第11話 襲撃

 噂好きの男は、捜索隊の泊まる宿屋を見上げ密かに舌打ちをした。彼らが傭兵であれば、懸賞金の話しだって生きていたはずだ。実際のところ彼らがノルバレン大公国軍の兵士であることには気がついていた。気がついていたのに、懸賞金の適用の有無に思い至れなかった。男の舌打ちは、欲をかいて迂闊した自分へ向けたものでもあった。


 男は考える。労せず子供の駄賃を手にするか、それとも多少の危険を冒して莫大な富を手にするか。後者をとるにせよ、ひとりではリスクが高すぎる。仲間を募る必要があるだろう。人が増えれば分け前も減るが、それでも莫大な懸賞金の魅力は霞まない。であれば選択肢は自ずと決まってくる。


 とはいえ、成功させるにはいくつかの条件を満たす必要がある。その最も重要なものが”捜索隊の失敗”だ。王子は同じ年頃の少女の召使いをひとりと、その妹だろうか、幼い少女を引き連れていた。対して捜索隊は最新式の銃で武装した大人が五名。普通に立ち回れば捜索隊は問題なく仕事をこなしてみせるだろう。だがそれでは困るのだ。


「邪魔をするしかねえな」


 男は考える。


 捜索隊を出し抜いて王子たちを捕縛するのは、時間的に厳しいだろう。手間取れば捜索隊の加勢を許してしまうし、そうなれば手柄は奴らのものにされてしまう。ならば捜索隊の連中が失敗した後で、漁夫の利を狙うのが良いだろう。ではどういう方法で捜索隊の任務を失敗に終わらせるか。


 結果は大きく分けてふたつ。王子たちを逃がすか、王子たちに撃退させるか、だ。

 昨日、酒場で見た限りでは、王子は武器を持っていなかった。逃亡中の王子がそんな目立つものを持ち歩くとは限らないから、もしかしたら宿には銃や剣があるのかもしれない。それもただ装備しているだけではなく、剣も銃も訓練を受けてきたはずだ。召使いたちは戦力にはならないと考えても、こちらに犠牲を出さずに王子を捕らえようとするのなら、かなり慎重に事を運ばなければならない。


「ただ逃がすよりも、争わせたほうが良いな」


 賞金首の身分は王子で、懸賞金も巨額だ。処刑をノルバレン大公手ずから執り行いたいというのもあるのだろう。偽装などを防ぐために捕縛の条件は生け捕りとなっている。専業軍人の捜索隊であれば、その点は重々承知していることだろう。ならばあえて捜索隊に王子たちを襲わせ、王子たちがピンチになったところに救いの手を差し伸べれば良い。そして王子らとともに捜索隊を撃退し、恩を着せておいて油断を誘い、自分たちに背中を見せたところを取り押さえる。


 男はニタリとほくそ笑んだ。


 算段がついた。後は募る共犯者の人数だ。当然だが一枚噛みたいと言ってくる連中にしか話せない。

 噂好きの男は、何名かの顔を頭に浮かべつつ、馴染みが集まる酒場へと急いだ。






 夜、宿屋の一階の食堂で夕食を済ませた後、一人、部屋で銃のメンテナンスをしていると、誰かが部屋の扉を叩いた。誰だと尋ねると、少し怯えた声で「わしじゃ」と返ってきた。


 立ち上がり、扉を開けてリリヤドールを招き入れる。


「どうしたのだ? 今日はえらく遠慮がちではないか。いつもは返事を待たずに入ってくるというのに」


 彼女自身の様子は普段どおりだが、入室許可を待たれたのは初めてだった。だからこれはちょっとした皮肉だ。


「と、扉を叩く習慣はなくて、さっきお兄さまに教えてもらったのじゃ」


 慌てて言い訳するリリヤドール。

 ここが王宮であれば彼女は、とんだ無礼者だとひどいそしりを受けるだろう。けれどここは田舎町の安宿で、俺はすでに王子ではない。


「ははは、構わないさ」


 あっさりした俺の反応に、自分の話が信じられていないと思ったのかリリヤドールは、分解されてあられもない姿を晒している俺の銃に目を丸くしつつ、さらに言葉を返した。


「本当じゃぞ? ニヤラにも扉はあったし、お兄さま曰く、ノックもするらしいのじゃが、わしは誰かがするところさえ見たこともなかったのじゃ」


 俺はメンテナンスの様子を不思議そうに見守るリリヤドールの見やすいように手を開いて作業を進める。


「それは、お前が王女だからか?」

「いいや、わしはずっとお祖父さまとお祖母さまに育てられてきたのじゃ。わしの住む家にいたのは、そのふたりだけじゃったからの」

「そういえば、過保護に育てられすぎたとトーヤが言っていたな」

「うむ」


 他愛もない会話を重ねながら作業を進める。先込め式のマスケットに比べれば銃身内部の煤はかなりましだが、まったくないわけではない。分解清掃はできるときにしておくべきだ。

 部品を綺麗に吹き終え、組み立てていく。バラバラだったものがひとつに組み合わさっていく様子が面白いのか、リリヤドールの瞳は、また大きく見開かれた。


「その言葉遣いは祖父母譲りなのか?」

「ん、む、やはり変かのう。お兄さまに会うまで、お祖父さまとお祖母さまにしか会ったことがなかったゆえ」


 その言葉に俺は思わず手を止めてしまった。俺の手元を見ていたリリヤドールは、不思議そうに俺の顔に視線を向けた。


「監禁されていたのか?」

「監禁……となるのじゃろうか。外には出られなかったが、食べるものにも着るものにも困らなんだし、生贄となるにも関わらず、多くのことを教えてもろうたぞ」


 ”それ”が当たり前だと思っていれば、辛いなどとは思わないものなのだろうか。隣の家を見たことがなければ、そこの芝生が自分の家の芝生より青いかどうかもわからないということか。ただ、それが幸いだとは俺には思えなかった。だからこそ、こちらに無垢な瞳を向けるリリヤドールに、哀れみや慰めの言葉を口にすることはできなかった。いずれ”あの時”の環境が異常だったと知るのだとしても、それが今である必要はないと思ったからだ。


「…………そうか。だが、それならトーヤと初めて会った時、誰かわからなかったんじゃないか?」


 藪蛇を恐れて話題をそらす。深く考えた発言ではなかったが、思いもよらぬ事実を知ることとなる。


「いいや、大丈夫じゃよ?」


 不思議なことを尋ねるのだなと言いたげにリリヤドールは首を傾げた。そしてすぐにヒトとエルフの違いに思い至り、俺にも分かるようにと説明をしてくれた。


「ヒトよりも魔力に敏感なんじゃろうな。わしらは他者の魔力を感じ取ることができるのじゃよ。”森の声”というのは、森に満ちる魔力のことじゃてな。当然今も、こうして話しておるお主の魔力を感じておるよ」


 例えば、目を瞑っていても魔力で誰かが分かるとか、そういうことだろうか。


「だが、初対面の相手の魔力を感じ取って、正体を当てられるわけではないのだろう?」


 そもそもその人物に対する知識がなければいけないことだ。


「まあ、それはそうなのじゃが、お兄さまの場合は自分の魔力と似ておったから、初対面でも警戒なぞせなんだぞ。兄だと知らされたのは、助け出された後じゃったが」

「そういうものなのか」


 俺の知らない魔力の特性をさも当然のように語るリリヤドール。魔力に恵まれた種族というのは伊達ではないということか。

 組み上がったライフルを壁に立てかけ、今度は弾丸ポーチを取り出す。弾丸に描かれた魔法陣が擦り切れたりしていないかどうかを確認するためだ。魔法陣の線が一箇所でも途切れていれば、どれだけ魔力をつぎ込んでも魔法は発動しない。それでは使い物にならない。

 ポーチからひとつ取り出し、問題がなければ床に並べていく。その銃弾を手に取り、物珍しそうに眺めるリリヤドール。そんな彼女に俺はさらなる質問を投げかけた。


「俺の魔力を感じると言ったが、それは触れていなくても感じるものなのか?」


 すると手にしていた銃弾を床に戻し、リリヤドールは頷いた。


「直接お主の魔力に触れて感じるというわけではないのじゃ。わしも詳しいことはわからぬのじゃが、なんというか、圧を感じるとでも言えば良いのかの? 遠ければ感じられぬし、近ければより強く感じる。ああ、そうだ――」


 リリヤドールは思い出したように最初の話題に立ち返る。


「扉の向こうくらいならば、誰か来た、くらいはわかるぞ? ほら、今だって――」


 リリヤドールが指差すのと同時に扉とは反対の位置にある窓から、ガラスを破って何かが投げ入れられた。反射的に窓に目を向ける。だがその瞬間、勢いよく扉が開かれた。タイミングをあわせているということは仲間か。だとすると投げ入れられたのは爆発物の類ではないと瞬時に判断する。おそらく、突入に際して気を反らすための小道具だろう。足音や話し声から察するに二人や三人ではない。だが幸いだったのは、投げ入れられたそれがランプを倒し、灯っていた火を消したことだ。


 床に並べていたふたつの弾丸を素早く回収する。ひとつはポケットに、もうひとつはライフルに装填した。


「リリヤドール、俺から離れるなよ!」


 そして傍にいたリリヤドールを抱き寄せ、暗闇のなか扉に向かって発砲した。

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