第四篇

 毎週水曜日、純と仲間のバンドであるクレイジーオニオンズはスタジオに入り、練習する。

 スタジオに入る爲にはまず電話をして、いつの何時から何時に入るか、豫約しなければならない。然し何故だらう。メンバーの誰も電話をかけたがらない。

 遂に豫約が入れられない儘、時間だけが過ぎることが此れ迄に何度も有つた。だから、其れではまずいといふことになつた。

「面倒臭いんだよな」

と、ベース担當の石橋が云つた。

「何で俺がやらなければいけないのか、と思ふし、誰かが電話すればいいと思つて結局やらないで仕舞ふ。でも皆がさうやつて電話しないのも困るから、電話係を順番に囘してゆくしかない」

「石橋の云ふ通りだな。では其の樣に、此れからはやつてゆかう」

 かうして再び練習が出來るやうになつた。ライブまで餘り時間は無い。


 スタジオに入ると、石橋が云つた。

「新曲を作つてきた」

そして、何やら彈き始めた。まあ惡くはない曲だな、と純は思つた。ドラム担當の藤田は少し困惑してゐたが。

 三人で適當に合はせて、今度のライブで急遽演奏することになつた。何となく話を合はせて、石橋や藤田の機嫌を損ねぬやうにヘラヘラしてゐた純であつたが、内心では腑に落ちないところも有る。「僕が作つた曲も有るといふのに、彼らにメールで送つても聴きもしない。聴かないのはただ單に面倒臭がつてゐるだけだ。其れで其の後練習になつて、『此の間送つた新曲、あれはとても自信がある。ライブでやつてみやう』と云つたところで、『聴ひてゐなかつたから分からない』などと吐かし、結局やらないんだ。クオリティは僕が作つた曲の方が完全に高いし、今迄も僕の曲で其れなりに良い評價を受けてきた。あいつらの曲も惡くはないが、勢ひ任せで幼稚な曲ばかりだ。さういふ曲が有つても良いが、最近はそんな曲ばかりだ」と思つた。思つてはゐても、石橋が曲を作つてくることは良いことだし、さういふ風に樣々な曲調でやつてみるのも樂しい。といふ感じで納得して仕舞ふのである。

「此の曲ではこんな風にやつてみやう」

と藤田が云つて、曲のアレンジが決まつてゆく。最初はよく分からない儘演奏してゐる事も有るが、後に客觀的に聴くと其の良さが分かる。さうやつてクレイジーオニオンズのサウンドが出來てゆくのである。


 純たち三人は大學生であるので、基本的には學校の勉強をしながらアルバイトもして生計を立て、そしてバンドもやつてゐる。從つて金は無い。演奏の技量も大したことはない。ただ若さゆゑの情熱のみでやつてきた。三人ともやる氣は十分に有つたし、樂しんでやつてきた。其れは奇跡的で且つ素晴らしい事だと純は思つてゐる。


 練習が終はり、

「ラーメンでも食べて歸らうか」

と誘つてみた。

「濟まぬが金が無い」

と石橋が云つた。

「明日早いから」

と藤田も斷はつた。相變はらず附き合ひが惡い奴らである。彼らと仲良くバンドをしてゐることがやはり奇跡のやうに思へた純であつた。

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