第2話

※※※




「おいっ!! つまみはっ!? いつまで待たせんだっ!!」



 畳に寝転がり、酒を片手にテレビを見ている父親が、台所にいる母親に向けてそう怒鳴り散らす。いそいそと台所から出てきた母親は、父親の側まで近寄ると口を開いた。



「ごめんなさい、待たせちゃって……」



 手に持った皿を差し出すと、それをチラリと見た父親は思い切りその手を叩いた。



「きゃ……っ!」



 手元から離れた皿は畳に転がり、驚いた母親は小さく声を漏らした。



「こんな不味そうなモノ、俺に食わせるのかっ!?」


「ごっ……ごめんなさい」



 叩かれた手を抑えながら、ビクビクと怯えて謝る母親。そんな母親に怒鳴り散らす父親は、鬼の様な形相で持っていたグラスを壁に叩きつける。

 ガシャーンッとグラスの割れる音が部屋中に響き渡り、驚いた俺はビクリと肩を揺らすと縮こまった。


 外では複数の女性と関係を持ち、家では酒を呑んで酔っ払ってはこうして母親を怒鳴りつける父親。そんないつもの光景に、部屋の隅でうずくまる俺はただ黙って時間が過ぎるのを待つしかなかった。



「しけた面しやがって。……あーっ、気分悪ぃ」



 そう言って大きく舌打ちをした父親は、床に転がる酒ビンを蹴飛ばすと部屋を後にした。きっと、女の人のところにでも行くのだろう。

 パシンッと玄関扉が閉じる音を確認した俺は、パッと顔を上げると母親に駆け寄った。



「っ……お母さん。……大丈夫?」


「うん、大丈夫。……ごめんね、公平」



 俺の頭を優しく撫でる母親は、そう言って悲しそうに微笑む。

 畳に膝を着き、そこに散らばった食事を拾い始めた母親。その手元を見てみると、先程叩かれた右手は真っ赤に腫れ上がっていた。



(あんな奴……。早く、死んじゃえばいいんだ)



 拳を握りしめて下唇を噛んだ俺は、足元にいる母親を見下ろして一筋の涙を零した。

 頬に流れる涙を気付かれない様にこっそりと拭うと、母親のすぐ横に腰を下ろして片付けを手伝う。そんな俺を見た母親は、「ありがとう」と告げると、今にも泣き出しそうな顔をして優しく微笑んだ。



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