Ideal’ Garden 〜ギルド職員は冒険者より多忙です〜

@RinRin1017

第0項 『読まなくても構いません!』


鉛色に覆われた空が包む薄暗い世界。


 広く厳しい荒野に行き場を失った風が、佇む髪を揺らし頬を撫ぜる。


 その微かな動きにすら動揺し、ビクリと体を震わせてしまう。


 決して大袈裟な反応ではない。ここは…この土地はただそこに立っているだけで死と隣り合わせの危険なエリアなのだから。


 『彼ら』に見つかれば戦闘は避けられない。命のやり取りをせざるを得なくなる。


 『アレ』に見つかれば確実に殺される。


 しかしそれでも、命の危険を冒してでもやらなければならないことがあった。


 しっかりと握り込んでいたはずの拠り所の御守りはいつの間にか手の内から消え失せ、後に残った嫌な汗の感触だけが伝わってくる。


 もう片方の手に持っていた日傘を閉じ、杖代わりに地面に突き立て体重を預けた。


 もうまともに立っていられないほどに精神が疲弊しきっていたのだ。


 長い沈黙の中、雲に覆われた空から僅かに射し込む光と嵐のごとく吹き付ける風の音だけが空間を支配する。


 本来であればナニかが近づいてくればすぐに気付く。


 しかしこれだけ風が強いと上手く空気の流れを感じ取ることができない。


 いつ襲われるかも分からない恐怖に震えながら、一人寂しく探し物をさがす。


 見つかる保証なんてない。そもそもここにあるかどうかも分からない。


 あまりの状況の酷さに絶望することすら忘れ、ただただこの荒れ果てた大地に視線を巡らせていた。

 ……すると視界の端、遥か遠方の地平線上にポツンと、一つの黒い点が見えた。


 静かに鼓動していた心臓が一気に跳ね上がる。


 はっきり分かる。荒野を駆け行くその黒い一点は、猛烈な速さで、しかし滑るように流れるようにこちらに向けて迫ってきている。



 ―――こちらの存在に気づいている。



 それが分かった途端、熱く冷たい血が全身を駆け回り、体内の空気がおかしなうめき声と共にすべて口から漏れ出た。


 やがて黒い点は段々と形を帯び、400フィートほど先、一匹の獣とそれに跨る一人の人間となって立ちふさがった。


 あのスピードを相手に背を向けて逃げるなど論外。


 多少の大岩や枯れ木はあるが、視界の開けた荒野。撒くことも出来そうにない。


 やらなければならない。


 ここに来ると決めた時点で覚悟はしていた。


 自分はこれから、目の前に立つこの人を殺す。自分の身勝手のために。


 逆さに立てていた日傘の柄に両手を乗せ、握り込む。


 こんな言葉を今更言ったところで、なんの意味もないのだが。


 こんなところで言ったって、相手に聴こえるわけもないのだが。


 タンタンタンッ……と。


 傘の先を三度地面に打ちつけながら。


 私は呟いた。

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