第31話 投獄
エルフの文明レベルは、お世辞にも高いとは言えないものだった。いや、そう取り繕うことさえ憚られるくらい、正直言ってレギニアと比べると、比べるのもおこがましいほど低いものだった。トーヤが嘆くのも無理はない。
森を形成する木々は太く、イニピアのどんなに深い森でも見たことがない巨木だ。その木々にまとわりつくようにエルフの集落は形成されていた。螺旋状に幹に階段が設けられ、木が一本一本巨大なビルのようになっている。幹がくり抜かれて部屋になっているものもあれば、逞しい枝の上に建てられた家もある。木から木へと橋が渡され、いちいち下に降りてこなくても集落内を移動できるようになっている。
確かに未開といえば未開なのかもしれない。けれど、レギニアのどの都市よりも幻想的なその光景に、この場にいたヒトの誰もが感嘆の息を漏らした。
一旦、集落の外れにある小屋に案内され、待つこと十数分。三名のエルフを連れて帰ってきたトーヤは、手に山盛りのローブを抱えていた。なんでも、ヒトの姿を見られるわけにはいかないので、ニヤラの中では常にフードを深く被って素性を知られないようしなければならないのだとか。現国王にとって俺たちはニヤラの平穏を乱すヒトの尖兵なのだ。ましてや俺などは、大切な生贄を傷物にした大罪人。歓迎されるわけがない。そしてエルフに比べて魔力の少ない俺たちヒトは、エルフの間で赤子を寝かしつけるために使われるという誘眠の魔法で容易く意識を奪われてしまう。
「ふふふ、立場が逆になってしもうたな」
レギニアでは自分たちが素性を隠さなければならなかったのにと、リリヤドールが笑った。
「何を言ってるのだ。お前もだぞ」
俺はそう言ってリリヤドールにローブを渡した。逃げた生贄が戻ってきたと知られれば、レンができたのだと報告する間もなく、問答無用で捕らえられてしまうかもしれない。
トーヤたちの案内に従って集落のなかを移動して王宮へ。
王宮は、ニヤラの中でもとりわけ大きな木を土台に作られていた。いつの間にこれほど登ったのか、手すりから下を見下ろすと地面までは数十メートルもあるだろうか、という高さで、高いところが苦手でなくても股間が縮み上がる思いだった。
すぐにでも王にお目通りが叶うよう予定を取り付けることができたようで、俺たちは王宮の謁見の間近くの控室に案内された。そしてトーヤの言葉通り、ほどなく謁見の間の扉が開かれる。
謁見の間の装飾に貴金属の類はほとんどなく、かわりにリリヤドールたちを初めて見た時に着ていた民族衣装と同じ柄の織物が使われていた。
ヒトとエルフの間に交流などほとんどなかったのにもかかわらず、王への面会を行う部屋というのは、ここでも同じような形に整えられてた。縦長の空間に、王の座する場所は他よりも一段高くなっており、玉座の後ろには紋章の描かれたバナーが垂れ下がっている。
ただ、玉座といっても足のついた椅子はなく、カーペットの上にクッションやら肘置きなどが誂えてあるだけで、王でさえも地面に座るらしい。
指示通り、玉座の前まで歩き腰を下ろす。石の床ではないが、尻がひんやりする。
しばらく待っていると、突然背後の扉が開き、大勢のエルフたちがやってきた。剣や弓を帯びていたりするのは、これから王が入室するに当たっての警備のためだろう。俺たちの左右に並び、そのなかのひとりが唱えた。「眠れ」と。
□
目覚めた場所は牢屋の中だった。冷たい板張りの床の上で俺は、まんまとハメられたことを悟った。いいや、ハメられたのはトーヤだ。俺たちはトーヤの目的を果たす手段でしかない。
仲間に裏切られた? トーヤが旅に出ている間に、大人たちに懐柔されたのかも。
牢屋には調査隊の面々も一緒に投獄されていた。リリヤドールはいない。まだほとんどの者が寝たままで、目が覚めているのは魔道師だけだった。みんなこの一度きりでエルフの魔法の規格外さを思い知ったようで、誰の口からも抵抗しようなどという言葉はでてこなかった。木造の格子ならば炎の魔法で燃やせばいいが、脱出したとて、また眠れと唱えられれば、たちまち千鳥足になって捕縛されてしまうだろう。無駄なことはしないというのも、魔道師のよくある思考パターンである。
だが、そうは言っても何もしなければ最悪処刑されてしまうかもしれない。運が良ければ追放だが、それでは何の解決にもならない。
何か、正当な理由をつけて牢屋から出なければ、と考えていると看守が面会人を連れてきた。暗い顔をしたトーヤだ。こんな状況は想定もしていなかっただろう。同志と思っていた者たちに裏切られたのだ。絶望に暮れるのも仕方がない。だが、トーヤの口から出た言葉は、意外にもそれほど絶望的なものではなかった。
「ヨアン、レンのことで査問会が開かれる」
レンについてはリリヤドールが生贄として機能するかどうかに関わる問題だ。王としても放置できなかったのだろう。
「俺だけか? 彼らは後で?」
「……いや、ヨアンだけだ」
呼ばれたのが俺だけということは、調査隊の処分はすでに決定しているということ。調査隊の面々は一様に表情に暗い影を落とした。
「ギャムさん、絶対に貴方たちを助けてみせます。だから無茶は考えずに待っていてください。俺の計画に貴方たちは必要不可欠な存在なんですから」
トーヤは真剣な眼差しで言う。リリヤドールに俺が必要なように、トーヤにもギャムたち調査隊は必要な存在なのだ。だが、この絶望的な状況下では、ギャムたちには気休めにしか聞こえなかっただろう。いいや、トーヤが何もできなかったからこそ自分たちが投獄されたのだ。今の状況を考えれば、期待などもてるわけもなく、ギャムたちの表情は暗いままだった。
牢屋を出てトーヤの後をついて謁見の間へ向かう。
俺はこれから嘘を吐かなければならない。俺の腹芸がどこまで通用するだろうか。相手は数百年生きたエルフの王族。であれば、俺の王子という境遇や経験は有利には働かないかもしれない。トーヤたちの言動から嘘を見破るような魔法はなさそうだが、嘘である以上、バレる可能性は存在し続けるわけで。それを思えば自信など持てるわけもなく、不安を拭い去ることもできない。けれど、意外にも冷静ではあった。
「まさか嘘を見破る魔法なんてないだろうな」
冗談交じりにトーヤに尋ねると、
「そんなのがあったらリリヤドールに夜這いにでも行かせたさ」
と、返ってきた。
まあ、夜這いはあったのだが……と答えなかったのはリリヤドールの名誉のため。一体どの世界に、夜這いをかけたことを兄に知られたい女子がいるだろうか。
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