33−1 父と暮らせば、そして母のこと①
幸一郎が幸次の実家に到着したとき、家の前にはババアと深町、そして咲子がいた。
「あ……」
思わず声をあげてしまった。三人が振り向く。
三人は顔をしかめた。作業着姿で、大きなリュックサックを背負った幸一郎がいた。丸めたビニールシートを抱えている。
「お前なにやってんだ、ピクニック行くのか」
深町はいった。
「いや、散歩……」
しどろもどろになり、幸一郎は答えた。そんな風にはまったく見えない。
「幸一郎さん、落ち着いて聞いて」
幸一郎のいでたちよりも、大変なことが起こったのだ。咲子が前にでた。
「ん、ああ」
まぬけなほどわかりやすく幸一郎は挙動不振だった。
「森山さんとこの旦那さんがお亡くなりになったよ」
ババアがいった。
「ええ、ええー」
幸一郎は驚いたふりを、した。まったく下手くそな演技だった。
「マスオさん?」
咲子がいった。
「そういうの拾うなよ。とにかく、幸次がやらかした」
深町がいった。
「なんで、どうして、お亡くなりに……」
つまり、この三人は、幸次の父を見た、ということだ。まずいことになった。秘密裏になんとかするつもりだったのに。無駄になってしまった。どうしよう、幸次になんていったらいいのだろう。幸一郎は、昔、犬を殺したときの、幸次の途方に暮れた後ろ姿を思いだした。俺は、あいつを助けてやれないのか? あいつは、たしかに破壊衝動を抱えている。でも、あいつは、いいやつなんだ。本当に、いいやつなんだ。
「なんともいえないね。でも……」
「前田もやりやがった」
幸一郎は黙ることしかできなかった。前田も、殺してしまった? いま、幸次はババアの店にいるはずなのに……。
「警察には連絡しようと思ってこち亀のところにいったらいなかった。なんで110番しておいた。でもな、時間がかかるらしい」
深町は頭を掻き毟る。
「どこかに逃げ込んでるはずだ。なんでこんなことしてんだよあのバカ……」
なんて声をかけたらいいのかわからなかった。幸次、お前のことをみんなが心配している。お前はなんで一人で、抱え込んじまったんだよ。そう思った瞬間、幸一郎の身体の奥底から震えが起きた。幸次と自分は、同じだ。幸三はどうなんだろうか。俺たちは、うまくやっていたけれど、きっと誰も、相手の奥底なんて、見てはいなかったんだ。頭が、くらくらする。幸次を守らなくては。
「う……あのう……、か、帰るわ」
幸一郎はいった。情けない。自分は、情けないマンだ。
「お前、大丈夫か」
深町が幸一郎の動揺を見て、いった。
「お葬式のあとなんだよ、察しなよ」
咲子がいった。さっきの仕返しらしい・
「一緒に帰ろう、幸一郎さん」
ババアが幸一郎の腕をつかんだ。
「う、うん……はい」
まるで補導された子供みたいだった。幸一郎はババアと伴い、歩いていった。
あんなにへこたれた背中を見たことがあったろうか。咲子は思った。同じような背中を昨日見た。通夜から追い払われたときの志村だ。謝らなくちゃ。わたしはなんてひどいことをしたんだろう。そう思ったとき、
「あのう、滝ってどこにあるんですかねえ」
という声がした。
男が立っていた。この辺りでは見たことがなかった。
「はあ? こんな時間に滝いってなにすんだよ」
深町がいった。
「いえね、自殺の名所があるってきいたんですけど」
こんなときに! 深町はいまいましげに指をさす。
「そっち歩いていったら山の入り口がある。でもな、いったところでいまいろいろ面倒なこと起きてるんだ。あんたが死のうとしても止めてくれるやつはいねえぞ」
白洲に電話すべきだろうか。さっきいったら留守だった。そして、思いだした。白洲が管理している死にたがりの連中のとこに行くのを忘れていた! あそこには札はあるのだろうか。
「やべえ」
「なに?」
「こうしちゃいられねえ」
深町は自転車に跨る。
「ちょっと、どこ行くのよ!」
「すぐ戻ってくる!」
そういって滝の方へと去っていった。
「なにやってんのよ」
「皆さんお忙しいんですねえ」
男が呑気にいった。咲子は腹が立ってきた。
「そうよ、忙しいの」
「なんかさっき、軽トラの後ろで大音量で歌って騒いでたおばさんがいたなあ」
「なにそれ」
テイラー順子に違いない。どいつもこいつも。
「シラスハウスってなんですか? 逃げても無駄だだのなんだのいいながら、草原の方を走って行きましたねえ。ぶっ殺すとか、物騒なことをいっていたな」
まさか。こんなときに? そんな。なにかが起こった?
「草原?」
「逃げるって、なんなんでしょうねえ」
男はとぼけた口調でいった。
「あんた、死にたいの?」
「はい?」
「滝に行くってことは死にたいってことだよね」
「いや、考え中ですねえ」
「死ぬとかそういうの面倒だから、やめときなよ」
咲子もまた、深町と反対方向へ走り出す。
「揃ったねえ、役者」
男はいった。痰を吐いた。
そして、咲子が去っていった方向をみながら、男はいった。
「早く追いつかなくちゃ間に合わないよー、監視者1のお嬢ちゃん」
浅田光彦は滝のほうへと歩き出す。せっかくなんだから、みんなでかかっていかなくちゃ、面白くないだろ。行きねえ行きねえ。早く仲間に追いつきな。大サービスだよ?
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