第11話
会議デスクの中央に座る秋良。そして彼を取り囲むようにして、3人のマネージャーが顔をそろえていた。
「それでは、さっそく会議始めましょう」
秀麗はいつも通り会議の進行役として最初に口火を切った。
「休めばよかったのに…」
マネージャーのひとりである三室の非難めいた発言に秀麗がすかさず反応する。
「あたしが居ないとみんな仕事しないでしょ。一日たりとも、あんた達を遊ばせておくわけにはいかないの」
「はいはい…」
「まず守本ドクターからお願いできるかしら」
メディカルマネージャーの守本が書類を開いて報告を始めた。守本ドクターは、このプロジェクトの生殖補助医療全般を担当する。表向きは、秋良からの資金提供により不妊治療を専門とするクリニックを開業しているが、患者ネットワークの中からどうしても子供が欲しくて悩んでいる富裕層を選択して、代理出産を持ちかける営業の役目もしている。
「口コミが広まっているのか、代理出産に対する問い合わせが多くなっている。今月だけでも20件の問い合わせがあった。苦労してこちらから持ちかけていた頃が懐かしいよ」
「合法なビジネスをしているわけじゃない。宣伝がいき届き過ぎるのも問題だ」
秋良が森本ドクターの発言に鋭く突っ込む。
「しかし、実際良質な新生児を提供し続けているんだから、依頼者の感謝の口をふさいで回ることは不可能だよ」
「ウテルスのストックも豊富とは言えませんよ」
リクルート兼ストックネージャーの三室が割り込んできた。秋良たちは人権の概念が生じないよう日本人代理母をウテルスと呼んでいる。
「実際これ以上依頼が増えたら、対応が出来ないと思います」
三室の表向きの仕事は、秋良達と作った会員制高級プライベート倶楽部のマネージャー。実際の担当は、日本におけるウテルスのリクルートと管理だ。三室が報告を続けた。
「ストックされている12胎のウテルスのうち、8胎が妊娠中。先日帰国したウテルスは再使用可能かどうかの確認中だから…。現状で稼働できるのは3胎しかない」
秋良が守本ドクターに再び投げかける。
「ドクター、確認中のウテルスは、どうだ?」
「再使用は無理だろう」
秀麗もドクターに問いかける。
「出産後に幻聴が聞こえるとか言ってたけど…」
「自分の遺伝子とまったく関係ない受精卵とはいえ、自分の子宮の中で、自分の血液を通わせて養った新生児を、何度も手放していると、ホルモン異常を併発し、幻聴やうつを引き起こすらしい。どうも母性と関連のある脳の潜在的部分が強いストレスを感じるらしい。大変興味深い症例だけど、学会で発表できないのが残念だよ」
自分達のビジネスは、女性を壊しているかもしれないという守本ドクターの報告に、男性陣が黙りこむ中、秀麗は顔色ひとつ変えずに言葉を引き取る。
「つまり現状は、需要に供給が追いつかないということね」
三室が秋良に向って提案した。
「もっと採用基準を緩く出来ないですか。そうすればリクルートも楽だし、ストックも増やせるんだけど…」
秋良が即答する。
「だめだ。出産適齢年齢の25歳プラスマイナス3年が、ウテルスが一番柔軟でフレッシュな期間だ。だから、遺伝子適合と感染症リスクも考慮して、22歳から28歳までの未婚の日本人女性という基準を設定した。畑の土のクオリティを下げるわけにはいかない」
三室は肯きながら、テーブルに視線を落とした。
「わたしからも言わせてもらうと…」
秀麗の担当は、妊娠したウテルスと依頼主を海外に連れていき、出産とともに新生児の受け渡し、出生証明及び戸籍登録などの契約の仕上げを受け持つ。
「たび重なる出産で、受入側も強気になったみたい。病院経費と出生証明発行手数料が上がっているわ。それに、日本大使館もそろそろ疑い始めている節もあるし…。需要が増えようが増えまいが、今後は受入国の複数化も視野に入れないと、このまま続けられないかも」
ひと通り報告と意見を述べ終わった各マネージャーは、秋良を見つめて彼からの言葉を待った。
「需要が多いからと言って、むやみに供給を増やすのは得策ではないようだな。ドクター、今後は、受注基準をあげて、受注数を制限してくれ」
「代理出産のモチベーション基準を上げるか?」
「いや、わが社の売りはコンビニエントだ。代理出産の動機についてうるさいこと言わない利便性を失ってはいけない。ここはシンプルに料金を上げることにしよう。秀麗、新しい基準のタリフを作ってくれ」
「わかった。」
秀麗は返事をしながら、持っていたアイパッドにメモをした。その後も議論が続いたが、予定されていた時間にもなり、秀麗は発言を止めて出席者全員を見回した。
「CEOが良ければ、今日はこの辺で会議を終わりにしましょう」
秋良のうなずきとともに、出席者は一斉に席を立った。秀麗と守本ドクターが出口に向かう中、三室だけが秋良に近づいてくる。
「この前の宅配便の姉ちゃんは、その後どうですか?連絡ありましたか?」
「ない」
「そうですか…でもやりたいって言ってきても、男みたいだから、クライアントがウテルスとして喜ばないんじゃないですかね」
「いや、あれで結構…」
秋良は、言い掛けて途中で言葉を飲んだ。秋良の視線の先には、彼のもとに配送されてきた小さな箱があった。中には、先日秋良が真奈美に買ってあげた服や靴が入っていたのだ。
「お前がどう思うとも…俺はぜひとも彼女を欲しいと思っている」
「おや、珍しいですね。社長がそんなに入れ込むなんて…。だったら自分に任せてくれればいいのに。彼女が来た日だって、直接手掛けるなんて言うから…」
黙ったまま返事を返さない秋良を見て、三室はニヤつきながら言った。
「すこし揺さぶってもらいましょうか?」
「ああ、頼む」
秋良は三室と視線も合わさずそう返事すると、自分のデスクでキーボードを忙しく叩き始めた。
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