第6話

※※※




 ——翌日。

 いつものように学校へと登校した俺は、誰も教室にいない時間帯を見計らうと、智が大事にしているペンケースをコッソリと盗んだ。


 智が筆箱代わりに使っている、この少し変わった型のポーチ。海外旅行に行った親戚からのお土産だとかで、そんな話しを教室で自慢気にしていた智を思い出す。


 俺は手元のポーチを宙にかざすと、パッと手を離して井戸の中へと落とした。

 ポーチの行方を目で追って見ていると、それは井戸の底へと着く瞬間、まるで何かに吸い込まれるようにして忽然と姿を消した。



「……ざまぁみろ」



 何とも不可解なその現象を不思議に思いながらも、爽快感からフッと鼻から息を漏らしてほくそ笑む。



「——おいっ!! 公平っ!!」



 ———!!?



 突然の声に驚くと、ビクリと肩を揺らしてゆっくりと後ろを振り返る。



「ペンケース盗んだの、お前だろっ!!?」



 そう叫んだ智は、酷く怒った形相で俺に向かって突進してくる。それをすんでの所でかわすと、俺は目の前の智を睨んで口を開いた。



「……そんなの、知るかよっ!!」


「お前以外に誰がいるんだよっ! ……この、貧乏人がっ!!」



 掴みかかって殴ろうとする智をかわしながら、必死にその場で転げ回る。何とか立ち上がって、逃げようと背を向けた——その時。


 グイッと背後から髪を掴まれ、俺はその痛みに思わず顔を歪めた。



(くそ……っ!)



 頭にきた俺は、手元に転がる石を掴むと勢いよく後ろを振り返った。振り向きざまに、力任せにその手を大きく振り上げる。



 ———ゴッ!



 鈍い音を響かせた智は、その衝撃でドサリと後ろへ倒れた。

 俺はハァハァと息の上がった呼吸のまま立ち上がると、智からの反撃に備えて身構える。



(…………?)



 中々起き上がらない智を不思議に思い、ゆっくりと近寄って様子を伺う。



 ———!!!?!!!?



 ヘタリとその場に倒れこんだ俺は、ガタガタと震える身体で後ずさった。

 目の前で、ピクリとも動かずに仰向けで倒れている智。その目からは尖った鉄が突き出し、後頭部から貫かれている。


 草むらで隠れていてよくわからなかったが、所々に錆びれて折れた鉄や木材が落ちている。それに、運悪く刺さったのだ。



(そうだ……っ。これは……、俺のせいじゃない……)



 そう自分へ言い聞かせると、呼吸を整えてもう一度智に近付いた。

 草むらに横たわったままピクリとも動かない智を見て、思わず笑みが溢れる。



(……とりあえず、隠さなきゃ)



 そう思った俺は、ズルズルと智を引きづって井戸まで移動させると、想像以上に重たい智を懸命に持ち上げた。

 やっとの事で井戸の縁に上半身を置くと、ハァハァと息を上げながら額の汗を拭う。俺は休む間も無く智の足を掴み上げると、そのまま勢いよく井戸の中へと落とした。



「…………。さよなら、智……」



 空っぽの井戸の中を見つめながら、俺はニヤリと笑って小さく呟いた。



 ——その後。

 行方不明になった智の捜索は暫くの間続いたが、遺体など出てくる訳もなく、いつしか大人達は神隠しだと噂するようになった。

 そんな大人達を横目に、俺は内心、何て馬鹿な奴らだとさげすんだ。


 智がいなくなったお陰か、司と隆史からのイジメも段々と減り始め、その後、中学二年で転校するまでの三年間、俺は比較的平穏な暮らしを送る事ができた。


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