第2話 箱庭は今日も快晴也 後攻

「刀って、二振りだけでも生きていけるのかな。」


 ついさっきまで書類に真剣な面持ちで向かっていた主が唐突に発した一言。遅くまで頑張っている主を励ますために用意した簡単な茶菓子に手を伸ばしながら凝り固まった身体をほぐしているのを横目で見つつ、僕でも処理できる紙束に目を通していた時だった。この人が突飛なことを口走るのは今に始まった事ではなくて、その度に嗜めるのが僕の役割だったんだけど今日は何故だか少しだけその発言に興味が湧いた。悪意も何も感じさせない純粋な思いつき、単なる恣意。しかしそこにはエゴしかないと知りながら、結果好奇心が勝った。

「周りと溶け込まないってことかい?」

「いや、相手の刀しか知らない刀剣男士。できないかな。」


 二振りのみとなると例え練度があがったとしても出陣できる合戦場は限られるだろう。二対六はだいぶ堪えるだろうから。精々会津辺りではないか。それに同じところばかり周回していたら合戦場の適正値を超えてしまうから難しいのでは。それならば共に出陣させる刀を新入りに変えればいい。お役御免になった刀はどうするんだい。連結させたらいいんじゃないか。


 ……いつしか夢物語から始まった想像は現実味を帯びていった。刀装は相手が作ったもののみ。本丸内でも他の刀と鉢合わせないよう裏門に一番近い部屋から出させない。部屋数や敷地面積にも限度があるので完全に隔離するのは一振りのみ。もう一人は部隊長など多少他の面子とコミュニケーションが取れるようにしておく。ならばもはや他の刀を知らない彼は主の存在すら概念に過ぎないのではないか。いつしかお互い作業も忘れ「誰か一振りしか知らない刀」の理想図を描き続けていた。


「大倶利伽羅」

「……は。」

「だから、今話してる誰か一振りしか知らない刀。彼なら元々馴れ合いは好まない性格だし、離れた部屋にいても却って静かで落ち着くんじゃないかなって。」

「確かに倶利伽羅はそういうところあるけど……でもそれなら誰が補佐役になるっていうんだい?」

「そんなの、」

 光忠しかいないよ。そう主は囁く。折角ここまで話が膨らんだんだからどうせ試すならここにいる人の方が一番勝手を分かっているんじゃないか。つらつらと主の口から滑り落ちる言葉をぼんやり聞いていると、それも悪くないような気になってくる。僕しか見えない倶利伽羅、僕しか知らない倶利伽羅。誰の影響も受けず、僕の思うがままに全てを受け入れてくれる存在。それがただただ魅力的で、罪悪感や人道的じゃない事なんて僕の中からは露のように消し飛んでいた。


 数日後、厚樫山に篭って練度1の僕と倶利伽羅をできるだけ短い間隔で探す作業が始まった。いつ出会ってもいいように刀を拾いに行くのは近侍である僕が全面的に請け負っていた。ものの数回の出陣で2人を無事確保し、一度引き返してからもう一振りの光忠を見つけるまで他の刀は意図的に拾わないようにした。受取箱と呼ばれる狭い一室でも、実際に本丸の一員になってからも絶えず両脇を僕で固めるための策だった。


 人がいない時間を見計らい物語の主役となる倶利伽羅を部屋に案内するのは二振り目の僕の仕事。僕がやるべきことは、

「ねえ、君達。ちょっとだけ伝えたいことがあるんだけど……いいかな?」


 受取箱から出てきたばかりの燭台切光忠二振りを僕の部屋に連れ込む。周囲に誰もいないことを確認し確実に邪魔が入らないことを確信した僕は、素早く彼らの手を掴んで自分の方に押し付ける。ほぼ同時に二振りの身体が小さく跳ね……記憶の共有が始まる。


 他所の本丸はどうか分からないけど、ここでは同じ種類の刀が極度に近づくと互いの記憶が共有される。本来ほとんど使う機会はない上、常時二振り以上顕現しているのが僕と大倶利伽羅くらいしかいないからその存在を知る者はごく一部だ。「近づくと記憶が共有される」とは言ったけどある程度慣れてくると共有の内容、対象を詳細に指定することだって可能だ。必要な情報だけを相手に伝える事も、……相手に耐性が無ければ己の全てを共有し心ごと上書きしてしまう事も。二振り目の僕にも同じ要領でするべき事だけを伝達した。今彼らにしているのはさっきの二択でいう後者。記憶を心を魂を、完全に僕と同期させる。いわば分身。この瞬間から彼らは今までの僕と同じ存在となり、倶利伽羅を閉じ込める檻と化すのだろう。そう考えるだけで頭の芯が甘く痺れてくる。最後に起こったことは逐一僕に報告するよう義務付けさせて二振りを解放する。


 ……さあ。折角の晴れ舞台だ、格好良く行こう。

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愛が言えない太刀 刀英光 @toeilight2018

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