第四話 正直、心細くてたまりません!
佐久間はノイマンたちに連れられて大通りを進む。その通りの突き当たりには、背の高い石造りの壁がそびえていた。その壁には大門が設けられており、両側に甲冑をつけ腰に帯剣した警備兵たちが立っていた。
彼らに内心ビクビクしながらそこを通り抜けると、目の前には木々に覆われた小高い丘が現れる。道は丘の上へと続いており、その道を登った先には巨大な白亜の建造物がそびえていた。
白っぽい壁の、見るからに堅牢そうな青い屋根の建物だ。
街で見た建物のほとんどが平屋だったのに比べて、この建造物はざっと見たところ六階建てくらいはありそうで、横幅もはるかに大きい。その後方にはとんがり屋根の塔らしきものも左右に一つずつ見えた。
ノイマンたちはこの建物を『城』と呼んでいるようだ。
確かに言われてみれば、そう表現するのが一番しっくりくるように思える。街の端に圧倒的存在感をもってそびえたつソレはまさしく城だった。
城の建つ丘の裾に、少し広くなった運動場のようなところがあり、そこにドラゴンは連れていかれた。あそこに繋いでおくらしい。
運動場には馬が何頭か放されていて暢気に草など食んでいたが、ドラゴンの姿を見た飼育係らしき人たちが急いで馬の手綱を引くと、そばにある細長い馬小屋へと連れていった。
佐久間たちは丘の上へと続く階段を上り、城の中へと足を踏み入れた。
見るもの全てが目新しくてキョロキョロしていたら、うっかりノイマンたちを見失いそうになる。すたすたとわき目もふらず歩いていく彼らに、佐久間は遅れがちになりながらも小走りでついていった。
着いた先は、城の五階奥にある大きな両開き扉の部屋だった。
扉を開けると、部屋の中にはソファセットが置かれ、入って右側の壁際にはいくつかの一人がけ椅子が並べられているのが見える。
高い天井からは小ぶりのシャンデリアが下がり、左側の壁には一面にぎっしりと本が収められた立派な本棚があった。
扉の向かいには窓ガラスが嵌められ、外の明るい日差しが差し込んでいた。外に開いた扉もあり、テラスに出られるようになっているようだ。なんていうか『サロン』とでも呼ぶのがぴったりくるような部屋だった。
そして部屋にはすでに先客もいた。
ソファの一つに腰かけ、ティーカップに入った紅茶のようなものを優雅に口へ運ぶ、白髪白髭の男。シックなブラウンの軍服っぽい服に身を包んだ、見るからに上品そうなご老人だった。その傍らには見事な金細工の装飾が施された杖が立てかけてある。
彼はノイマンを見るなりティーカップを前のローテーブルに置くと、柔和な笑顔をたたえて労いの言葉を口にする。
「ノイマン君。ご苦労でしたね。お話は伺いましたよ。なんでも、大通りのど真ん中で大捕り物をやったとか」
「はい……もう少し簡単に押さえられるかと思っていたんですが。なんだか大騒ぎになってしまいまして」
ノイマンはご老人の向かいのソファに腰を下ろす。レイアも壁際から椅子をもってくるとローテーブルのそばに置いて腰を下ろした。
なんだか寛いでいるみたいだけど、自分はどうしたらいいんだろう。座りたいけれど、座っていいものかもわからない。
ここまでの道中、時々、レイアがこちらをジロッと睨むように見てくるのが嫌な感じだった。そんなこともあって、とりあえず佐久間は入り口のところに突っ立っていたのだった。
ご老人はノイマンの報告に何度も頷きながら、どこか楽しそうに耳を傾けている。そして一通り報告を聞き終わったあとに、佐久間の方に視線を向けて目を細めた。
「ところで。あそこにいる見慣れない方はどなたかな」
「ああ……えっと、彼は。使役魔を召喚しようとしたところ、どういうわけか彼が召喚されてしまいまして。人間ではあるようなんですが、どうやら異世界の方のようなんです。戻す術もないので、とりあえず召喚術式の効果が切れるまでここにいてもらおうかと思いまして。えっと、名前はなんていうんでしたっけ……?」
「……佐久間です。佐久間真」
佐久間の返答にご老人は一つ頷くと、立ち上がってこちらに近づいてきた。
そして、佐久間に右手を差し出す。
佐久間はどうしていいのかわからず戸惑うものの、これって握手しろってことなのかなと思い、彼の手に自分の手を合わせた。すると相手の方も握り返してくる。見た目とは裏腹に、力強く逞しい手だった。
「サクマ君と呼べばいいのかな。私は、アーデルベルト・グランストレーム。今はこのノイマン君の下で統括徴税官をしている。よろしくお願いしますね」
「は、はいっ……よろしくお願いします」
思わず頭を下げてしまったが、その行為にアーデルベルトは少し驚いたように目を開いた。
あ、まずい……と佐久間は内心焦る。おそらく頭を下げる行為は、この国ではこの場面には相応しくない行為なのだろう。
「そんなに遜らなくてもいいんだよ。私は君の友人でありたい」
アーデルベルトは小さくウィンクすると、佐久間の背中をぽんと軽く叩いた。
「さあ。そんなところに立ってないで、君もこっちに来て座るといい」
アーデルベルトに促されて佐久間も彼の横に腰を下ろす。近くにいたレイアと一瞬目が合ったが、ふいっと冷たく視線を外されてしまった。
(俺、なんか悪いことしたかなぁ……存在が気に食わないとか言われると辛いんだけど……)
そんな二人の間の気まずい空気を知ってか知らずか、ノイマンが話しはじめる。
「ここが、私たちの統括徴税官詰所になっています。まぁ、本来は私の執務室なんですけどね。あなたもすることがなければ、ここにいるといいですよ。あ、あとで連れていきますが私の自宅の方にいてくれても構わないですけどね。何かわからないことがあったら、遠慮なく聞いてください。その方がお互いやりやすいでしょうから」
聞きたいことは山ほどあったが、あまりにわからないことが多すぎてどう質問していいものか、まだ頭が整理できていない。でもせっかく話を振ってくれたのだから機会を無駄にするのも惜しい。
そこで、当たり障りなさそうな、でも少し気になっていたことを口にした。
「……あのドラゴン、これからどうするんだ?」
まさかドラゴンのことを聞かれるとは思ってもみなかったのだろう。
ノイマンはきょとんとした表情で目を瞬かせたあと、口元に手を当ててフムと唸った。返答に困っているようなので、聞き方を変えてみることにする。
「未納税金のかわりにあのドラゴンを差押えしたんだったら、やっぱこのあと、あのドラゴンは公売にかけられちゃったりするのかなって、なんか気になって……」
それは自分も似たような仕事をしていた者として気になった職務上の興味に過ぎなかったのだが、佐久間のその言葉にノイマンは酷く驚いたようだった。
「……なんでそんなこと、知ってるんですか?」
ノイマンが訝しげに放ったその言葉に、佐久間は心臓が縮み上がる心地がした。
(……しまった。差押えした以上、あのドラゴンを売っぱらってその代金を滞納してる税金に充てるんだろうなとは思ってたけど、聞き方がまずかったかな)
「え、えっと……」
上手い切り返しが出てこない。
「先ほど、街で君が召喚されてきたばかりのときも、気になっていたんです。私が一般の人にもわかりやすいようにと思って『没収』と表現したことを、君はわざわざ『差押え』と言い直してきた。たしかに、そちらの方が言葉の意味としては合ってはいるのですが」
随分前の段階で違和感を抱かれていたらしい。不審がられたままでは嫌だし、隠すようなことでもなさそうなので佐久間は素直に自分の身の上を話すことにした。
「えっと……あんたたちは自分たちを徴税官だって言ってたけど。俺も、元いた世界では同じ仕事をしてたんだ。徴税吏員ってやつ」
「なんと。同業者だったのですか。これはいい」
そう言って愉快そうに笑ったのはアーデルベルトだ。
「ノイマン君。君はいつも人手不足を嘆いて増員要望を枢密院に出していたじゃないですか。これで我が愛すべき統括徴税官詰所の人手不足も多少は解消されるんじゃないかな?」
アーデルベルトにそう言われて、ノイマンは困ったように頭を掻いた。
「ま、まぁ……そうですね。えっと……サクマ、と呼べばいいんでしょうか」
「ああ」
「まだこの世界に来たばかりで戸惑うことは多いでしょう。でも、もし余力があれば、ここの仕事も手伝ってくれると色々助かるんですが……あ、できることだけでいいんです。うちは仕事量は多いのに人員は少ないのが悩みの種でして。今日は所用で出かけていますが、内勤で書類の処理なんかをしてくれているエルダという女性もいます。彼女を手伝ってくれてもいいですよ」
それは別に構わなかった。
しばらくはこの世界にいなければならないようだし。ノイマンに衣食住の面倒を見てもらうだけっていうのも暇を持て余すだろうなと思っていたところだったから。できそうな仕事があったら手伝ってくれと言われるのはむしろ大歓迎だ。
「わかった」
佐久間が頷くと、ノイマンが手を差し出してくる。その手を握ると彼もぎゅっと握り返してきた。
「ようこそ。我がファルミリア王国。我が統括徴税官詰所へ。今日からあなたも、ここの一員ですね」
こうして、なし崩し的にここの一員になることが決まってしまったのだった。
「とりあえず、まず頼みたいことはあのドラゴンの世話ですね。差押えてきた以上、うちで管理せざるをえませんから」
「え……」
それも、統括徴税官詰所の仕事らしい。
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