第2話
真奈美は、顔を含む身体の部分ひとつひとつのどれをとっても、男が見とれるほどの麗しい作りではない。しかし、学生時代からバスケットで鍛えた身体は、全体のシルエットで見ると、とても均整のとれた美しいプロポーションを呈している。こんな失礼な言い方を許してもらえるなら、後ろ姿に見惚れた男達が、その容姿を確認したいがために、足早に歩いて前にまわり、ちょっとがっかりしてそのまま歩調を緩めず歩き去っていくタイプの女性なのだ。ゴージャスと言うよりはアスリートで、学生時代に鍛えられたその恵まれた身体は今では、家族を支えるために一心に働くことに、いかんなく発揮されている。高校三年の時に、事業に失敗して亡くなった父の負債を背負い、病身の母を看護し、まだ学生の妹の面倒をみる。まさにドラマのごとく、泥沼にあえぐ悲運の主人公そのままの彼女だが、残念ながら現実ではドラマと違って彼女を助けてくれるような運命の人が現れるようなことはなかった。
今夜も、数えられないほどの荷物の宅配業務を終えてやっと帰宅したのだが、アパートの門の前でたむろする下品な身なりの男達を見ると、疲れて丸まった背筋を再び伸ばして戦いに備えた。家族を守れるのは自分しかいない。
「なんか御用ですか?」
男達は、声の主を一斉に見た。宅配便の制服姿の真奈美の姿を認め、相手が男か女かしばし確認しているようだった。
「あんた、森さんの家族かい?」
男は、煙草をくわえたまま真奈美に言った。
「ええ、長女です」
「女か…」
男達は、ニヤつきながら露骨に真奈美の身体を眺めまわした。
「徳間ローンのお宅の負債だが、その債権がうちに移管になったから、一応ご挨拶にと思ってね」
男は、名刺を真奈美に渡した。真奈美でも手にした名刺に表記されている会社がまともではないことは容易に想像できた。
「近いうちに債権移管通知が届くと思うんでよろしくご確認を…」
男は、真奈美の顔にタバコの煙を吹きかけた。
「今夜はご挨拶だけだから、これで帰りますが、うちは、徳間ローンさんと違って、返済遅れには甘くないから、そのつもりでお付き合い願いますよ」
くわえた煙草を真奈美の足もとに投げ捨て、男達は去って言った。ああ、泥沼はまたその深さを増したようだ。真奈美は、男達を見送ると、気分を入れ替えて部屋のドアにキーを差し込んだ。
「ただいま」
「ああ、お姉ちゃん。今、外で…」
「大丈夫。追い帰したから。ところでミナミ、お母さんの病院に肌着を届けてくれた?」
「ええ、届けたけど…。今の男の人たちは…」
「ああ、お腹が空いた。ミナミもお腹空いたでしょ。すぐご飯作るから、待っててね」
真奈美は、ミナミの問いを遮って台所に直行する。そして余計な心配を妹にさせたくなくて、話題を変えた。
「ところでミナミ。安室のライブチケット取れたの?」
「今回もアウトね…ところで名前の呼び捨てはやめて。ちゃんと安室さまと呼んでくれない」
「ハハ、まるで宗教ね」
「違うわよ。私はアーティストとして尊敬しているのよ。5大ドームツアーはどれも、チケット入手が至難の業なんだから…。ああ、わたしも安室さまみたいに、ドームを一杯に出来るアーティストになりたい…」
「だめよ。あんたはちゃんと大学行きなさい」
「大学行ってもお金がかかるばっかりだし…」
「ばかね、アーティストになる方がよっぽどお金がかかるわよ。歌と踊りのレッスン。エステ、それに…あなたの場合は、美容整形の費用もばかにならない」
「お姉ちゃんの意地悪。」
料理を作る湯気に包まれながら、台所で交わす姉妹の明るい会話は、真奈美の疲れを癒す最高の妙薬だった。
「小池社長。彼女ですが…いかがですか?あんまり美人じゃないが…」
家の台所の明かりを眺めながら、秋良の車の助手席に座った男が言った。
「美人かどうかは関係ない。年齢は?」
「確か24才のはずです」
「そうか、年齢的には適合だな。体型も悪くない。しかし…身体の中のことだから、検査をしてみないとわからん」
「とにかく、誘いを断れる境遇じゃないことは確かですから。これ、あの家族のプロフィールです」
男は、秋良に封筒を渡した。
「ああ、早速アプローチしてみる」
「検査に合格したら、負債の全額返済と手数料をよろしくお願いしますよ」
男はそう言うと秋良の車から出て言った。秋良は、彼が去り際に車内に残した下卑た笑いを洗い流すように、エンジンを始動させてカーオーディオの音量を上げた。
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