第12話 西へ
闖入者たちが俺たちを殺そうとするならば、すでに蜂の巣になっていても可怪しくない。だが、そうなっていないということは、きっと生きたまま捕らえなければならない理由があるのだ。
俺たちを捕まえたがる者に心当たりはひとつ。相手がノルバレン大公国の兵士ならば遠慮は無用だ。
敵が迂闊に発砲出来ないことを良いことに俺は二発目を発砲する。轟音に混じってすぐそこから呻き声が聞こえてきた。一発目は外れたが二発目は当たったようだ。本当は魔法弾を使えれば良いのだが、室内で大爆発を起こすわけにもいかない。とあれば、何とか通常弾で乗り切るしかない。
奴らが消えた明かりに戸惑っている隙きに、俺は三発目を装填した。客室はそう広くない。いくら暗闇とはいえ相手が複数である以上こちらが不利なことにはかわりはない。判断を遅らせればあっという間に捕縛されてしまうだろう。
俺が三度銃口を扉に向けた時、廊下で眩い閃光が走った。発砲の光ではない。
「ヨアン!」
廊下から聞こえてきたのはトーヤの声だ。彼の放った火炎の魔法によって廊下にいた兵士は火達磨になったようだ。炎に巻き込まれたのはわずかな人数のようだが、魔法の光は逆光となって俺に兵士の影を見せてくれた。その影に向かって発砲する。
すでに三発撃った。部屋のなかは白煙でもうもうとしていることだろう。
「ヨアン王子!」
今まで怖いくらい沈黙を保っていた闖入者が、多数の犠牲者に流石に耐えかねたのか、たまらず呼びかけてきた。やはり俺を王子と知っての狼藉だったのだ。
「王子! 我々とともに行きましょう! 身の安全は保証します!」
反吐が出る誘い文句だ。何もしないからと宣言して本当に何もしない敵がいるか? どんなに主人公に都合の良いように作られた物語でも、狼藉者は狼藉を働くからこそ狼藉者なのだ。そもそも部屋に乱入してきたではないか。すでに何かした後で、何もしないと言われても説得力の欠片もない。当然、無視だ。
トーヤは沈黙を続けている。きっと敵の言葉に俺がどう反応するのかを窺っているのだ。この暗闇では意思疎通の手段は声しかない。だが、迂闊に声を出せばこちらの位置が特定されてしまうし、トーヤに関する情報も与えてしまう。
いや、もうひとつあるな。
俺は四発目を装填し、声の聞こえた方向へ向けて引き金を引いた。トーヤにはこれが誰の銃声かわからないだろう。だが、どちらかが敵対行動を示したことは明らかだ。俺の発砲音であれ、敵の発砲音であれ、立場がはっきりすればおのずと自らの立場も明白になる。
再び廊下に炎が吹く。火達磨になった数名の敵が階段を転げ落ちていく音が聞こえた。
あと何人だ?
室内の足音は自分たちを除いてあとひとつしかない。だが部屋に物を投げ入れてきた者も含めると、まだ状況は逼迫している。多数の犠牲者を出したことで、敵が撤退を決断してくれれば良いのだが、後に引けなくなったと覚悟を決められては最悪だ。状況の確定しない暗闇のなかで、敵が判断しあぐねているうちに決着を付けなければならない。
「リリヤドール、こっちだ」
耳元で囁き、彼女を立ち上がらせる。廊下はトーヤが掃除してくれたから今は誰もいないはずだ。だがすぐにでも増援が駆けつけてくるかもしれない。
「走れ!」
わざと声を上げてリリヤドールを走らせる。その背中を追いかけて俺も部屋を出た。
「待て!」
俺たちを追って部屋を飛び出した敵兵を待ち伏せ、腰に帯びていた短剣でブスリ。トーヤがランプを下げていてくれたので狙いを外すことはなかった。崩れ落ちる軍服姿の男。ランプひとつの明かりでは暗闇がせいぜい薄闇になる程度だが、ノルバレン大公国軍の土色の軍服姿の死体の他にも小汚い格好をした男の死体もあった。
まさか関係ない現地人を巻き込んだ? 一瞬不安にかられたが、男の手にナイフが握られているのを見て安堵する。男の身分は不明だが、少なくとも無関係ではなさそうだ。
「ヨアン!」
六つの死体が転がる廊下でトーヤが、俺たちの元へ駆け寄ってきた。
「駄目だトーヤ、もうここにはいられない。今すぐ出発しよう」
トーヤとリリヤドールは異論なく頷く。
幸い屋内の敵は排除できている。手ぶらで飛び出さなければならないほど状況は急を要していない。昼間に調達した荷物をある程度背負っていけるのはありがたい。
俺は背嚢を背負い、トーヤとリリヤドールもバッグを肩にかけて死体を避けながら階段を降りた。
狼藉者が地に伏せ静まり返った宿屋に、だんだんとざわめきが生まれていく。どよめきというべきか、今まで客室で様子を窺っていた宿泊客たちが恐る恐る扉を開けて顔をのぞかせているのだ。表は更に顕著で、裏口にいても表通りの騒ぎが聞こえてくるほどだ。
「外にもまだ数人はいるはずだ」
「窓ガラスの割れる音が聞こえたな。何事かと思ったよ」
「ああ、表も裏も囲まれている可能性が高いだろう」
「わしらの馬は大丈夫なのかの?」
「直接乗り込んでかたをつけるつもりだったのなら、わざわざそこまで手を回さないだろう。だが、裏で騒ぎがあれば、表の連中も駆けつけてくるかもしれない。また眠らせることはできないか?」
王都の秘密通路では、調査していた兵士たちを眠らせることでかなりの時間を得ることができた。そこで得た情報は、結局無駄だったけれど。今回も眠らせることができれば、少なくとも馬に跨るまでは密やかに事を運ぶことができるだろう。本来は大泣きする赤子を眠らせるための生活魔法らしいが、エルフよりも魔法抵抗力の弱いヒトであれば大人でも効果があるらしい。
「やってみよう。だけど扉越しだと姿が見えないから正確に狙えない。関係ない他人を巻き込むかもしれないけど、範囲で発動させるか?」
「ああ、眠らせるだけなのだから、害はないだろう」
俺が頷くと、トーヤは扉に向かって「眠れ」と唱えた。すると扉の向こう側からドサリと人が倒れる音が聞こえた。魔法の成功を確信した俺たちは扉を恐る恐る開ける。すると、星明りの下、ちょうど扉の前に倒れる土色の軍服を着た兵士の姿があった。それを起こさないように避けて馬宿へ向かう。
そして俺たちは、まるで生まれたての子鹿のように足をぷるぷるさせて予期せぬ眠気に耐えている自分たちの馬を目撃した。
「……」
思わず沈黙――いや、絶句したと表現するべきだろう。トーヤを見ると、慌てて両手を振って弁明し始めた。
「い、いやだって、こんなに近いと思わなくて! 見えなかったんだからしかたないだろ!」
確かにトーヤを責めるのは筋違い。だが、馬がこれでは使い物にならないのも事実だ。幸い奥の馬は魔法の効果範囲外だったようで、少し怯えた様子だが宥めれば十分走れるだろう。持ち主には悪いが、ここは交換ということで手を売って欲しいと思う。
自分たちの馬にさらなる睡眠の魔法をかける。眠りに落ちておとなしくなったところで、拝借する馬に鞍を付け替えた。
「無用な争いは避けたい。トーヤ、表の連中にも頼めるか?」
まかせろと、請け負ってくれたトーヤが乗り入れ口を向いて「眠れ」と唱える。毎回思うことだが、レギニアの魔法のような長ったらしい呪文がないのは凄いことだ。大昔、レギニア諸国でも詠唱学が開花し、呪文に手が加えられた時期があったが、その後の復古主義の台頭によって流れは霧散してしまった。
「行こう」
敵はけっして昏睡しているわけではない。起こさないように出来るだけ静かに馬を歩かせた。
表に出ると予想以上に大勢の人間が石畳に転がっていた。その異様な光景を目の当たりにして、トーヤが主張するようなエルフの危機が、いずれ訪れるとはにわかには想像できない。エルフ社会の中にいるトーヤにしか見えないものなのだろうか。生活魔法でさえ大人を無力化できるレベルだ。ヒトとしてはそちらのほうが脅威に感じざるを得ないのだけれど。
大通りを抜けて西へ。ここが田舎町でよかった。町を出るまでが近いし、何より都市壁がないのが良い。都市を外敵から守る分厚い壁があれば、その門は夜の間は封鎖されてしまうからだ。流石にそれは大砲でないと破ることができなかっただろう。エルフの魔法で破壊できたとしても、大騒ぎになるのは避けたいところだ。
小さい町であれば石畳の部分はほんの少し。町を出ればすぐに土の地面が広がっている。月夜に響く蹄鉄の音も闇夜に呑み込まれていくだろう。
針路は西へ。国境都市ロザまで後二日の距離だ。
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