第27話 黒崎寧音の出会い

 黒崎寧音を連れて来たのは、村井だった。山田は、村井にアンティークの喫茶店に来るように誘われた。男二人だけでは、十分と間が持たないから、昼間そこで会うのは久しかった。村井は、何か思わせ振りなことを口にしておきながら、なかなか姿を見せなかった。待ち合わせの時間を、二十分過ぎた。山田は、もう帰ろうかと思ったところで、ようやく村井が店の扉を開けた。最初その子は、たまたま村井と同時に、ここへ入店して来たのだと思った。それほど村井とは、まるで無縁な女の子だった。山田は一目見た瞬間に、若いと心を躍らせた。普段は大学生を見慣れている所為もあるが、その子は明らかに生命力にあふれて、輝いて見えた。眩しかった。村井が有頂天になるのも、仕方がなかった。

「悪い、悪い。遅くなった」

 村井は、わざとらしいほど愛嬌を振りまいて、白い歯を見せた。女の子は制服こそ着ていなかったが、恐らく高校生だろう。手足が長く細身で、日焼けした小さい顔に、髪は短く切って活発そうなのが、目鼻立ちは凜々しく、可愛らしい女の子の印象を与えた。服装も白と黒で揃えて、女の子に清潔感を添えた。ただ短い髪に挿した、猫のキャラクターの髪留めは、幼い女少の趣味だった。村井は、黒崎寧音ちゃんと紹介した。山田は、山田とだけ紹介された。山田はその髪留めを見たからではないが、この黒崎寧音にどこか子猫に似た、愛くるしさを感じずには居られなかった。

「村井が、こんな可愛い子と知り合いだなんて、初耳だな。どこで知り合ったんだ?」

「まあね」

 得意顔の村井はそれだけ言って、にやついたまま、後は何も教えなかった。それで代わりに、山田がまめにしゃべることを強いられた。黒崎寧音は、人見知りするような感じではなかった。山田が話し掛ければ、物怖じせずに、はきはきと答えた。そればかりか、黒崎寧音の方からも、山田に質問を返してくることもあった。山田は、こんな年下の子と話す機会がなかったから、彼の方がどぎまぎさせられた。黒崎寧音の質問は、大概大学のことが多かった。

「サークルは、何がありますか?」

「大学の講義は、面白いですか?」

「入試は、大変でしたか?」

 それで、山田も自然と黒崎寧音の学校のことを、聞き返すのが多くなった。学校は楽しいかとか、クラブは何かやっているのとか、得意な科目あるのとか、山田の質問はあまり目的のない、彼女を中心とした質問ばかりだった。黒崎寧音は、山田の思ったように、近くの短大の附属高校に通う女子高生だった。それは、村井の口から聞いた話だった。村井は、黒崎寧音が山田の問いに答えるたびに、彼女を賛美する言葉を唱え、山田の知らない事情を補足した。黒崎寧音が吹奏楽をやっていると言えば、村井がフルートを吹くんだよねと付け足した。古文や歴史は好きだと答えれば、村井が理数系は苦手なんだよねと口を開いた。まるで自分の家族か、恋人のことを自慢するようだった。

「じゃあ、今度一緒にドライブに行こうよ」

 話の流れで、何の気なしに山田が誘ったときも、村井が透かさず、寧音ちゃんは家の門限が厳しいから、ドライブには行けないんだと言った。山田は、村井の過保護振りに、苦笑するしかなかった。その門限が理由ではないが、その後すぐに黒崎寧音は、彼らを残して先に帰ってしまった。村井は、何度も送るよと言ったが、結局黒崎寧音は、大丈夫ですと丁寧に断った。

 黒崎寧音が帰った後は、山田たちのテーブルは急に静かになった。喫茶店の中が、余計にひっそりとして感じられた。二人で話す話題も、黒崎寧音が全て持ち帰ったくらいに思えた。ただ彼女のことは、詩織と薫には絶対に内緒にしようと村井が耳打ちして、山田と二人で誓った。山田も正直、村井の思案に賛成だった。詩織たちの顔を思い浮かべれば、とてもこんな事話せる気がしなかった。

 この頃、村井の態度は明らかに変わって見えた。いつもどこか浮かれていて、まるで十代の女の子がはしゃぐように、意味もなく四六時中浮き浮きしていないと困ってしまうというくらいなのだ。気分も態度も大胆になった。服装にも気を配って、必死に若作りするのが、端から見ていて痛々しくもあった。若さで張り合っても、十代に敵わないのにと、山田を呆れさせた。

 毎日というわけではないが、山田は村井と昼間、黒崎寧音に会って話をした。夜は詩織と薫と、いつものドライブを楽しんだ。両手に花とは、この事だった。村井は、これだけ浮かれているのだから、山田の居ない所でも、黒崎寧音と恋人みたいに二人で一緒に居るのだろう。村井は、それについては、何も教えたがらなかった。秘密、秘密とはぐらかす。秘密は、詩織の専売特許のように考えていたが、違っていたようだと、山田は思った。しかし、その割には、村井はわざわざ山田の所へ、黒崎寧音を連れて来て、自慢するようにするのだった。山田は知らず知らずのうちに、村井へ羨望の眼差しを向けさせられているようで、日々の嫌な出来事よりも余ほどこちらの方が応えて、彼の気持ちは次第にしぼんでいった。

 だからというわけではないが、ときどき起こる黒崎寧音との、ちょっとした諍いも、山田は完全に傍観者でいられた。それは、村井におおよその原因があった。村井は、彼女を束縛しすぎるのだ。山田が脇で見ていても、開くに耐え難いと思うことがあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る