第5話
やがてエレベーターが制止すると、小さな鐘の音とともにドアが開く。目の前に1階のロビーよりも広いスペースの社長室が現れて、真奈美の度肝を抜いた。側面に何台ものモニターが設置されたオーディオビジュアルコーナーがある。その横にプロジェクターとスクリーンが配置され、いくつものLAN端子がのぞくワークデスクがある。ウエブ会議が出来る会議室と言っても、きっと今の真奈美では理解できなかったろう。対角には、ヨーロッパデザインの応接セットとバーカウンター。なんとアンチークなビリヤード台まであった。この部屋の主はどこかと探すと、はたしてアポロンは、一番奥の大きなマホガニー調のデスクで、PCモニターを覗き込みながら盛んにキーボードを叩いていた。
「すぐ終わるから、ちょっとそこに掛けて待っていてくれ」
アポロンは真奈美に一瞥もくれずに、聞き覚えのある低い落ち着いた声で言った。真奈美はそう言われたものの、あまりにも広すぎるオフィスの何処に腰掛けたらいいか見当がつかない。途方に暮れて立ったままアポロンの作業が終わるのを待った。
「…待たせたな」
ようやく顔をあげたアポロンは、真奈美の姿を見て凍りついた。それと同時に、アポロンに直接見つめられた真奈美の身体も凍りつく。初めて会った時はサングラス越しで解らなかったが、直接見る彼の瞳は、すこし緑がかっていた。その瞳で見つめられただけで、なんで自分の身体が硬直するのか真奈美はまったく理由がわからない。これじゃバンパイアに狙われた処女同然だ。一方、アポロンの凍りついた理由はすぐにわかった。
「君は、プライベートでも、その制服で人に会いに行くのか?」
アポロンは首を振りながら、真奈美に近づいた。比較的上背のある真奈美より、さらに頭ひとつ長身のアポロンは、今は上着を脱いでいた。白いドレスシャツからも、その肩幅の広さと胸板の厚さが容易に想像できる。アポロンが近づくにしたがい、真奈美の胸の高まりが激しくなる。あんまり近づくんじゃない。胸の鼓動に気づかれてしまう。
「それに、この髪に…この肌…。いくら肉体労働だとは言え、無関心過ぎないか」
ついにアポロンは、真奈美の髪を指でつまむぐらいの距離までやって来た。真奈美は男の『香り』というものを初めて五感に感じた。それは『匂い』という鼻に着きそうな雑なレベルのものではない。身体が包まれるように感じる繊細で柔らかなものだった。真奈美は落ちそうな自分に慌てて鞭を打った。
「仕事終わりで急いできたもので…不快にさせてすみません。でも、家に着替えに帰っても、結局ご期待には沿えないかと…」
アポロンはしばらく腕組みをして真奈美を見つめていが、やがてデスクに戻り上着を引っ掛けると彼女の腕を取った。
「一緒に来い」
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