第1項 『運命は自分で作ってください』



「ごめんなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!」



 蹴破るようにドアをあけ放ち駆け込んできた女性から、開口一番とんでもない声量の謝罪が飛んできた。


 人間の口からこれほどまでに大きな音が出るものなのか。


 あまり至近距離で大声を出さないでほしい。最近妙に痛み出した胸の痣に響く。


 俺は壁に掛けられたランプに照らされ煌々と輝く自慢の赤毛を弄りながら、一瞬だけそっぽを向いた。


 いくら他人のふりをしても無意味な状況とは知りつつ、反射的にだ。


 それだけ今目の前に立っているこの女性は、色々と危ない雰囲気だった。


 ギルド館内の冒険者たちは一度会話を止めこちらに振り向くが、すぐにまた自分たちの用事に向き直る。


 館内が騒がしいのはいつものことなので本来なら一々咎める者もいないのだが、俺の場合さすがに目の前で騒がれると立場上注意せざるを得ない。


 俺は椅子から立ち上がってカウンターから身を乗り出しながら目の前の女性をなだめに入った。



「落ち着いて下さい。御用があるならあとで伺いますから、そこのドアから奥の部屋にお入り下さい」



「あれっ!?聞いてませんか?あたし今日から…あ、正確には昨日からなんですけどここでフゴッ!?」



 俺は彼女の口を左手で押さえつけ、右手親指と顎で力を込めて裏の部屋につながるドアを示した。


 本当はこの女の素性も、ここに駆け込んできた理由も慌てて謝っている理由もすべて想像がつく。


 しかし現在俺は勤務中。受けるクエストを選んで依頼書を持ってやってくる冒険者に対応しなければならない。この場から離れるわけにはいかないのだ。


 そしてこの女性は今いまいち冷静さを欠いているため細かい説明や指示をすぐに聞き入れることはできないだろう。


 そう判断し、多少強引に静かになってもらうことにした。



 ―――ここは『マグヌス冒険者ギルド』ラウンド支部。



 我らがオーレン王国直属の正式な大規模冒険者ギルドの館である。


 支部とはいえ、人口が多く商業も工業も栄えているため人の行き来が激しい、通称繋がりの街ラウンドに存在する立派なギルド館である。


 故に仕事量もとてつもなく多いし、俺の対応を待っている冒険者が今か今かと縦に列を作っている。


 そこにズカズカと現れて列を乱した人間を優先してしまったとあっては大規模ギルドの名折れというもの。


 彼女は慌てながら無言でウンウンと力強く頷き、指さされたドアを開け中へと歩いて行った。




――――――――――――――――――――――――――――――




 俺は冒険者たちの列が途切れるのを見計らってから即座にカウンターを閉じ、ちょうど手の空いた職員がいたのでその人に引き継ぎをして女性が待機している部屋へと向かった。


 向かう途中にある職員用掲示板に貼ってあった紙を剝がしてポケットにしまいながら。



「や、お待たせ」



「あ…ど、どうも」



 本当は列が途切れるまでに他の職員が対応してくれないか少し期待していたのだが、開けた部屋の中で例の娘が1人寂しく机に肘をついているのを見てダメだったのだと悟った。


 まあ、この忙しい時間帯に自分の仕事を増すような行為など誰もやりたくないはないだろう。


 俺だってやりたくないのだが……。


 こればかりはあの娘が自分に話しかけてきたのが運の尽きと諦めるしかない。


 しかし話しかけるなら入口から入って正面の人間にすればいいのに、なぜ距離のある俺のカウンターまで来たのか謎だ。


 俺は彼女の正面の椅子に腰掛けると、先程ポケットに入れた紙を取り出して机の上に広げた。いわゆる経歴書という奴だ。


 これには目の前の女性の名前や年齢、職歴などの情報が書かれている。



(ウェイライ・ワード23歳、同い年ねぇ。こんな若いのに本部勤めとか。く、エリートめ)



「あの〜、そろそろ…」



「あ」



 夢中になって経歴書を見つめてしまっていたが、声をかけられて我に返った。


 そうだ、いつまでも無言でいるわけにはいかない。


 というか、目の前に本人がいるのだ。


 こんな紙切れに頼らずとも必要なことは本人に訊けばいい。手早く済ませよう。



「えっと、君が付で本部から異動してきたウェイライ・ワードさんで間違いないね?」



「はい!そうです!」



 とても大きな返事が返ってきた。


 あの時は慌てていたから大きな声になっていたのだと思っていたが、もしかしたら元からなのかもしれない。



「俺はユーゴ・パーカー。一応ここの職員で、担当は



 言いながら俺は、首に掛けてあったネックレスを取り出してそこについていたシンボルを一瞬だけチラリと見せた。


 それを見た瞬間ウェイライの目の色が変わる。


 俺が見せたのは太陽のイラストが描かれた金属製のプレート。太陽の真ん中に大きな1つ目の特徴的なデザインが打ち込まれている。



「あ、ユーゴさん《天の目サンヘッド》だったんですか。お勤めご苦労様です!」



 ビシッ!と音の響きそうなほどに力強く敬礼をするウェイライ。


 一挙手一投足が一々パワフルな子だ。



 ―――天の目サンヘッド


 通常のギルド職員の仕事に加え、ある特殊な業務を課せられた役職。


 特殊な業務の内容は様々あるのだが、どれも命の危険が伴う危険なものばかりの汚れ役である。


 その代わりに様々な特権が与えられており、ギルド職員や国の役員などが見れば一目でそれと分かるマークが刻まれたアイテムを渡されている。


 先程見せたネックレスもその1つ。



「と、いうわけで普段は忙しいところの補助に回るフリーポジション。本当は君に対応するのは人事担当の仕事のはずなんだけどね。みんな忙しいらしいから今は俺の仕事」



「それは…お手を煩わせてしまって申し訳ございません」



 これに関しては別にウェイライ本人が悪いわけではないので構わないのだが、それよりも問題なのは……。



「で、なんで昨日は来なかったのかな?」



「う…っ!」



 そう、この娘。本来なら昨日から勤務のはずだったのにも関わらず来なかったのだ。


 俺が今ここに座っているのも半分くらいはそれが理由とも言える。もう半分はこの娘が俺に話しかけてきたことだ。


 つまり全部こいつのせい。


 予定通り昨日来てくれていれば、俺は昨日が休日だったので余計な仕事を増やさずに済んだのだ。



「いやぁ〜、その…そうだ!ゴブリン!ゴブリンに馬車を襲われまして!」



「そうだ、じゃないよ。今この場で考えたってバレバレだぞ」



 たしかに最近ここ近辺でのゴブリンの目撃情報が増えてきているが。



「ちょ、ちょっと待ってください!ゴブリンがいたのは本当ですよ!」



「そりゃいるさ」



 石投げれば当たるレベルで。問題は本当にそれが原因で遅れたのかということ。



「あー!その言い方信じてないですね!これ―――」



 ウェイライがなにかを言おうとさらに口を大きく開こうとしたその時。



「よう!や〜っと来たんだってな例のエリートさんが!」



 先ほどの謝罪と同量の、耳を覆いたくなるほどの大声が響くと同時、部屋の扉が勢いよく開け放たれた。

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