第8話

※※※




 ——翌日。

 告別式の受付が開始される中、やっと手の空いた俺は煙草を吸いに外へと出て来た。煙草に火を着けようと、何気なく受付を流し見た——その時。


 その懐かしい人物の姿に目が止まり、ピタリと止まった俺の右手。十年経っても記憶の中にいる姿と変わらないその可憐さに、俺は思わず見惚れてしまったのだ。

 この田舎で、俺に優しく接してくれた人と言えば、祖父母と母親以外では彼女だけだった。


 河原美香。そう——彼女は、俺の初恋の人。

 俺の視線に気付いた彼女は、その場で軽く会釈をすると俺の元へと歩み寄った。



「この度は、誠にご愁傷様さまです。……久しぶりだね、公平くん」


「……うん。久しぶり、河原さん」



 親父の事などどうでも良かった俺は、それだけ答えるニッコリと微笑む。



「——きゃあーーっ!!!」



 ———!!?



 突然聞こえてきた大きな悲鳴に、何事かと騒ぎの方へと視線を向けてみる。すると、人など殆どいない受付の横で、なにやら一人の女性が騒いでいる。



「……ごめん。ちょっと、行ってくる」


「あっ、うん。……また後でね」



(何なんだよ、一体……)



 俺は面倒に思いながらも、河原さんを残して受け付けへと向かった。

 未だに一人騒いでいる女性に近付くと、「猫が! 猫が!」と地面を指差している。俺はその指先を辿るようにして、少し先の地面へと視線を向けてみた。



 ———!!!



(っ、……何だよ、これ……っ)



 頭から血を流して横たわる黒猫を見て、その気持ち悪さに思わずたじろぐ。その顔は原型をとどめぬ程にグチャグチャで、見ているだけで吐き気がする。



(なんて最悪なんだ……っ。どうすんだよ、この死体。俺が片付けなきゃいけないのか……?)



 上から落ちて来たと言う女性の言葉に、俺は目の前の大木を眺めると大きく溜息を吐いた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る