第15話

 翌日、早速真奈美のスマートフォンに担当からの連絡が入り、検査の日時と場所が告げられた。婦人科ドックに入る当日、担当に出迎えられたが、その担当と言うのが、以前オフィスの中に入れてくれた失礼な男であり、三室という名であることを知った。


「君がスカウトされるとはね…」


 真奈美を見た三室は、開口一番そう言って彼女を出迎えた。


「ここで脱いだら納得してもらえます。わたし、裸になったら凄いんです」


 三室は笑いをかみしめながら、真奈美を守本クリニックの婦人科ドックへと導いていた。


 真奈美へのメディカルチェックの項目は半端ではなかった。身体測定、X線骨密度検査 (DEXA法)、眼科、聴力、尿、血液などの一般的な検査から、真奈美が今まで見たこともないような最新機器を使用しての循環器、呼吸器、消化器の各検査。特に婦人科に関する検査は、子宮体部細胞診(子宮体がん検査)、黄体形成ホルモン・卵胞刺激ホルモンなどの女性ホルモン検査、エストラジオール・クラミジア・トリコモナス・カンジダ感染・淋菌・ハイリスクHPV検査・HIV抗体検査・梅毒反応などのSTD検査、そして各種腫瘍マーカー、遺伝子検査、染色体検査など、思いつくありとあらゆる検査が彼女を待っていた。


「これをクリアできたら、わたしは完ぺきな女性ってことね」

「でも女性としてのセンスは検査できないからなぁ…」


 真奈美の独り言も聞き逃さず、三室がちょっかいを出す。真奈美が気分を害して三室に応酬した。


「体力測定はないんですか?あたし凄い自信があるんですけど…」

「看護師さん、いつもはやらないけど、この娘には性別判定のDNA検査を特別にお願いします」

「ウギーッ!」


 悔しがる真奈美を尻目に、三室は笑いながら彼女を看護師に引き渡した。


 実のところ真奈美は、まるで競売される食用牛が、値段をつけられるために検査されている気分になっていた。これから自分の身体に振りかかることを考えるとやりきれない気分ではあったが、そうすると決めてしまった今では、もう自分の不遇を嘆き続けていても仕方がない。今日家を出る時には、努めて明るく元気に振舞おうと心に決めていた。


 ところで、この検査で不合格になったらどうなるんだろうか。また、今日をのたうち回る泥沼の生活に後戻りだ。マンモグラフィで乳房を挟まれた痛さに耐えながらも、合格していいのか、しない方がいいのか、複雑な心境に陥っていた。


 一日かけてすべての検査を終えると、豪華なお重のお弁当が真奈美を待っていた。検査のため前夜から食事を抜いていた彼女は、着替えもせずにお弁当にかぶりついた。


「その食べ方見ても、なんで社長が君を欲しがったのか、不思議でしょうがない」


 真奈美は、海老フライをくわえながら顔を上げた。ドアに三室が寄り掛ってこちらを見ていた。


「この仕事に食べ方なんか関係あるんですか?」

「あるよ。遺伝子が適合する複数の候補の中から、最終的には、クライアントが見て自分達の代理母を決めるんだ。そんな食べ方してたら、選んでもらえないよ」


『もしかしたら、良いこと聞いちゃったかも知れない…。』


 箸を置いてそんなことを考え込む真奈美に、勘違いした三室が悪いことしたような気になって言葉を継ぎ足した。


「まだ合格したわけではないんだから、今は好きに食べればいい。今日はこれで終わりだ。食事が終わったら帰っていいよ。検査の結果は2、3日後に伝えに行く」


 三室は、お疲れさまというように片手をあげて部屋を出て行った。真奈美は、そんな三室に軽く挨拶すると、また考えにふけった。そうだ、少なくともこの世界に入ったなら、経済的に家族のことを心配する必要はなくなる。身軽になった分、これからはこの世界でどうやって自分を守り抜くか、そのことだけに集中すればいい。真奈美は、そう考えると少し気が楽になった。さあ、やがてやって来る地獄に備えて、体力を養おう。真奈美は食事を再開した。

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