに・・・汚いところですが我慢してくだせえ」
「嫌になるのは汚さじゃない。“こんなこと”をしているお前達の醜悪さにだ。そして、それに頼らなければ商会を維持できない俺自身にもな」
「醜悪だなんて言っちゃ行けませんぜ旦那。これでも一応、ウチは帝国からの許可をちゃあんと取っている“合法の”奴隷商会ですぜ」
「この中の一体どれだけがお前達に”攫われてきた“子供達か俺が知らないとでも思っているのか? クズどもめ」
「おっと、こいつはいけねえや。この話はやめにしやしょう」
奴隷の売買は国による認可が必要である。
しかしそれは裏を返せば、奴隷の売買自体は認められていると言うことでもある。
ただしそれには制約があり、『奴隷として身売りした人間』の売買しか認められていない。
しかし実際の所は、このように“さらわれた子ども達”が数多く奴隷にされているのが現状だ。
国もまた、それを黙認しているところがある。
もちろん、“さらってきた”ことが証明されれば厳罰は免れないのだが、“身売りした”のか“攫われた”のかを判別するのは困難なため、そのようなケースはほとんど無い。
(まあそこから奴隷を買う俺もまた、そのクズの一人というわけか。それに、たとえ身売りだろうと『なりたくて奴隷になる者』がいるはずもない。彼らからしてみれば、合法だろうが非合法だろうが・・・だな)
「さて旦那。本日はどのような買い物を?」
「・・・十人程度の人手が必要だ」
「ほう。何に使うので?」
「言う必要があるのか?」
「単なる興味でさあ。無理には聞きやせんぜ」
「・・・最近開発された魔法道具の製造形態で、単純作業を分担して作業効率を確保するというやり方がある。この方法だと効率はいいが、人数を使う分どうしても人件費がかかってもうけが少ない。だから、人件費の最もかからない奴隷を使って試してみることになった」
「なるほど。たしかに奴隷ならば、食費だけで済みますからな。人件費だけなら、人を普通に雇う何十分の一にもなりますな。しかし作業をさせるとなると、力仕事が出来る体格がいい“商品”よりも、できるだけ長く使える“商品”をご所望というわけですな?」
“商品”と言う言葉に、体格のいい男は顔をしかめる。
「・・・・・・その通りだ」
「へへ、私としてはすぐに死んでしまう商品の方が、すぐに買い直してくれる分儲かるんですが、そこは旦那と私の付き合いだ。ご所望通り長持ちするのを売りますぜ。その代わり、ちとお高くなりますがね」
「・・・お前とそんな関係になったつもりはない」
「へへ、そんなこと言わずに。ささ、早く商品を決めやしょう」
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「やめといた方がいいよ、おじさん」
話をしていた二人に突然、暗い檻の中から忠告が飛んで来た。
いや、その忠告は“二人”ではなく、その片方、体格のいい男に向けられたものだった。
声の主の姿は暗闇で見えなかった。
「あん? てめえなに言ってやがんだ。商品のくせに飼い主の商売のじゃまでもしようってのか?」
奴隷商の男がそう言って、檻の中の声の主をにらみつけたところを、体格のいい男は制止した。
「旦那、悪いが止めねえで下せえ。たまにこういう自分の立場ってもんがわかっていない商品がいるんでさあ。こういう奴には、身をもってわからせてやらないと、お客様に新鮮な商品をお届けできないんですよ」
「・・・それよりも」
体格のいい男は奴隷商の男を無視して、声の主の方を見る。
「“やめといた方がいい”というのはどういう意味だ?」
暗い檻の中にいるその声の主は、鉄格子の近くによった。
ようやく現れたその姿は、奴隷と言うにはあまりにも似つかわしくなかった。
他の奴隷達と違って、彼の目はしっかりと光を宿していたから。
(レベルは・・・4か。奴隷にしてはやや高いくらいだな)
この世界の生き物たちには、それぞれにレベルがある。これは職業の熟練度や、単純な肉体強度などによって決定される。
成人男性ではレベルの平均はおよそ8で、奴隷では2~3程度が平均となる(参考程度に、冒険者は平均が30、最上位の者ではおよそ60程度になる)
奴隷という少年の境遇を考えれば、4というのは比較的高い部類だ。
ちなみに、レベル5で他人のレベルを見ることが可能となる。
「言ったとおりだよ、おじさん。奴隷を買っても、多分もうけ自体はそんなに変わらない」
自信満々にそんなことを言う奴隷を、体格のいい男は怪訝そうに見る。
「・・・・・・その根拠は?」
「まず一つ目に、奴隷の生産効率の低さだね。普通の従業員と違って、僕たち奴隷には“頑張る理由”がない。給料がもらえないんだから。少なくとも僕なら、怒られないギリギリしか働かないよ。それとは逆に、従業員なら簡単に最大効率で働かせることができる」
「・・・・・・どうやって?」
「そうだね、例えば給料を出来高制にするというのが一つの手だ。作った個数に応じて給料を払うって感じ。これなら、どんなに無精な奴でもきっと死に物狂いで働くよ。でも、気をつけないといけないのは1個あたりの賃金設定だね。これを失敗すると、作りすぎのせいで売れ残りが続出して、むしろ赤字にすらなりかねない」
「・・・ほお」
少年の奴隷とは思えない見識に、男は舌を巻いた。
しかし、体格のいい男のそんな感嘆には耳を貸さず、少年は話し続ける。
「・・・まてよ、わざわざそこまでしなくても、先に全員で作ってOKな最大個数を決めておけばいいのか。そうすれば、こっちは欲しかった分だけしか作らないで済むし、作る側も、他の奴よりも一個でも多く作ろうと競争が起きて、より効率が良くなる。それにこれなら、売り上げの予想も限りなく簡単にできる」
少年の長ったらしい答えを、初めはなんの期待もなく聞いていた体格のいい男は、今となっては驚きで言葉を失っていた。
そして信じられなかった。
なぜ奴隷の中に、こんなことを考えつく者がいるのかと言うことが。
しかし、男は優秀な商人だった。
それ故、目の前の“信じられない”出来事に惑わされることなく、すぐに頭を回し、考えることをやめなかった。
つまり、目の前の少年を“試す”事が出来た。
「・・・お前が言うのはもっともではあるが、しかしそれは何も普通に従業員を雇わずとも、例えば奴隷でも同じ事が出来るのではないのか?」
体格のいい男の発言に、それまで独り言を続けていた少年もようやく耳を貸す。そして、男の方を僅かに驚いた目で見た。
「おっと、おじさん頭いいね。そこに気づくんだ」
「だてに何十年も商人をやっていないからな」
「うん、僕もそれは考えたよ。でもやっぱりそれじゃ駄目なんだ。と言うよりむしろ、奴隷を使うこと全般に対して言える問題点があるんだよ」
「というと?」
「つまり、奴隷そのものが持っているリスクが高すぎるんだよ」
「・・・リスク?」
「簡単に言えば、“逃亡”と“病死”のリスクだね。逃亡は言うまでも無くだよね。実際、ここに来て数ヶ月になるけど、奴隷の僕から言わせてもらうと、ここから逃げるチャンスはいくらでもあったよ」
奴隷商の男は眉をひそめたが、そんなことにかまわず少年は話を続けた。
「逃亡を防ごうとすると、どうしても警備を厳重にする必要がある。何かの作業をさせるのなら、なおさらだ。そして、これは僕の感覚ではあるんだけど、多分それは割に合わないと思う。ついでに、監視されることによる作業効率の低下も否めないし」
「・・・・・・」
体格のいい男は腕を組んで考え始めた。
確かに、自分の商会でも、奴隷に逃げられたという話はよく聞く。
大抵は逃亡防止が出来ていなかったせいだが、実際に逃亡を完全に阻止しようとすれば、かなりの設備投資と人件費が必要となることは明らかだった。
「それで次は病死の話だけど、見ての通り、僕たち奴隷の生活環境はご覧の有様さ。ろくに食事も与えられず、排泄物はほとんど垂れ流し。こんな環境じゃむしろ、病気にならない方がおかしいって話だよ」
確かに少年の言うとおり、毎日多くの奴隷が病気で死んでいる。
彼の商会も例外ではない。
「もし奴隷が元を取る前に全員伝染病とかで死んじゃったら、その時点で大赤字。一歩間違えれば、そこが発生源になって、商会全体で伝染病が流行してバイオハザードが起きかねない。はっきり言って、奴隷を使うのはハイリスクローリターンだよ」
「・・・ふ、はははははははは!」
体格のいい男は急に笑い出した。
そして、奴隷商の男の方に向き直った。
「気に入った! おい、この奴隷はいくらだ? いや、いくらでもかまわない! とにかく、俺はこいつを買うぞ!」
奴隷商はいきなりのことに驚いて体格のいい男の方を見た。
「へ、へい。金貨一枚でありやす」
「おい、坊主。そういうわけだ。俺はお前を買う。文句は言わせない」
「残念ながら、今の僕には文句を言う権利すら与えられていないもので」
少年はそう言って、首輪についた鎖を“ジャラ”と見せた。
「ははは!そうだったな! それじゃあ、文句はないわけだ!」
そう笑うと、男は奴隷商の方を再び見た。
「おい、それと最初に言ったとおり奴隷を十人分買っていくから、そっちの用意もしておいてくれ」
少年は驚いて男の方を見た。
「あれ? 僕の忠告を無視すんの?」
「残念ながらな。俺としては、お前の言うとおりだとは思うが、奴隷を使うということは、もう商会として決定しちまってる。俺の独断で勝手に“やっぱりやめた”と言うわけにはいかん」
「ありゃりゃ、それは残念ですね」
「だから、お前がここを出て最初にする仕事は、お前がさっき言った“奴隷を使うリスク”の全てを回避する方法を考えることだ」
「なるほど・・・まあ、すでにいくつか考えてはいるから問題はないかな」
「そりゃ頼もしい限りだな。まあ少なくとも、俺がお前に払った金貨一枚分くらいの働きはしてくれよ? 俺はあくまで、まだお前に投資しただけだ。もし期待外れなら放り出すぞ」
そう言われると少年は、『ふっ』と吹き出すように笑った。そして一言、
「まあ少なくとも、自分の地位に見合う以上の努力はさせてもらいますよ」
そう言った。
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