第3話
フレアの活躍により多くの黒ツグミが旧市街から姿を消した。白華園の婦人会ばかりか他の住人からの依頼も引き受け、十分な謝意と現金を受け取りフレアは帰って来た。多くの人々が安堵したのだが、黒ツグミの大群の行方までは知れなかった。西にも北にも出て行った様子はない。ではどこへ行ったのか。
黒ツグミの行方が気になるフレアだったが、ローズの目下の関心は亡くなった魔導士の別れの集いに集中している。そのため、フレアもそちらから離れることができない。
魔導士ゴロ・リクオクの正式な葬儀はフルヴォツカで盛大の行われた。その功績が称えられ現地の施政者、高官も多数参列した。
こちらで行われる別れの集いは旧知の魔導士や西方と親交のある役人や貴族、出身者である。ローズもその一人として参加するのだが、困ったことに衣装がない。いつもの外套では派手すぎ目立ちすぎる。そのため旧市街から仕立屋を招くことになっている。最上の生地を使い、最高の裁縫師に手により最速で喪服を調達するつもりでいる。
フレアは夕暮れすぐにやって来た仕立屋を塔へ迎え入れ、すぐにローズの採寸が始められた。フレアが仕立屋の指示の元、両手を上げ下げするローズの姿を眺めていると玄関の呼鈴が鳴った。応対に扉を開けると神妙な表情の男が三人並んでいた。
「こんばんは、お嬢さん」
まず目についたのはスラビア系の顔役パーシー・カッピネン。
「こんばんは、フレアさん」
「こんばんは」
その隣に五番街商店会のマカ・タマニ、最後は港湾商工会のヘイ・ヨー・ニである。三人とも面識は十分にあるが集まってやって来るのはまずない事だ。
「こんばんは、今夜は三人連れだって何の御用ですが?」
「ここで一緒になったのはほんの偶然なんですが、折り入ってお願いしたいことがあるのは皆同様です」とカッピネン。
「わかりました。でも、ローズ様は今取り込み中で……そこででも少し待ってもらえませんか」フレアは目の前の居酒屋を手で示した。 「ローズ様の手が空けばお呼びします」
「あぁ、いえ、ローズさんではなくフレアさんにお願いがあります。ここでいいので話を聞いていただけませんか」
タマニが声を上ずらせ前に身を乗り出してきた。
「わたしに?」
「はい、旧市街の公園での活躍を聞きました。迷惑な鳥の群れを追い払われたとか。こちらでもそれをお願いしたいんです」
「鳥ですか?」
「こちらの港や店、倉庫にも現れて害が出始めているんです。大事にならないうちに手を打ちたいと思いましてやってきました」
「……そうなんですか」
塔の最上階でローズの高らかな笑い声が広がった。
「笑い事じゃないですよ。絶対あの人たち気付いてますよ。わたしが鳥の群れを旧市街から追い立てたからこっちにやって来たって」
「三人とも馬鹿じゃやってられない立場だから、当然気づいてるでしょうね。他人事と笑って見ていた騒ぎがこっちにやって来た。その張本人がよりによってあなたできついことは言いにくい。けど下からの突き上げがある。仕方なくここまでやって来た。彼らとしてはよけいな面倒は勘弁してくれってところでしょうね」
「すみません」
「ところで、あなたが最近関わっている鳥って何?旧市街が渡り鳥で溢れるって聞いたことないけど」
「ローズ様……」フレアはぐっと息を吸い込んだ。
「何?」
「まさか……」この先は口にしたくないが続けないわけにはいかない。「知ってて冗談を言ってるんじゃないですよね」
「どういう意味?」
ローズの言葉を受けフレアは部屋の隅に積んである新聞の山に走った。二週間前の新聞を何部か抜き取りテーブルの上に置き、紙面を捲り始めた。そして目当ての記事を探し出した。
「これを見てください」
フレアの動きに呆れ気味のローズだったが、フレアが示した記事を目にして真顔になった。
「これは確かなの?」
「珍しくこの記事には誇張や嘘はありません。わたしも仕立屋の扉からすごい数の鳥が湧き出してくるのを目にしました」
「何かの理由で集まって来た鳥の群れを湧いたと表現したんじゃなくて、文字通りの意味だった」ローズは記事を凝視する。「日付はリクオクさんの死亡記事の三日後、そういえば、あれから新聞なんてまともに読んでなかったわ。彼の死を悼むとか手前勝手なこと言ってるうちに、彼の功績を貶めかねないところまで行ってたのね」
「何かわからないですが、お仕事は引き受けない方がよかったんでしょうか」
「行動すれば批難はついて回るわ。過ぎたことを悔やんでもしかたない。解決を目指しましょう。まだ間に合うはずよ」
港では夜とあって活動的ではないとしても多数の鳥の姿が見受けられた。停泊中の船の船体、係留綱、帆桁で鈴なりに、倉庫の屋根では密集して並び、少ない木々で場所取り争いをしている。まださほど被害は出ていないとのことだが、恐らくそれはフレアに気を使っての言葉であり、旧市街での騒ぎを聞いていればこの先どうなるか気が気ではないだろう。
「旧市街では黒ツグミが突然湧き出してくる事象に関しては収まってきているのね?」
「はい」
「それなら、召喚可能な数の上限に達しているとみていいんでしょう。とりあえずは一安心」
ローズは港が見える倉庫の一つに降り立った。フレアが姿を現すと傍にいた鳥たちはすぐさま飛び上がり何周か旋回した後で去って行った。フレアの悪評は鳥達の中で知れ渡っているようだ。
「連れてこられた鳥たちは元気そうね」
「最初に飛び出した何羽かは仲間がいなくて戸惑いますが、仲間が追いついてきたら一緒に すごい勢いで飛んでいきます」
「こちらに来て具合が悪くなって死んでしまったとかいう話は聞いたことある」
「それはありません。現れた場所が悪くて勢い余って壁に激突とかならあります」
「自分が別の場所に連れてこられたのがわからない、わからないほどに負担がかからず召喚されている。あまり知られていないと思うけどこれはすごい事なのよ」
ローズはため息をつき空を見上げた。
「それなりに力は必要なのはわかります。武器の取り寄せとかができるのは特化隊の他は一部上級幹部に限られていますから」
「彼らの用いる武器は協力的な精霊を伴った無生物でしょう。同じ術式をおびただしい数の鳥相手に行使すれば死骸の山ができるだけ、この世の生き物を狭間の空間を介し、こちら側に招き寄せるのは大変なの」
「ローズ様でもですか?」
「残念ながらね。よく言うように、わたしもあなたが知ってる神様ほどの力は持ってない」
「でも、誰かが魔法を使って呼び込んいるんですよね?」
「えぇ、実は動物召喚のための式が組まれてちゃんと魔導書にもなっているの。それを作り出したのがゴロ・リクオクよ。恐ろしく緻密で繊細な式を根気で組み上げた逸品よ。力により召喚できる数は変わっても呼び寄せる動物には負担は掛からない。
発表当時その力に驚いたわたしはそれを組み上げた魔導士の住所を調べ上げ、直接訪問した。彼はわたしが突然訪れても嫌がらず式について丁寧に説明してくれた。そこには斬新な発想なんてなくて気の遠くなるような地味な努力があった。誰でもできると彼は言ったけど、やる気になるかは別の話で、更にやり遂げるとなると別次元の努力が必要になるわ。彼の力を示した出世作ではあるんだけど、残念ながら使い道に乏しかった。大量に鳥を集めるだけじゃ大道芸と変わらない」
「あぁ……」
「残念よね。でも救いの神は現れた。フルヴァツカの高官が魔法を牛の移送に使えないかと考えた。あちらでは家畜の移送が悩みの種だった。高地での放牧と低地での冬ごもり、両方の拠点の間を大きな群れを連れて移動させないといけなかった。長い道中に立ちはだかるのは狼などの獣に野盗、迷う牛も出る、それに対応するために大量に人を雇う必要があった」
「それで召喚魔法による移送ですか」
「その通り、彼は魔法を認められフルヴァツカへ招かれた。式を要請に耐えられるように持ち前の根気で組みなおし、牛の群れにも応用できることを証明した。以来、彼はフルヴォツカに留まり後継の指導と術式の改変に当たっていた。そして酪農における英雄と称えられ、今回外国人にも関わらず国を挙げてのお葬式となった。それもあの魔法のおかげよ」
「それなら嫌なタイミングで騒ぎが起きてますね」
「まったくね。何が狙いなのか」
「……お金ですかね?」
「どうお金に繋がるの?」
「鳥を呼び出して暴れさせる。その後にお困りでしたら追い払いますよ出て行く」
「お芝居に出てきそうな詐欺ね。あなたはうまくやったようだけど」
「あれはわたしから持ち掛けたわけじゃ……」
「大丈夫よ、わかってる。詐欺目的なら誰かがもっと早く動いてそうよ」
「それなら恨みか妬みとかじゃないですか。リクオクさんの成功を妬んだ悪者が功績に傷を付けようと騒ぎを起こした」
「それなら騒ぎはフルヴォツカで起こすべきよ。こっちでは鳥の狼藉ばかり話題になって魔法の存在はまったく知らされていない」
「じゃぁ、何でしょうか」
「わからない。遅ればせながら、いつも通り進めるしかないわね。とりあえず今あの魔導書がどうなっているのかを確かめましょう」
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