第26話 エクスチャー号襲撃事件 2

 乗務員たちは他の乗客の乗る後方の客車へと急いだ。その背中を見送った俺たちは彼らとは逆に、前方の機関車を目指した。


「強盗は列車を止めようとするはずだ。とりつかれたとしても列車さえ止めなければ犠牲は少なくすむ。それにトンネルに入れば奴らも諦めざるを得ないだろう」

「その列車を動かしている機関車を守るわけだな」

「ああ。だが機関車の後ろには炭水車があって、直接機関車には乗り込めない。だからその後ろの貨物車で奴らを迎撃する」


 ヨアンは途中、運転手に汽車を止めないように指示し、その伝声管を破壊。食堂車と調理場を通過して貨物車へ辿り着くと、荷物の搬入用扉を両側、外を覗ける程度に隙間を開けた。列車と並走しているのはピストルやライフルを手にしている荒くれ者たち。片側にそれぞれ十づつはいるように見えた。扉は顔の幅ほども開けていないので、奴らはまだこちらに気づいていないようだ。


「ふたりとも、耳を塞ぐんだ」


 そう忠告を飛ばしたヨアンは、すかさず銃を構えた。そして初弾。


 前方の機関車に近付こうとしていた男を撃ち落とす。どこから攻撃されたのかわからないようで、外では男たちの狼狽える声が聞こえてきた。その隙きにヨアンは二発目を撃った。


「どうしてこちらの位置がわからないんだ?」

「隙間から銃口を出していないから発砲時の光は見えないし、車両から漏れ出る白煙も風に流れて消え去るからさ。だが、流石に次の一発が限界だろうな」


 その時は頼むぞと肩を叩かれた。俺は懐のピストルを握った。だがヨアンのライフルのように魔法弾が使えるわけでもなく、命中力も低いこの銃で一体何ができるだろうか。


 これでもそこそこ苦労して手に入れたんだけどな。


 とはいえ役に立たないのであれば今は別の方法を取るべきだ。そう思い直した俺はピストルから手を離し、己のなかの魔力を手のひらに集めた。


「トーヤ、外の奴らを眠らせることはできないか?」


 やはりヨアンも俺には魔法を期待しているらしい。


「いや、このままでは難しいな。姿が見えないから正確に狙えないし、魔力を広げるにしても広範囲すぎる」

「そうか……なら、車両に飛び移ってきた奴を頼む」

「ああ、それなら任せろ」


 そして弾込めを終えたヨアンは三発目を放った。


「そこの貨物車の隙間だ!」


 するとヨアンの言ったとおり、連中のうちのひとりが俺たちの居場所に気づき、リーダーらしき人物が反撃するように命じた。


「この板厚なら貫通する。ふたりとも荷物の影に隠れるんだ!」


 虫が喰ったような穴が、五、十、二十、さらに無数に壁に空き、そこから外の白い光が暗い貨物室に差し込んだ。絶え間なく打ち続けられる銃弾によってヨアンの攻撃の手はすっかり止められてしまった。


「リリヤドール、奴らの銃撃を防ぐ障壁は張れるか?」

「うむ」


 搬入口の隙間を残して貨車内の壁全面にリリヤドールは防壁を展開する。木製の壁を突き破って勢いの弱まった銃弾なら、いくら当たっても障壁が破れることはないだろう。障壁が銃弾からヨアンを守り、ヨアンは男たちを次々と撃ち落とした。

 俺は乗り込んでくる奴がいないか注意を払っていたが、結局誰一人として貨物車にとりつくことはできなかった。


 ややあって、外からの銃撃がピタリと止んだ。想定外の一方的な展開に耐えかねた男たちは、機関車の制圧を諦め、後方から侵入し前へと俺たちを追い詰める作戦に切り替えたらしい。そんな内容の怒鳴り声が聞こえてきた。


「ふう、ひとまず安心か?」

「そうだな」


 とりあえず一難去ったということで俺は手元に集めていた魔力を霧散させた。このまま放っておけば列車は止まること無く走りつづけるだろう。伝声管が破壊してある以上、後方の緊急事態が運転手に伝わることはない。


「じゃが後ろのくるまの者たちは危険なのではないか?」


 リリヤドールが呟くように尋ねた。それは俺も考えたが、優先順位を守るためには妥協も必要だろう。奴らの要求に応じて列車を止めたとしても乗員乗客の全員が無事ですむとは限らない。身代金を取れそうな価値のある者は人質として生かされるだろうけれど、そうでない者は、女ならば慰み者として誘拐され、男は遊び半分に殺害されるかもしれない。


「だが列車を止めるわけにはいかないのだ」


 ヨアンも俺と同じ考えのようだ。


「じゃが……」


 ヨアンの言葉にリリヤドールは表情に影を落とした。自分のために他者を犠牲にする。それを成してリリヤドールは生き延びようとしている。だが、だからといってそれを良しとしているわけではない。そうならないですむのであれば、力を尽くしたいと思うのは、別におかしな話ではない。妹がそれを望むのなら兄である俺は、その力になってやりたいと思った。だから自分に何ができるかを考えたんだ。そしてその答えは意外にもすぐに思いついた。


 眠らせれば良いんだ。


 今ならば強盗たちは列車に乗り込んでいる。列車は長大だが一直線で、範囲も限られている。問題は何人いるかわからない乗員乗客すべてを巻き込んでしまうということだが、所詮赤子を寝かしつけるための魔法だ。魔力が足りなくなるということはないだろう。


 俺がこのひらめきを口にするよりもほんの少し先にヨアンが「そうだな」と言って立ち上がった。立ち上がったヨアンはライフルのボルトを引き、装填されていた弾丸を取り出した。何をするのかと思って見ていると、彼は弾丸をしまったポーチとは別のポーチから再び弾丸を取り出し、ライフルに装填したのだ。


 今まで使っていた爆裂魔法弾ではない、ということか? 通常の弾丸か、もしくは別の魔法が込められたものか。しかし眠らせるという俺の案よりも良いものがそうあるとは思えないけれど。


「何をするつもりだ?」


 ヨアンは俺の質問には答えず、かわりに注文を寄越した。


「トーヤ、車両のちょうど真ん中からまっすぐ後ろに向かって、敵意のない魔力を感じられるかみてくれないか。できるか?」


 魔力を広げることができるのであれば、その魔力を触角のように使って敵意の有無を感じ取ることはできる。俺はヨアンの要求通りに魔力を広げてみた。


「ああ、みんな敵意むき出しだぞ。まっすぐこっちに向かってきてる」

「全員か? 敵意の他に、恐怖とかそういう別の感情は感じられないか?」


 やけに念入りなので俺も神経を研ぎ澄ませて探った。


「ああ、敵意だけだ。数は八つ、まっすぐ向かってきてる」


 報告を聞くやいなやヨアンは俺の前に立ち、後ろの車両に向かってすかさず銃を構えた。銃口の先に見えるのは貨車の扉だ。一体何をしようというのか。

 ヨアンのライフルに強力な魔力が込められる。そして俺の報告から瞬く間もなくヨアンの発砲音が貨車に鳴り響いた。続いて第二射。排莢された薬莢が床に落ちたと思ったら、片膝をついてさらにもう一発。ヨアンは合計三発の銃弾を放った。


 貨物室を満たしていた白煙が壁の隙間から外へ流れ、見えたのは扉に空いた三つの黒い穴だけ。


「これで撃ち漏らした者がいても慌てて逃げるか降参するだろうさ」


 俺は、実際に後方の車両の様子を見に行くまで、ヨアンが何をしたのかまったく検討もつかなかった。


 徹甲魔法弾というらしい。ヨアンが使った魔法弾の効果。それは貫通力を増すものだった。三発の弾丸は、俺たちのいた貨物車両から最後尾の三等車までを一直線に貫通しており、車両の真ん中の通路をこちらに向かって走ってきていたならず者たちの胴体や手足を見事に撃ち抜いた。そして偶然通路にいなかった幸運な者たちは、仲間たちのほとんどが撃ち抜かれたことに動揺して列車から飛び降りるか投降したらしい。


 鉄道警察から取り調べを受けることを嫌った俺たちは、早々に客室へと戻って、事情聴取には知らぬ存ぜぬで通した。


 海峡都市ルグローへは、予定通り夕刻には到着した。その日は、フィンドハルト辺境伯邸には行かず、早々に宿で休息することにした。


 だがその夜、俺はなかなか寝付くことができなかった。もちろん原因は昼間の列車強盗事件だ。だが、強盗にあったことが恐ろしかったわけではない。ヨアンの勇ましい戦いぶりが目に焼き付いて離れなっかったのだ。


 魔法を弾丸に転写してそれを撃ち出す。発想は脱帽ものだが、それ以上に恐ろしいのは、それが簡単に量産できるということだ。今日のヨアンのような存在が、ヨアンの国や、ここシフォニ王国にはたくさんいるということだ。職人が腕をふるって作った業物でもなければ、百年の熟練を要するような技術も必要ない。込める魔法は三つ。爆発するもの、貫通力を増したもの、それに焼夷魔法といったか、炎を生み出すものもあるらしい。以前は他にもあったが、淘汰されたらしい。基準は如何に効率よく人間を殺せるか。エルフの魔法は生活に根付いたものが多いが、ヒトの魔法は殺戮に特化したものばかりだ。より強力な魔法弾が開発され、そして瞬く間に量産されていくのだろう。そしてその銃口は、すでにニヤラに向いているのだ。


 クリャンス王国の奴らは、何百年に渡って森を脅かし続けてきた。その武器が、剣や弓から銃に変わったのは記憶に新しい。今はまだ、それほど驚異ではない。それは奴らが魔法弾を使っていないからだ。

 奴らの使う魔法は俺たちも良く知っている昔ながらのもので、長ったらしい詠唱を聞いているうちに弓で射殺すことができる。だが、俺がエルフの近代化を目指しているように、奴らもこの技術を取り入れる時がきっとくる。いいや、すでに水面下では動いているかもしれない。そう考えるといてもたってもいられなくて、眠ることなど到底できなかったのだ。

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