第5話 逃走

 銃に魔法が込められるようになったのはそんなに昔のことではない。金属の精錬技術が発達し、より高純度のミスリルを作ることに成功したのは、今からおよそ五十年前。高純度のミスリルは魔導率が非常に高く、鉛との合金である真銀鉛は、魔法陣を転写して魔法弾を作るにはうってつけの物質だった。


 俺が用いたのは敵兵の至近で爆発する爆裂魔法が込められた魔法弾だ。間近で爆発を受けた敵兵は、まるで戦場を彷徨い歩くデュラハンのようにふらふらと一歩、二歩進んだところで倒れ、森の茂みに消えた。


「銃声ですぐに増援がくる。早く逃げるぞ!」


 俺はリリヤドールの手を取り、トーヤに訴えた。しかしトーヤは何か躊躇っているように見えた。


「で、でも良いのか!? せっかく手がかりを見つけたのに!」


 それは彼なりの気遣いだった。だが、だからこそ俺は苛立った。


「良いわけないだろ! だが、お前たちを危険に晒すわけにはいかない! お前はリリヤドールが見世物小屋に閉じ込められても良いっていうのか!」


 そこまで言うとトーヤも流石に思い直したのか、旅のマントを翻して俺に背中を向けた。


「こっちに馬を留めてある!」


 それで良い。たかが数日間ともに旅をしただけの他人よりも優先するべきは大切な妹だろう。

 深い森を抜ければ背の低い草原にでる。トーヤの足の速さは流石は森に棲まうエルフといったところか。だが同じエルフでもリリヤドールはあまり走り慣れていないのか、繋ぐ手に重さを感じることもあった。

 森の脇に留めてある馬に飛び乗ると、俺はすぐに馬の腹を蹴った。そして駆けながらライフルをリロードする。ボルトをスライドさせ、さっきの発砲で空になった薬莢を取り出す。何度も訓練を重ねた動作のはずなのに、手元が振れて空薬莢を落としてしまった。金属薬莢は再利用するべき貴重品だというのに!


「チッ!」


 動揺しているのか、俺は。いや、国の象徴たる王都が焼かれたのだから当然か。しかしこんな時だからこそ、動揺している場合ではないのだ。


 内心で自分自身を叱咤しつつ、俺は弾薬ポーチに手を伸ばした。


 俺たちは街道にでて西に進路をとった。どうやら先を行くトーヤはシフォニ王国方面に逃げるつもりらしい。俺も現状ではそれが最適だと思った。イニピア王国とシフォニ王国は昔からずっと仲が悪い。一度シフォニ王国に逃げてしまえば、追手はそう易易と国境を越えてはこれないだろう。国境の町までは普通に歩けば七日はかかる。馬を駆けらせればもっと早く到着することができるだろうけれど、追われている身では難しいかもしれない。


 馬を走らせること五分。ついに後ろの街道上に黒い点がいくつか出現した。それは猛スピードでこちらに向かってくる。


「トーヤ、きたぞ! 追手だ!」

「くそっ、これ以上速度は出せない!」


 全速力だからではない。まだまだ速度には余裕がある。だが、全速力走らせるわけにはいかなかったのだ。馬に無理をさせた挙げ句、遣い潰して困るのは俺たち自身なのだから。俺たちは少なくとも国境まで逃げ切らなければならない。だが追手は俺たちを捉えられればそれで良い。その差が、追手の追いつくのを許してしまったのだ。

 だがそれ自体には焦りはない。なぜなら予期していたことだからだ。だからこそ俺はトーヤに請け負ってみせる。


「まかせろ、迎撃する!」


 魔道師と銃士。同じ銃を持っていれば有効射程は同じだろうか。貫通力を増した徹甲魔法であればそうかもしれない。しかし爆裂魔法や焼夷魔法を転写した魔法弾ならばどうだろう。多少弾道が振れて狙いが狂っても、爆発に巻き込ませられればそれで命中したといえるだろう。つまり、追う追われるの位置関係も相まって、互いの有効射程は倍以上の開きを見せていた。だがそれは地面が安定しているときの話だ。街道を疾走する馬上からではろくに狙いもつけられない。わずかなズレでも遠ざかれば遠ざかるほど大きく影響し、撃った弾は敵のはるか上空か、あるいはずっと手前に着弾するだろう。だが、それでも撃たねばならないのだ。


 外れても牽制くらいにはなるか。


 いまだ黒い点として見える追手の姿。俺の持つケラードライフルの本来の有効射程には程遠い。けれど俺は銃を構えた。鐙に踏ん張り膝で馬の背を挟み込めば多少は安定する。だが真後ろを狙うとなれば、銃床を肩に当てて狙い撃つことはできない。目一杯身体を後ろに捻じり、俺は片手で銃を構えた。

 激しい揺れの中で肘を揺らしながらなんとか敵兵と照星を照門で捉える。後は勘だ。方向さえ合っていればあとはなんとかなるだろう。そして引き金に指をかけた。その瞬間、身体に一瞬の浮遊感が訪れ、直後、ガクリと視界が上下に振れた。


 ダアァァン!!


 どうやら急な下り坂があったようだ。大きく狙いの外れた弾は虚空の彼方へ消えてしまった。なんて勿体無い。薬莢も大切だが弾も限られているというのに!

 早くしなければ敵の射程に入っていしまう。俺は急いで再装填する。そして前方にも気をつけつつ、今度こそ外すまいと銃に魔力を込めた。森の時とは違い、今度は至近弾すら期待できないだろう。ならばより大きな爆発が必要だ。魔力も、さっきよりも多く必要だ。


 敵と照星を照門で捉える。距離を考えてほんの少し上へずらす。正確な狙いなどつけようがないから、勘とタイミングが勝負の分かれ道だ。


 引き金を引き、撃針が雷管を叩きつけると黒色火薬が爆発する。銃口から白い煙が吹き出し、発射された弾は敵の直上で爆発を起こした。いかに発砲音に慣れさせた軍馬とはいえ、脳を揺さぶるような爆発の衝撃と音には流石に耐えきれなかったようだ。追手の軍馬は、混乱のあまり大袈裟に前足を踊らせたり、全速力の勢いを制御できずに転倒した。


 次を装填しながら俺はさらなる追手を警戒する。だが、どうやら追走は彼らの独断専行だったようで、晴れゆく爆煙の向こうからそれ以上の追手は現れなかった。


 追手を撃退できたことに安堵した俺は緊張の糸を自らプツンと切る。止めていた息を思いっきり吸えば、踏ん張っていた足からは力が抜け、ドカッと尻から崩れるように鞍に腰を下ろした。そしてこの安堵を共有するべく俺は、いまだ朗報を待ちわびて手綱を振るって先導してくれている友人の隣へ並ぶ。そして、


「トーヤ、とりあえず撃退できた。どこかで馬を休ませよう」


 と告げた。

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